第2話


「じゃあ、くれぐれもよろしくお願いいたします」

依頼人―――丸井を送り出して、万事屋の面々は一息つく。 今回の依頼人は、予想通りというべきか当然というべきか竹クラスだった。

「さってと。動くんなら早いほうがいいだろーな・・おら、計画立てるぞ」

玄関先に立ったままぼーっとしている様子の。 彼女の頭に2,3度、ぽん、と触れて銀時が事務所へと戻ろうと、足を向けたとき。

「銀さん・・・この仕事、俺に任せてくれないか?」
「あ?」

振り返ったときにぶつかるの視線。吸い込まれそうな黒曜石の瞳に宿る、いつもとはどこか違う光。 それはこれまでに銀時が見たことのない色を帯びているようで。

「・・・どーしたぁ? お前いつの間にそんな勤労意欲に芽生えたワケ」
「あれは銀さんたちの手には負えない。俺の仕事だ」
「そりゃまたどーして」

この目だ。
は銀時のこの目に弱い。 普段はどう見ても生気の感じられない目なのに、自分の考えていることを見透かされているかのようで。深く見通されているような錯覚を覚える。それは不快ではない―――けれど、居心地のいいものでもなくて。

「・・・依頼人が探してるのは、宝珠だ」
「――――・・・まじ?」
「雀鴻が言ってる。間違いない」

頭の中に直接語りかけてくる雀鴻の声が、緊張をはらんでいる。 "嫌な予感"などというかわいらしいものではない。もうこれは確信だ。

「でもよぉ。これ、俺に来た依頼だぜ? に全部任すわけにゃいかねーよ」

方便もいいところである。 普通ならこんな申し出、即答で任せるところだ。小躍りしようという勢いで丸投げするだろう。 ――――けれど、今回はそうしてはいけない気がする。 瞳に宿った、あの不穏な光。普段通りを装うの態度。

「(放っとくわけにいかないっしょー。何隠してんだかしらねーけど) っつーわけで、お前ももちろん俺も依頼をうける。それならいいだろ?」

くしゃり、とが表情を歪めた。困ったような、微笑んでいるような・・泣きそうな顔。

「俺にも"お前の仕事"手伝わせろよ・・・、な?」

の立つ場所へ銀時は足を戻す。銀時よりも背丈のない彼女に合わせ、腰をおって俯いた顔を覗き込む。
細く、長く息を吐き出したはしばらく経って・・・・・・こくりと首を縦に振った。


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その珍しい人が万事屋に訪れたのは、その晩のことだった。
――――・・こんこん。
神楽と二人でお風呂に入って先に彼女を上げて。 髪をタオルで拭きながら、寝巻きを身に着けたが事務所兼居間へ行くときの訪問者である。

「・・・銀さーん、お客だけど」
「お前近いだろーが。俺はいまチョコレート食うので忙しいのー」
「ふぅん・・・・後で覚えてろよ

お風呂から上がったばっかりで、しかもタオルを持ったまんまだったため出たくなかったのだけれど。
小さな、地を這うような低い声でぼそりと呟いた後、は玄関の戸を開ける。

「あれ? 土方さん」
「・・・よぉ」

ぴくり、と銀時が反応する。

「悪ぃな、こんな時間に突然。見回りで近くまできたんで、ちょっとな」
「や、大丈夫です。・・あ、今日は総悟いないんだ」

ひょこりとが土方の背後を覗く。 いつもくっついている沖田の姿がなくて、土方単体というのはなんというかちょっと珍しい気がする。 そんな彼女の考えが手に取るように分かって、土方は苦い顔をした。

「あのな、俺だっていつも総悟のバカと一緒にいるわけじゃねぇんだよ」
「ま、確かにそーだよな」

へらりと笑う。対する土方は、どこか視線を落ち着かなく泳がせて、ようやく意を決したように口を開いた。

「あー・・・お前、今からちょっと出られるか?」
「今から? 別にだいじょ「はぁいそこまでー」

いつの間にやら、銀時が廊下に立っている。 腕組みをして銀時はちらりとを一瞥し、視線をすぅ・・と尖らせて土方に目線を合わせる。 ばちばち・・っと火花が飛び散ったが、それに気が付くのは当人同士だけで、決しては気付かない。(なんというたちの悪さ!)

「もう遅いんだから用事あるんなら明日にしてもらえるかなー、多串くーん」
「・・でも銀さん、遅いって言っても、まだ8時回ったくらい「甘い! 甘いぞッ!!

不意に大声を上げ、の両肩を掴んだ銀時はくわっと目を見開いて。

「こんな時間に男と外に出るなんざ『食べちゃってください♪』って言ってるよーなもんだろが!  それに大体多串くんだぞ!? 俺はぱくっといかれちゃうなんて断じて許しませんッ」

勢いに任せて、銀時がを自分の腕の中に閉じ込めた。シャンプーの匂いがふわりと香る。 の体はすっぽりと計ったように銀時の腕に包まれる。風呂上りで火照った肌はマシュマロよりも柔らかい。 突然銀時の肩口に頭を押し付けられたは「わぷっ」と小さな声を漏らす。

「ちょ、いきなりなに?」

の声にびっくりした様子はあるものの、動揺がかけらも見つからないのが銀時には寂しいが、今はそれに意識を向ける余裕はない。 の背中越しに、二人の男が視線だけで戦っているのだから。 ぎゅう、と彼女の背に回した腕に力をこめる銀時が優勢ではあるが、油断は禁物だ。

「これじゃ土方さんと喋れないだろ!」
「おわっ」

べりっと音でもしそうなものだ。 両腕を銀時の胸について自身の身を彼から剥がしたは、土方を振り返る。

「用事かなんかなんだろ? 行くよ」
「あ・・あぁ、悪ぃな」
ーッ!? おま、俺というものがありながら他の男と!?」
「誤解を生むような言い方やめろよっ! 帰りにプリン買ってくるから」
いってらっしゃい (・・ハッ、思わず糖分につられて認めてしまった・・・!)」


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