第1話
襟をただし、は玄関で振り返る。その視線の先には新八と神楽の二人がどことなく曇った表情で立っていて、は苦笑する。
「じゃあ、行ってくるな。今日はなんか夕飯まで出してくれるらしいから、俺の分はいい。手伝えなくて悪いな」
「いえ・・そんなことは全然構わないんですけど・・・」
「なんで夕飯まで私たちじゃなくてあいつらと一緒なアルか!?」
神楽の言う"あいつら"とは真撰組隊士たちのことである。
今日はが屯所に赴き、体術・剣術の指南を行う日。午前中の稽古が終わった後は、彼らのはからいでお昼を出してもらうのが常で。
だが、今日のように夕飯まで出してもらうのは、この仕事を始めてもうすぐ1ヶ月を迎えるなかでも初めてのことだ。
もちろんその話を土方から受けたとき、は丁重にお断りしたのだが、逆に突き返されてしまった。
「それが俺もよく聞いてないんだ。なんでなんだろうな」
「さん・・確かめましょうよ」
顔をしかめた新八に「まぁ、大丈夫だって」と言葉をかけたが、より表情が曇ってしまった。
なんだかんだ言って、は新八の心配している顔に弱い。
「出稽古があるらしいってのをチラッと聞いたんだけど・・もしかしたらそれかもしれない」
真っ赤なうそである。
そんな話を耳に挟んだことはない。けれど、人を安心させる嘘は時に必要なものだ、とは自分に言い訳をする。
あの真撰組の彼らがよからぬコトを企んでいるとは到底思えないからこその言葉だが、それを新八に理解してもらおうとするのは難しいだろう。
「あんまり遅くなっちゃだめあるヨ?この辺は夜になると銀ちゃんみたいな変態おやじがたくさん出るアルから」
「・・・銀さんが聞いたら泣き出しそうな台詞だな」
銀時は今この場にいない。
どこに行ってるのやらさっぱり見当はつかないが、昨日の夜おそくに出て行ったきり戻っていなかった。
「そろそろ俺行くわ。悪いけど、銀さんによろしく言っといてくれるか?」
「はい。気をつけてくださいね」
「ケガしないように殺られる前に殺るあるヨー?」
そこはかとなく危なげな言葉に見送られた気がするが、もうも慣れたもの。スルーして万事屋銀ちゃんの看板に背を向ける。
屯所までの道は徒歩だ。
「・・・あ? もしかしてか?」
歩いてしばらくもしないうち、聞きなれた声には足を止めた。
声の方向には、瞼をなんとも重たそうにして常の気だるさに磨きをかけた銀時。
がりがりと頭を掻く様は、たしかに親父じみていて、は僅かに口元を緩める。
「あ、おはよう銀さん。お帰り」
「おー。っつーかこんな時間にチャンはなにしてんの?」
真撰組体術・剣術指南役という仕事を初めてからもう1ヶ月が経とうとしているのだが。
銀時はのライフワークを覚えようとする気がないらしい。
「仕事だよ。真撰組の」
「あー・・今日はその日だっけか」
「新八にも言ったけど、今日俺夕飯要らないから」
「・・・あ?」
銀時は思いっきり顔を顰めた。
新八や神楽のように表情を曇らせたのとはちょっと違う。不機嫌そうに眉間にしわを刻む。
「あんまり詳しくは聞いてないんだけどな、みんなが夕飯まで出してくれるらしいんだ」
「・・・」
「そういうわけだからよろしく」
は銀時のいらつきに気付かない。
銀時のそれも新八たちと同じ"心配"に由来するものだと思っているからだ。
銀時がに恋情を抱き、それ故にが男だらけの場所へ行かせるのを快く思っていない、などとは毛ほども考えていない。
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