第8話
視界の端から突然伸びてきた腕に、それはさえぎられました。
「ブラック・ルシアンか?甘くて飲みやすいくせにやたらアルコール度数の高いカクテル・・・女だまして飲ませるにはうってつけの酒だな」
腕をたどっていきついた先には。
「な・・っ!?」
「悪ぃな、俺が狙ってんだ」
の視界に、彼の黒髪が揺れます。
青年Aを睨みつけるその眼光は鋭く、今にも噛み付かんとするかのようです。
青年Aからをかばうようにする彼の背中は、とても広くて大きいものでした。
「・・大丈夫か」「あ、はい!すいません、ありがとうございました」
ぺこり、とが頭を下げました。怒られているような気になるのは、彼の瞳孔がばっちり開いているからでしょうか。
「気をつけろ。テメェみたいのが無防備にうろうろしてりゃ、あーゆー手合いのに絡まれるぞ」
「はぁ・・・すいません。あ、お名前をお聞きしてもいいですか?」
男―――土方王子はわずかに目を剥きました。
自分のことを知らない人間が、舞踏会にいるとは思っていなかったのです。
「ちょ、お嬢さん!この人は真撰組王国の王子、土方さまです!知らないんですか!?」
土方王子の背後からひょっこり顔を出した従者の山崎は、こそこそっとに耳打ちしました。
「え・・ぇえ!?王子さま?この人がぁあ?」
「疑いたくなる気持ちはわかりますけど、正真正銘・・ィダダダダ、冗談ですって王子!」
彼―――土方王子が動くのにしたがって、さらさらの黒髪が揺れます。
鋭く、まるで射抜くような光を宿す瞳はしかし、が見たことも無いくらいまっすぐでした。
さきほどの青年Aも綺麗な顔立ちをしていましたが、この人の前では霞んでしまいます。
神楽の言うとおり、世の女性の注目を集めるのも無理らしからぬ容貌です。
「何ガン飛ばしてんだテメェ・・・文句あんのかコラ」
肩書きは次期王権を担う王子でしたが、中身はチンピラと変わりないのが土方王子の特徴でした。
「いえ、ただ・・・」
「ただ、なんだ」
それまで唖然とした表情で土方王子を眺めていたは、す、と彼と視線を合わせてこう言いました。
「カッコイイなぁって、思っただけです」
「(な・・・っ)」
土方王子はごくりとつばを飲み込みました。
なぜなら、一言だけ言ったの笑顔があまりにも自然だったからです。
土方王子は自分の容姿や肩書きに物怖じしない人間をこれまで知りませんでした。
目の前ののように、なんの躊躇いも見せずに土方王子の目を見て、さらにこんな風に笑う人ははじめてです。
自分の心音は、こんなにも大きく聞こえるものだったでしょうか。
「えーと、おれ・・・じゃなくて、私はっていいます。多分もう会うこともないと思うけど・・土方王子に会えてよかった」
そうしてフッと寂しげな微笑みを浮かべる彼女に、こんなにも気持ちが揺さぶられるのはなぜなのでしょう。
「じゃあ、サヨナラ」
くる、と踵を返した彼女の腕を掴んでしまったのは、反射的なものでした。
「・・・・サヨナラとは随分だな。今会ったばかりだろうが」
「あの人たちはアナタを待ってるんじゃないのか?」
が指し示したほうをチラリと見遣れば、
そこは舞踏会とは思いがたい黒い炎がメラメラと燃え上がっているようで・・・・・土方王子は、見なかったフリを決め込みます。
「知るか・・・なァ、俺と一曲「はァい、そこまでぇ」
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