第7話
「本当? じゃ、ボクにもちょーだいっ」
酒がまだ残ったままのお猪口に、の両手が伸びた。
お猪口を支える沖田の右手を両手で包んで自分に引き寄せ、それに唇を寄せる。
そして煽るように、一気に底に残っていた液体を喉に流し込んだ。
沖田の手を包む彼女の手は、近藤の付き添い(お妙目的)で時々行くキャバクラの女のそれとも、屯所で女中として働く女たちの物とも異なっていた。
爪は深爪を連想させるほど短く切られているし、指は関節ごとに節くれだっていて、手のひらが硬い。
竹刀を握るからだろうかと考えて、彼女の手は幼い頃の自分の手に似ていることに気が付いた。
あれはまだ近藤さんの道場に通っているころで、あの時からすでに土方は気に食わない奴だった―――
じゃなくて、そう、あれはまだ自分が元服を終える前・・・13か14くらいのときの手にそっくりだ。
酒を流した喉が、こくりと上下に動く。仰向けに仰け反った首は白くて細い。
「(――――・・・この人は、女、だったなァ)」
竹刀を交えているとどうにも忘れがちになる。
鍔迫り合いになったときの力の差は確かに感じるが、彼女はそうなるのをことごとく避けるから。
彼女は自分の長所と短所をきちんと把握して、そしてそれを強さにかえる。
「総悟ー?どしたのー、酔っ払っちゃった?」
頭の重みに耐え切れないように、こてんと首が折れて彼女の目が自分を覗き込む。
彼女の瞳は、吸い込まれそうな夜空の色だ。
「酔っちまってるのは、の方だろィ?」
「そんなことないもんーっ」
ぷぅ、とは朱色に染まった頬を膨らませる。
今のこの顔を写真にとって、酔いが醒めた後に彼女に見せたらどんな反応を返すだろうか、と考えて沖田は笑う。
多分は、写真をひったくるように奪い、その場で破り捨ててしまうだろう。
「おい、飲んでんのかコラ」
「土方さんだぁ。ちゃんと飲んでるよー」
久方ぶりの腹黒さを伴わない沖田の微笑みは、副長土方の登場で暗黒に染め上げられる。
ちなみに酔っている沖田の堪忍袋は、平素から常人よりもはるかに小さいが、それよりもさらにちいさいものになっている。
「チッ。さっさと逝ってくんねーかな土方」
「よぉおおし!総悟、刀を抜けぇえええい!」
土方が腰に下げた刀を抜いたときだった。
火のついたような泣き声、とはこういうさまを言うのだろう。
彼女の目からは大粒・・というか滝のような涙が零れ落ちていて、幼子のような叫び声が尾を引いていく。
「ぉ、オイ!? なんでお前泣いてんだ・・・ってちょっと待「とりあえず死んでくだせぇ土方さん」
バズーカの爆発音にも土方の断末魔にも気が付かない様子のは、肩を大きく揺らしながらひっくひっく・・と声を漏らして涙をまだ零している。
普段とはかけ離れすぎていて、もはやこれが自分たちの知るだという現実味がない。
目の前にいるのはどう見たって、大きな子供だ。
「」
沖田の静かな呼びかけに、はふるふると首を横に振った。どうやら顔をあげたくないという意思表示ならしい。
「もう泣かなくてもいいでさァ。土方のヤローはちゃんと息の根止めておきますから」
細い首が、横に動いた。
沖田は思わずため息をもらす。どうも幼子の相手をしている気分だし、なかなかどうしてこいつは頑固だ。
さて、どうしたものかと思案したとき。それまで蚊帳の外でひとり酒を飲んでいた銀髪が動く。
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