第2話
別に会ったからといって何が起きるわけでも、何をするわけでもない。ただは、他人に関してひたすら無関心そうなこの男が、実は聞き上手であることを知った。もどちらかといえば自分から話すよりも人の話を聞いているほうが性にあっている人間なのだが、高杉といると気が付いたらは自分のことを喋っている。おかげでは自分が異世界から来た人間なのだと、そしてそれには時間制限があるのだと、どうしてだか気負うことなく普通に告げることが出来た。それを聞いたときの高杉も、まるで「今日の朝ごはんは味噌汁とご飯と納豆でした」と告げられたかのようにあまりにいつもと変わらずただ「ヘェ、そうかよ」と言ったきりである。その返事に「コイツもしかして、言ったことの意味理解できないくらいバカなんじゃないだろうか」と哀れんだ目を向けたら、「斬るぞ」と言葉が降って来た。高杉はもしかしたらエスパーかもしれないと思った瞬間だ。
「・・・どうした。今日はやたら静かじゃねぇか」
自分以外の人間のことなど知ったことではない、というスタンスを貫くくせにどうしてこの男はこうも聡いのだろう。こうして揶揄するように言えば、簡単にが口を割ることを高杉は知っている。
「―――・・土方さんに、言われたんだ」
「あ? なにをだよ」
「・・・・・好きだ、って」
その返事に高杉はわずかに目を剥いた。自分の足元に視線を落としてぼそぼそと口を開くはそれに気付かないまま、言葉を続ける。
「だから、思わず言っちゃったんだ。“俺はいつか元の世界に帰るんだ”って」
「・・今更かよ」
「うるさいな。そーだよ、い ま さ ら! 今更みんなに言ったよ」
地面に落ちていた空き缶を蹴り上げる。カラン、という乾いた音が建物の間でやけに響く。むかっ腹のまま蹴り上げたせいで行方知れずになってしまった空き缶を見送り、は高杉の立っている隣の階段に腰掛けた。キセルを吹かしながら隣に立つ男と初めて剣を交えたときには、こんな風に話をする日が来るなんて思ってもみなかった。正直に言えば、今だってどうしてこんな話を高杉にしているのか自身わからない。高杉と真撰組が今度こそ真っ向から争えば、は迷うことなく真撰組につく自信があるし、高杉を斬り捨てる覚悟もある。なのにどうして―――こんな話を自分は高杉にしているのだろう。
「悔やんでンのか」
「へ?」
「真実をヤツラに告げたことを」
煙と共に吐き出された言葉がやけに酷くの中に響く。悔やんでいる、のかもしれない。彼らの瞳の中に宿る、隠しようのない動揺・・・言い換えてしまえば失望を目の当たりにして、言うべきではなかったのかもしれないと思う気持ちがあるのは確かだ。
「・・・でもきっと、」
「あ?」
「きっと、言わなかったほうが後悔してたと思うから・・・・よかったと思ってる」
きっとあれが、最後のチャンスだったのだろうと思うから。そして言っても言わなくてもおそらく、高杉に同じ言葉をかけられたのだろう、とそこまで考えが及んで、は小さく笑った。まったく自分は、一度は互いの命を狙い、そして今でも互いを斬り捨てる覚悟を持っている相手と、なんて会話をしているのだろう。
「・・そうかよ」
でももしかしたら、そんな覚悟をもっている相手だからこそ話せたのかもしれない、とは高杉の口から吐き出された煙が霧散していく様を見てぼんやり思う。銀時たちはにとってあまりに近い。真実を言わなかったほうがよかったかもしれない、と迷いを告げるには近すぎるのだ。だからが彼らに告げるのはどうして今まで黙っていたのか、という理由だけであって後悔ではない。は今ここで、全ての後悔を断ち切る必要があったし、また少しでも悔やんでいたという事実をなかったものにできるほど、明確な気持ちを持たなければならない。そして今、何を言うでもなくただ話を聞くだけの高杉という存在が必要だった。
「おい、」
思考の中にうずまっていたは、隣に立っていたはずの高杉が自分の前に立っていることに気が付かなかった。声をかけられ、ハッと顔を上げてようやく、彼がの視界を埋めるように立っているのを知る。
「ちょ、何? どしたの高「」
高杉の手がの頬に這わせられる。ぐい、と力任せに顔を上げさせられて、視界を奪うのは高杉ただ一人。高杉の獰猛な獣のような目に自分が映っているのが分かるほど近くに顔を寄せられて、反射的に逃げ腰になるだが、頬に這わせられた彼の手がそれを許さない。
「お前、俺がなんて言ったか・・・忘れたなんざ言わねぇよなァ?」
高杉が言わんとしていることはすぐに思い当たった―――が、ふいとは顔を背ける。
「・・知らないね。なんも覚えてない」
「ヘェ・・? じゃあお仕置きが必要だなァ」
「ゴメンナサイ覚えてます忘れてません生意気なこと言ってほんとスンマセン」
クツクツと可笑しそうに低く笑う高杉を、は横目にじろりと睨む。高杉の口から零れると、別に大したことない台詞がこんなにもイヤらしく聞こえるのだろう。存在自体が18禁だな、いや我ながら上手い事言ったよ今、なんて思っていたら酷く鋭い目に射抜かれた。コイツ本当にエスパーか。
「三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい・・・だろ? 高杉晋助サマ」
満足気に高杉が唇を吊り上げる。ああほら、表情の変化一つがエロい・・・だなんて思ってないから、そんな睨まないでくださいお願いします。
「意味はヅラか・・そのへんに聞いたんだろ?」
「銀さんがわかると思ってんのかよ、高杉お前」
「ヅラに聞いたんだな」
確定事項にされてしまった。どうやら銀さんは昔から銀さんだったらしくて、小さく笑いが漏れる。
「じゃあ・・・アレが艶歌だってのは、もう知ってンだな」
「・・・まぁ、一応」
折角背けた顔をぐいと無理やり正面に戻されては息を呑む。射すくめるような鋭いそれはまさに獣の目。獣というには端整で秀麗な、けれど獣なんかよりもずっと瞳に狂気を宿して。
「忘れるなよ、。・・・その歌と、俺をな」
「・・気が向いたら、忘れないでいてやるよ」
「ククッ、言ってろ」
ス、と高杉が目の前から消え、そしてそのまま彼の姿は街の影に飲み込まれる。の前に現れるのも突然で高杉の一存なら、の前から消えるのもまた突然で高杉の一存なのだ。だからはいつも、高杉が完全に闇に消える寸前、彼の背中に言葉を投げる。
「じゃあ、またな。高杉」
「―――・・ああ」
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