第2話
一方、といえば。
この朝食作りの時間はにとっても収穫の大きな時間となっていた。
新八はこの世界では常識のようなことでもいやな顔一つせずに教えてくれるし、銀時に聞くよりもはるかに分かりやすく教えてくれるからである。
そうしているうちに、いやでも気が付くのは―――万事屋の危機的ともいえる経営状態。
焼き魚のサイズや、味噌汁の具などにそれは明らかに反映されているのだが、
銀時や神楽はそれに対してあまり文句を言わない(量さえ満たしていれば)。
それはつまり、こういう、なんというか・・・・・質素な食事が普通だ、ということを示している。
なぜだろう、とは首をかしげたものだが、2,3日目も経てばいやでも気付く。
「(・・・仕事、してないんだもんなぁ)」
おかげで何でも屋だという「万事屋」が、具体的にどういう仕事をするのかわからないままだ。
「おはよー。朝ごはんなにアルか?」
目をこすりこすり、台所の柱に寄りかかって神楽が声をかけた。
神楽は部屋においしそうな匂いが満ちると、それが引き金になって目覚める。
「ご飯に味噌汁に焼き魚」
「ふぅん・・・いつもとおんなじじゃ飽きられるアルよ。定年迎えて離婚届突きつけられるダンナみたいに」
「朝っぱらから嫌なたとえしてんじゃねぇええ!」
「俺、銀さん起こしてくるわ」
「おきなかったらほっといてもいいアルよ、!あのダメ人間の代わりに私が食べるヨ」
欠伸まじりの神楽の言葉を背に、は銀時の休む部屋へ向かう。
とりあえず和室の襖を開けずに呼びかけてみるが、何の音沙汰もない・・・いつものことである。
はひとつため息をついて、いつもと同じ手段にでる。
すぱんッと小気味よい音をたてて襖をあける。
この部屋の主人は浴衣のすそを割って布団に抱きつき、なんともだらしなく、ある意味ふしだらな寝相を披露していた。
「おい、起きろよ!もう朝だぞ」
そう言いながら窓を開け放って光を取り入れてやると、銀時は小さく呻き声をあげる。
光から逃げるように、顔を布団に顔をうずめようとしている。
「銀さん、起きないと朝ごはんなくなるぞ?」
「・・・ちゅーしてくれたら起きる」
「は?」
「・・きょどるとか赤くなるとかいう反応皆無で間髪いれずに言葉返ってくるのってどーかと思うぜ、俺ぁ」
布団の合間から恨めしげに細められた目がを捕らえる。
が、このやり取りも最早何度と繰り返されたことだ。
は呆れたように大きなため息を吐き出し、銀時の抱きこむ布団を掴む。
「起きろって言ってるだろーが、この糖尿天パや「隙ありぃ」
布団の中から腕が伸びてきて、手首を掴まれた次の瞬間。
ぐるん、との視界が回転した。なぜだか、まだ温もりの残る布団に押し付けられている。
「・・何してんの」
「何って・・チャン押し倒してるだけ?」
「んなことする暇あんならさっさと起きろよ」
はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いてやれば、
「違うんだよ・・こーゆー反応を期待してたわけじゃねぇんだよ、俺ぁよー」とかなんとかぶつぶつと聞こえた気がしたが、まるっと無視することには決める。
「ほら、もうさっさとどけって・・」
「やだね」
かちん、と。銀時の即座の切り返しが、の癇に障ったらしい。
銀時を見上げる視線は温度をぐんと下げる。
対する銀時は、のその反応に満足いったのか、にんまりと口の端を吊り上げた。
こうなったら実力行使しかない。は両手を封じる銀時の手を振り払おうと力を込めた。
「(・・・・くそっ)」
動かない。まるでビクともしない。
目の前のダメな大人代表、見習いたくない大人の見本、自堕落な糖尿天パ坂田銀時は
口元に浮かべて嫌らしい・・ことさら厭らしい笑みをしまうどころか深くして。
は歯噛みする。
「ちゅーしてくれたら退くぜ?」
にたぁ、という擬音がぴったりだとは思う。
「さ、どーす「わかったよ」
「へ?」
押さえ込んでいたから力が突然四散して、戸惑ったのは銀時だ。
今まで親の仇とでも言わんばかりに自分を睨みつけていた視線はもうない。
「何呆けた顔してんだよ。キスしたら退くんだろ?」
「えーっと、あ、ぇと・・・」
見下ろしていたは今や、笑みさえ浮かべている。
不思議そうにこちらを見上げる視線はまっすぐで、今度こそ銀時はたじろぐ。
今、澄んだ黒曜石の瞳に映っているのは自分だけなのだと認識した途端、顔が熱くなる。
「・・・ほら、もっと近づかないと届かないだろ」
「ぇ・・・・」
熱に浮かされたように、
吸い寄せられるように銀時の顔はに近づいて―――・・・
「うごぁ・・・ッ!!」
「・・・・・甘いんだよてめぇ」
どさっと崩れ落ちた銀時は、銀時が男である所以たる部分を押さえて悶え呻いた。
「てめ、コラ・・・っ!俺のムスコが使いもんにならなかったら、泣くのはお前だぞッ!」
「なんでお前のが使えなくて俺が泣くんだか意味わかんねー。つか元々ソレ使えたわけ?」
は思いっきり・・・それはそれは思いっきり蹴り上げ、しかも夢を与える主人公にあるまじき暴言を吐いて。
銀時を捨て置き、自分は朝食へと向かったのであった。
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