第10話
ざわ、と周囲が色めき立ちます。
銀時王子の花嫁候補を募集するこの舞踏会で、銀時王子自身がダンスを申し込むことは、そういった意味合いが強いからです。
「ぇ・・ぇえ!?俺!?」
いくらこういった場に慣れていないと言えども、もその意味に気が付かないはずがありません。
は目を丸くし、慌てたように言葉を矢継ぎ早に放ちます。
「む、無理だよ!俺、ダンスとかしたことないもん!恥かくだけだって!!」
「いーから。ホラ、手ェ貸せ」
なかなか手を差し出そうとしないに焦れた銀時王子が、片膝をついたまま上目遣いにを見遣ります。
自分の中にある混乱や緊張、困惑などといった感情を見透かしてしまいそうな、銀時王子の澄んだ瞳に捕らえられたように。
弱りきった顔のまま、は導かれるように銀時の手のひらに自分のそれを重ねました。
「よく出来ました」
「・・・るさいっ」
の手をとった銀時王子は、周囲の視線をなんら気にすることなくダンスフロアの中央に歩いていきます。
は銀時王子に手を引かれながら、只でさえ小さな身体をもっと小さくしていました。
表彰台の最も高いところに立って浴びる注目はなんとも思わないですが、
フロアで人々の視線を集めるのはこんなに緊張するものなのかと半ば呆然としてしまうほどです。
「・・なに、ちゃん緊張してんの?」
「・・・だから、俺こんなのはじめてなんだって」
「え、踊ったことない?」
銀時王子が視線を投げかけた先で、は―――小さく、首を縦に振ったのでした。
「・・男役なら、したことあるんだけど・・・」
「チャン、どんな生活してたわけよ」
銀時王子とだけになったダンスフロアの中央で、二人は向かい合います。
自分の足元に視線を落とし、顔を上げようといないに銀時王子は苦い笑いを漏らしました。
「だいじょーぶって。銀さんにまかせなさぁい」
「・・・恥かいても、知らないからな」
す、と銀時王子の手がの腰に回されます。
緊張に身体をかたくしたは、自分の手も銀時王子の腰に手を当てなければならないことを知っていましたが、それをいま一歩行動に動かすことが出来ません。
「ホラ、手!」
銀時王子自身の手に促されてようやく、は彼の腰に手を置きました。
それを見計らったように、音楽がホールに流れます。
緊張でガチガチのまま、はステップを踏み始め―――驚きに目を丸くしました。
想像以上に、銀時王子のリードが的確だったからです。
そんなことをするタイプにはまったく見えなかった銀時王子でしたが、
がどうしたらいいのか考えるより先に次の一歩を踏み出してくれるため、は銀時王子について回るだけでよかったのです。
「・・・上手いじゃん」
耳元に聞こえた低い囁きに、はパッと顔を上げました。
「銀時王子のおかげ、です」
「よくわかってんじゃん」
笑い声を含んだ銀時王子の言葉に、は瞬間視線を鋭くします。
「緊張、とれたろ?」
「・・・うん。なんか、ちょっと・・・」
「ちょっと、なんだよ?」
チラ、と銀時王子を見上げたは笑みを零してこう言いました。
「ちょっと・・・・楽しくなってきた」
そうが言ったとき、銀時王子は虚をつかれたのかにやりとした笑みを引っ込めました。
そしてその後、今まで浮かべていたものとは違った笑みを浮かべて「そうか」と一言だけ呟いて。
「なァ、・・お前」
その時。音楽をかき消す鐘の音が、会場中に響き渡りました―――12時の鐘です。
「・・ッ!やば・・・!」
「?」
「ちゃん、この魔法には条件がある」
「・・・えー、そこんとこなんとかしろヨ、ゴリラ」
「ちょっと黙っててくれる?今、数少ない決め場だから」
「・・・なに?」
「この魔法の効果が切れるのは夜12時までだ。12時の鐘がなったら戻ってくるように・・いいね?」
「―――・・わかった」
弾かれるように銀時王子から離れたは、一目散にエントランスを目指します。
色とりどりのドレスやタキシードでごった返すフロアを人の間を縫うように駆け抜け、外に飛び出しました。
「!いきなりどーしたってんだよオイ!!放置プレイですかコノヤロー!」
不意に後ろから腕を掴まれたは、急なことに対応できずに引き戻されてしまいました。
体のバランスを崩したは地面に頭突きする衝撃に目をつぶりますが―――背後から伸びてきた銀時王子の腕に受け止められて。
気が付くと、は銀時王子に抱きすくめられました。
「ぎ、銀時王子・・?」
「行くな」
銀時王子の熱い吐息が直接耳に触れて、はぞくりと身を竦ませました。
「・・・行くな、」
そう、低く囁いた銀時王子は、回した腕に力をこめます。腕の中にを閉じ込めようとするかのように。
「―――・・ごめんっ」
きゅ、と唇を噛み、意を決したかのようには銀時王子の腕を振りほどくと、振り返ることなく駆け出しました。
エントランスからのびる大階段を転がるように駆け下りて、夜の闇のなかに消えていきます。
「・・っ!」
銀時王子の切実な叫びは夜の帳のなかに吸い込まれ、を引き止めることはできませんでした。
「・・・くそッ・・一体なんなんだっつーの・・!」
ふと、階段の中央あたりになにか光るものを銀時王子は見つけました。
怪訝に思いながら歩み寄ると、そこにあったのは・・・ガラスの靴。
「これ・・・の、か?」
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