第1話
ぬるま湯につかっているかのような心地よい酩酊は、頭の中に直に響いてくる声によって覚醒を余儀なくされた。
小さく呻き声をあげて、は目を開ける。
「・・なんだよ、雀鴻ぉ。もう時間?」
の目覚ましは召喚獣の呼びかけである。
他人に迷惑を決してかけず、尚且つ必ず起こしてくれる、なんとも便利な目覚まし時計だ。
が銀時たちのいる世界にやってきて、丸々1週間が経とうとしていた。
神楽と同じように万事屋に居候することになった彼女は、事務所にもなる居間部分に布団を敷いて寝起きしている。
最初の夜、ソファで寝ようとすると、現在自身が寝室として使っている和室をあてがおうとする銀時でしばらく揉めた。
突然転がり込んできたのだから当然だ、というの言葉に銀時はまったく耳を貸さなかったのである。
は彼を説得しようと口を開いたのだが、如何せんその夜、銀時は酔っていて。
言葉を重ねれば重ねるほど、彼は立ったまま舟をこぎ始めるのだ。
そのくせ、がソファで寝ようとすると駄々っ子のように喚いて・・・結局双方が折り合いをつけ、は布団をしいて寝ることになった。
着替えて寝癖のついた髪を整えながら、あの夜のことを思い返すと、銀時は本当に酔っていたのだろうかと思う。
案外、酔ったなんてのは方便にすぎないのかもしれない。
「おはようございまーす」
新八の声が届いて、思考を今に切り替えた。
これからすべきことはとりあえず、朝食作り。
「はよ、新八。俺は何する?」
「そーっスね・・じゃあ、魚焼くんで見ててください」
「ほいほーい」
グリルに載せられた魚をみて、はちょっと切ない気分になる。
――――万事屋の経営状態をもろに反映したサイズの魚が、並んでいる。
「俺、いつも思うんだけど・・・・切な「それを言ったら負けです、さん」
基本的に目覚めの悪い銀時と神楽のために、新八は自身の朝食を彼の姉・・・妙と終えたあとに作りにきてくれる。
彼ら志村姉弟の朝はとても早い。
朝食作りは新八ひとりでやることが多かったのだが、最近ではとの共同作業だ。
これまでは面倒な部分が大きかった仕事なのだが、新八の中でそれは確実に変化してきている。
「新八ぃ、俺新聞とってくるわ」
はーい、という新八の返事を背に受けて、は清々しい朝の空気を胸いっぱいにすいこむ。
ひんやりとして、少し湿っぽい空気が頭をすっきりとさせてくれた。
掛け値なしに気持ちいい。
新聞受けから目的のものを取り出すと、いつか新八と神楽の二人にして見せたように指笛を鳴らす。
ぴゅいッという鋭い音があたりに響くと、同じようにいくつかの羽ばたきが近づいてきた。
「ははッ、おはよ。お前ら今日も元気だなー」
―――新八のひそかな楽しみの一つは、この光景である。
新聞を取りにいく彼女は、大概小鳥たちを呼ぶ。
見目麗しい彼女と小鳥たちが戯れるさまはなんとも心洗われる画で。
この光景を見てから、新八が二人をたたき起こすことはなくなった。
「(あいつらにゃ、絶対教えてやらねぇえ!)」
目の端っこに涙を浮かべながら、彼は決意を新たにする。
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