第5話


結局、バカ犬の捜索のせいで、気が付いたら天の一番高いところで燦々と光を放っていた太陽は、地面に潜り込もうと赤い衣を纏っていた。ようやくその居場所を見つけたときには、飼い主に返す時間になっていて。銀時との二人は依頼主の自宅へバカ犬を送り届け、きっちり謝礼金を受け取って万事屋への帰路を歩いている。夕焼け色に染め上げられた道には、友達らと追いかけっこをしながら自宅へ戻る子供たちや、ターミナルの周辺部から住宅地へ戻る人間で賑わいを見せていた。はその一日が終わろうとしている雰囲気を楽しみながら、銀時の半歩後ろを歩く。なんとなく、そこがの定位置だった。

「・・・なー、
「ん、なにー?」
「お前さー、アレだよアレ・・なんて言ったんだよ」

銀時のいう “アレ” とやらに思い当たる節がなくて、は首をひねる。

「いや銀さん、アレって言っても俺わかんないから」
「んだよ、わかるだろお前よォ」
「そんな金婚式まで迎えた老夫婦じゃあるまいし」
「・・・・あながち間違ってねぇんじゃ 「わかんないから」

隣に並んで見上げた先で彼は、わざとらしくふいと視線を逸らして。そうして散々躊躇った後、ぼそぼそと聞き取りにくい声で言葉を紡いだ。

「・・・アレ、多串くんにお前・・・その、なんて言ったんだよ」
「土方さん? ああ、あのこと・・・」

“そーだよ、あのことだよ。分かれよコノヤロー” そう軽口を叩く銀時だが、一向にを見ようとはしない。なんで銀さんが照れるんだ、などとまったく見当違いなことを思いながら、は夕焼け色の空を仰いだ。

「俺は、この世界の誰も好きになったりしない」

ぴた、と銀時が歩みを止める。その数歩先でも立ち止まり、くるりと振り返る。一つにまとめられたの長い髪が、遅れて風に舞った。

「そう、言ったのか?」
「そう言った。今度こそ守るつもり」
「・・・・・多串くん、そんなんじゃ納得しなかったろ」

すごい、よくわかってんね銀さん、と笑うに銀時は内心ため息を漏らす。わかるのは当たり前だ――今現在、自分だって到底納得なんか出来ていないのだから。

「覚悟してろって言われた」
「・・・・・なんだそりゃ。惚れさせてみせるってかあのヤロー」
「すげー、なんでそんなわかんの? 話聞いてたとかそんなんじゃないよなぁ?」

同じことを考えていたただなんて、認めるだけで寒気がする。口に出そうとすれば今日の昼飯も一緒に出てくることは間違いない。それにしても――予想以上に淡々とが口を割ったことが銀時にはどこか飲み込めない。惚れた女についてこう言うのも変な話だが、と色恋というのはまるで、字の下手くそな国語教師のように不釣合いで。目の前であっけらかんと笑うがパッと見、少年にしか見えないことも原因かもしれない。年相応の、性別相応の格好をしていたらその違和感も幾分か和らぐかもしれないが・・・それでもやっぱりどこか結びつかない。

には惚れる云々より先に、色恋そのものに対して踏み込もうとするコッチが唖然とするほど高い壁があるように銀時には思え、なのについ最近までヘタレキャラを地で駆け抜けていた土方が一番乗りにひょいとその壁を越えていったことがわからないのだ。しかも無理やり壁を越えたらきっと拒絶されるだろうと思っていたのに、まるで当然のように土方がその壁の中に新たな居場所を作り、居座っている。まったくもって訳がわからない。土方がそれまでの恋愛感情を捨て、出会った頃のようにまっさらな親しい友人に戻ったのならばまだ分かる。が、奴はそれを持ち続けているばかりか、今までその恋愛感情の留め金として機能していた妙なプライドも、想いがにばれたことによって消え去ったらしいというのに。まさに野放しのオオカミとなったわけだが、そんな奴が壁の中に一人、悠然と胡坐をかいている。まったくもって訳がわからない。

「・・ナニ、思ったより平然としたツラしてんじゃねーか」
「んー?」
「いや、もっとこう・・・『そ、そんなこと言えるわけないだろ!?』とかさ、恥ずかしそうにするかと思ったんだがよ」

頬を赤く染めることもなく、淡白に語るが銀時にはどうも普段の彼女と似つかわしくないのだ。

「実感が、あんまないんだ」
「・・・多串くんが、お前に惚れてるってことがか?」
「そ。土方さん、前と同じでいいって言ってくれるし・・・確かに前とは土方さん、まるで別人みたいに違うんだけど、でもやっぱり土方さんだから」


全身の血が沸騰した気がした。


「土方さんのとは違うけど、やっぱり俺、土方さんのこと好きだしさ」

奥歯を噛み締め、手の平に爪が食い込むほど拳を固く握って突き上げるような衝動をやり過ごす。まるで「女」みたいな顔をしてふうわりと笑いながら、他の男のことを語るをこれほど許しがたく思うなんて、予想を遥かに超えていた。話を振ったのは自分なのに・・・とてもじゃないがこれ以上は耐えられない。無理だ。


俺には――・・俺には、そんな顔をして笑ったことなどないくせに。



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