第5話
その時確かに、部屋の空気は凍りついた。
「俺は、この世界に住む場所を見つけにきたんじゃない! 宝珠を集めるために来たんだ! 後残り二つの宝珠が集まれば、俺は、俺の世界に戻るんだ!」
ひっく、と大きく喉を鳴らし、ぐずぐずになって泣きじゃくるに、けれど誰も声をかけることが出来ない。なす術もなくの言葉だけが宙に浮いている。そんな中、襲いくるブリザードを蹴り飛ばし、一番最初に声を上げたのは神楽だった。
「そんなの・・・っそんなの嘘アル! 今までそんなの、言ったことなかったネ! 笑えない冗談なんて止めるヨロシ!!」
「・・嘘や冗談で、俺がこんなこと言うと・・・本気で思ってんのかよ!」
「・・ッ! ・・嫌ヨ、そんなの嫌ヨ! がいなくなるなんて、そんなの嫌アル!」
わっと堰を切ったように泣き出した神楽が、呆然と声もなく立ちすくむ土方や銀時を押しのけ、に抱きついた。衝撃に耐え切れなかったは、神楽にタックルされたような形でソファにひっくり返る。
「・・冗談って・・・・冗談って言ってヨ、・・・!」
それからはただ、二人の泣き声が響くだけである。
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「あーあー、泣きつかれて寝ちまうなんて・・・お前ら一体いくつですかコノヤロー」
あれからしばらく、と神楽の二人はソファの上で抱き合って散々泣き続け、しゃくりあげる声だけになったかと思ったら二人して眠ってしまった。ガッチリと互いをホールドする形で抱きついていたせいで、彼女らが眠ってしまってもその腕は外れる様子がない。仕方なく、残された男性陣は二人を同時に抱え上げ、そのままになっていた和室の布団へと移動させてやった。流れた涙の跡をそのままに寝入ってしまった彼女らが次に目覚めたときの顔はおそらく傑作だろう。ぼってりと瞼がむくんでいるに違いない。
「・・・本当なんですかね、さっきの話」
ぽつりと新八が呟いた。ぐす、と鼻をすすりあげる音が後から追いかけてくる。
「なに、新八お前、のこと疑ってんの?」
「違いますよ。ただ・・・・あんまり突然で、信じられないっていうか・・、信じたくないっていうか・・」
まったく新八の言うとおりだ、と銀時は笑う。突然目の前に突きつけられた現実は残酷で、かけらほどの容赦もない。タイムリミットがあるだなんて、考えたこともなかった。無条件でここに居続けるものだと、そう思っていた。まさかそれを根底部分から覆されるなんて、夢にも思わなかった。がいつか、この世界からいなくなる。理解しづらく、受け入れがたい事実はしかし確かに存在し、の言動の根幹を成している。
「・・・言うより先にフラれちまったんじゃ、笑えねぇなァオイ」
「ざまぁみろ」
ソファにもたれかかって天井を仰ぎながら自虐気味に呟いた銀時に、土方が煙草の紫煙を燻らせる。“異世界”だとか“違和感”だとか、そんなものに心を左右されるなんてまっぴらごめんだ。けれど――今なら、今ならまだ間に合う気がする。これ以上想いが大きくなる前に。制御が利かなくなって、あんなにボロボロに泣くを再び見せ付けられるより前に、気持ちを飲み込んでしまおうか―――
「あ、旦那たちはもうイイんですかィ? なら、は俺が貰いまさァ」
もう既に冷え切っている茶を啜りながら、沖田はあっけらかんとそう言った。途端、銀時と土方の視線が鋭さを増す。
「あのね、沖田クン。お前の話聞いてた?」
「あれだけ泣き喚きゃ、誰だって聞いてまさァ」
「聞いててなんでその結論が出てくんだよ、総悟オメー」
「? 今は、確かにここにいるじゃねぇですかィ」
訳がわからない、と二人の台詞に首をかしげながら、沖田は「おはよう、気持ちのいい朝だね」とでも言い出しかねない普通さで言った。
「いつかは元いた世界に帰るかもしれねェ。けど、それは少なくとも今でも明日でもねェ・・・ならやっぱり俺ァ、を俺のもんにしたいと思いやすけどねィ」
土方さんや旦那は違うんですかィ?、というように覗き込んでくる沖田の目に、年長者二人は言葉が続かない。まったく、“虚を衝かれた”とは正にこのことだろう。
「・・でも、さんが帰っちゃうときどうするんですか? そんな風になっちゃったら、すごくツライんじゃ・・」
「元々、人ってもんには“出会い”と同じだけの“別れ”があるもんでさァ。・・俺ァ、別れの辛さに怯えて、出会いを悔やむような真似だけは、したくないんでねィ」
「・・・・・沖田さん、アンタ一体いくつですか」
「人生語るのに、歳なんて関係ねェんだよ。覚えとけィ、メガネ」
と、突然今まで黙りこくっていた年長組がクツクツと肩を揺らす。そのいかにも腹に一物抱えた忍び笑いに、沖田と新八の二人はぎょっとする。手酷くフラれたせいか、それとも思わぬ現実を知ってしまったせいか。その日は近づいているだろうとは思っていたが、ついに壊れたかと新八が不審の目を向ける先で、二人はすくっと立ち上がった。
「・・・まったく、歳取ると頭が固くなっちまっていけねぇなァ、多串くん」
「ハッ、糖尿と一緒にすんじゃねぇよ」
「え、じゃあなに多串くんは諦めるんだ?」
「誰がンなこと言ったんだよ。つか、諦めるっぽい雰囲気だしてたのテメェのほうだろうが。読み返してこい糖尿が」
「気のせいだろバカヤロー」
ふはははは、と両手を腰に当てて高笑いし始めそうである。白い目を向ける新八の隣で、沖田は思い切り舌打ちをした。
「チッ、これでめでたくは俺のもんだと思ったのに・・死んでくんねーかな、頼むから死んでくんねーかな土方コノヤロー」
「大体多串くんは今もうフラれたんだからよォ、潔く身を引いたらどーなの、ん?」
「・・別にフラれたわけじゃねぇよ」
「ハッ、昨日の今日でよくそんなことが言えやすね、土方さん。その太巻きもビックリな神経の図太さには俺も尊敬しまさァ」
「よォオオオし総悟、刀を抜けェエエ!」
「おーやれやれ。その間にはこの銀さんがいっただっきまー「あ、スミマセンねィ旦那。手が滑りやした」
「ってちょっとォオオオ!? 後1cmで首に刃が当たるから! 死ぬからマジで!」
新八は乾いた涙を袖でふき取り、和室に向かってそっと合掌した。逝ってしまったのは残りわずかだったの日々の平穏と、男3人の建前である。
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