第4話
「どーすんだよ、銀さんのせいだからな! このバカアホ天パ」
「バカアホって言葉と天パを同列に並べてんじゃねぇよ! 大体、俺だけのせいじゃねぇだろーが!」
「なんだよ、俺のせいだって言うのか?」
しばし睨みあった二人だが、ほぼ同時に拉致が明かないとばかりにため息を吐き出した。きょろきょろと周囲を見渡して、逃げ出してしまった ”アレ” を探す。
「・・ヤベーよな、これ。見つかんなかったら俺、どーすんだろ」
「腹切って詫びれば?」
「犬のためにそこまでできねぇよ俺ァ」
最初に異変に気が付いたのはだった。銀時の胸に顔をうずめ、居心地の良さを再確認していたはふと、何かが足りないような妙な違和感に襲われて。上がってしまった雨のせいで傘を置き忘れてしまったときのような、じゃがいものないカレーのような、データを移してもらおうと持っていったメモリーカードを友人宅のプレステに差し込んだまま、ソフトだけ借りて帰ってきてしまったときのような、喪失感。
「・・? どーしたよ?」
「銀さん、俺らなんか忘れてねぇ?」
「あー、そうなんだよ俺も感じてたんだよそれ」
「だよな! なんだろ・・・って何考えてんだオイこら!」
「え、アレだろ? ここまできたらあと足りねぇもんはちゅーだろやっぱ「しばき回すぞテメェ」
そして程なく、二人はあることに気が付く。
「「・・・・・あのバカ犬、どこ行った?」」
おーい、どこだー? どこだよバカ犬、さっさと出てきやがれー、じゃねぇとその首輪と一緒に売りつけるぞコラァ・・・・そんな呼びかけで出てくる犬がいるのなら是非拝ませていただきたい。大真面目な顔をしてそう呼ばわる銀時を睨み、は何度目になるか知れないため息を吐く。のそんな冷たい視線に気付いていてもまるで頓着する様子のない彼を尻目に、は口笛を天高くに吹き鳴らしてそこに住まう鳥たちを呼び寄せる。雀やカラス、はたまたトンビの止まり木と化した銀時にいいざまだと笑い、はバカ犬の捜索を彼らに依頼した。こうすればおそらく、そう時間はかからずに探し出せるだろう。
「ほんと言うとさぁ」
「あ? オイオイずいぶん唐突だなァ、」
「本当はさ、いま俺こんなふうにしてちゃあいけないはずなんだ」
が立ち止まるのと同時に、数歩先を歩いていた銀時もその足を止める。彼の表情に、言葉の続きを求めるものはあっても「痛み」を訴えるようなものがないことを確認して、は口を開いた。銀時の顔が今のようなものである間は、先程のような情けない面を晒していないことになるから。
「『世界を渡るものは、一つに留まってはならない』・・・この世界に飛ばされる前にしつこく言われた」
はずなんだけどなぁ・・と笑えば、視線の先で彼も口元をフッと緩めた。
「随分、言いつけ破るのが早かったじゃねーか」
「そーなんだよ。誰だっけ・・・あ、神楽が言いだしっぺだよな、確か」
歩き出したの隣を銀時が埋める。そのペースは早くもなく遅くもなく、見事なまでにのペースで、意外と銀さんってこういう気遣い出来るんだよなァ・・とは小さく笑った。
「なんで、破ったんだ?」
「・・・なんでかなぁ、なんでだろ」
ただ、
「一緒にいたい、と思ったのは覚えてる」
不意に息を呑む声が隣から聞こえて、は銀時を見上げる。顔の半分を手のひらで覆い、自分から顔を背ける銀時を不思議に思う。歩みを止めてしまった彼を振り返り、その名を呼んでも反応がない。
「・・ったくこれだから天然って奴は・・・・一度なんとか言ってやらねーと・・」
ブツブツと呪詛のように紡がれる言葉は自分に向けられたものなのだろうか? なんだか無視されたような気がして、は眉間に皺を刻み彼の袖をぐいと引っ張る。
「銀さん、どしたの」
「・・っ、なんでもねーよ!」
だから見んな!、という言葉が聞こえたときにはの視界は銀時の手のひらに覆われていた。突然やってきた暗闇は暖かくて、不安の一つも覚えないのだから不思議だ。は彼の手のひらが好きだ。節くれ立った細くて長い指、筋がはっきりと浮き出る手の甲、固い手の平・・・・大きくて温かくて、不器用なようにみえて意外と器用な手。そういえば、視界が手のひらに覆われる瞬間に見えた銀時の顔がやたらと赤かったような気がするのは、の見間違いか。
novel/next