第3話
「(これまでで一番の出来だわ・・・!)」
女性販売員(27歳)は、出来上がったをみて感涙した。
錆納戸色―――微妙に錆びがかったブルーグリーンの地色に、敷松葉が金糸で刺繍された繊細で、上品な着物。
そして全体をシックにまとめる黒地の帯。
こういう落ち着いた色の着物は、着る人の年齢を選ぶ。
くらいの年だと、着物に"着られている"という感じになるかと思われたが、そんなのはまったくの杞憂で。
はぐん、と。着せたほうが目を見張るほど大人びた。
ほっそりした身体つきをしているとは思っていたが、驚くほど彼女の身体は筋肉質で。
だからこそ、男の子と見間違えてしまったのかもしれないけれど、そのおかげで、着物に包まれた彼女は一種の儚さを纏う。
足元からちらりと覗く足首や、ほっそりして無駄な肉のないうなじからは、匂い立つような、とは言わないまでもふわりと香る色気がある。
着せてしまったら、男の子と見紛えた自分に首をひねりたくなるほどだ。
「うーん・・重いなぁ、なんか」
「そうですか?」
本当に着慣れていないのだな、と思う。
確かに、彼女にしてみれば"女装"という言葉がぴったりなのだろう。
「できましたよ」
まだかまだかと、だんだん退屈し始めていた沖田は、その声に振り返る。
勢いよく開け放たれたカーテンの奥に、彼女は所在無げに立っていた。
「(・・・・へぇ、こりゃ面白ぇ)」
誰にも、それこそにもわからないように、沖田は口角を吊り上げる。
思惑通り――いや、それ以上だ。
"女装"になるかと思わなかったわけではない。
沖田が見る彼女はいつも男物の着物を着ていて、それがあまりにもしっくりきすぎているから。
「・・・・綺麗ですぜィ、」
そう、沖田はお世辞でなく言った。
これまで結構"綺麗だ"と思われる女に出会ってきたが、はその上位に余裕しゃくしゃくでランクインする。
「止めろよ、気持ち悪ぃ。なんか、俺が俺じゃないみたいだ」
うげ、とが表情をゆがめ、自分を見下ろして居心地悪そうに唇をへの字に曲げた。
販売員だけでなく、沖田ですらそういう表情は勿体無いと思ってしまう。
「そういう顔はしなさんな」
沖田の手が、の頬に触れた。
その両手でそっと彼女の頬を包み込むように触れ、自分と目を合わせるように顔を上げさせる。そして顔を寄せ、彼女の耳元にそっと囁く。
「折角の美人が、勿体無いですぜ?」
――――傍から見れば。
突然顔を寄せた少年から、さっと顔を背けた少女の反応は恥らっているようにしか見えず、その頬がほんのり桜色に染まっていて。
つまり、その光景は美少年と美少女の初々しさたっぷりのお付き合い。
だが、しかし。
「(・・じっとしてなきゃ殺られる・・・っ、目で!!)」
が顔を背けたのは、恥らっているからではなく恐怖におののいたからであり、
また頬が赤く染まったように見えたのはギャラリーの妄想の産物で、実際には彼女の顔面は蒼白となっている。
「、行きやしょうか」
「お、おぅ!」
逆らえないけれど・・・・・繋がれた手は確かに温かい。
+ + + + + + + + + +
「つ・・・・疲れた・・」
万事屋への帰路を歩きながら、は盛大なため息を吐き出す。
あれから。
試着した着物を脱ごうとしたら「お客様、それはもうすでにお会計を終えられています」とワケのわからないことを告げられ。
「え、それは一体どーゆーことデスカ」と聞き返すヒマも与えられず、は沖田に拉致られるようにお店を後にした。
「そ、総悟! 意味わかんねぇ。何、一体どーなってんだよ?」
「物分りが遅えなァ・・・」
はぁ、とため息を吐いた沖田を、思いっきりぶん殴りたい衝動に駆られたは頭の中の理性を総動員してその衝動を鎮める。
命がかかっているのだから、理性も必死だ。
「が試着してる間に、それ買っちまったんでさァ」
「なんで!?」
「アンタに似合うと思ったからに決まってるだろィ」
さらりと告げられた言葉に、流石のも言葉を失う。
「それとも何かィ? 俺が見立てたもんが似合わねぇとでも思ってんですかィ」
「・・ち、違うケド・・・・っ」
「ぁ? 、顔赤いですぜ?」
俯いたの視界に突然割り込んでくる沖田。弾かれるようには顔をあげて。
「違ッ!そんなんじゃねーっ!!」
「そんな茹蛸みたいな顔して言われたって、信じろって方が無理ですぜィ?」
そう言って笑う沖田の頭に、ばいきん●んみたいなツノが見えたのは気のせいだろうか。
結局は、買ってもらった(全然頼んでなんかいない)着物の格好で、江戸の街中をウロウロする羽目になり。
恐くなかったといえば多大な嘘になるけれど、楽しくなかったかと言われればそれももちろん嘘になる。いろんな場所を沖田に案内してもらい、行きつけらしい甘味処で三色団子をほお張り、
道端の露天でほかほかの肉まんとあんまんを二人で半分こして食べて
――知らないうちに、は本人以外の誰もが認めるであろうデートを満喫していた。
ちょっと待っててくだせぇ、と沖田がを残して少しの間はなれたとき。
「うわー、何このコちょー可愛くねー?」
「うわ、まじやば」
「だろ?なーおねえさん1人?」
「だったら俺らとちょおっと遊びいかねー?」
「だいじょぶだいじょぶ! 全然変なことしようとか考えてねーし」
正直、何が言いたいのかさっぱりわからない3人の男にはものの見事にナンパされ。
その要領を得ない喋り口調に、"今一体自分はどうなっているのか"という現状把握を試みていたの肩を、男の1人が馴れ馴れしく抱いたとき。
あのお方の降臨である。
「・・・・・・知り合いですかぃ、」
「ううん。全然」
「・・・・ちょっと、待っててくだせぇ」
うん、とが返事をするよりはやく。
沖田は3人の男を路地裏へと引きずっていって・・・。
しばらくして帰ってきたとき、わずかに浴びた返り血をそのままに壮絶な笑顔を浮かべた彼を拝むことになったとしても、これはデートである。
「こーゆーの、着慣れてないんだもんなぁ・・・・でもまた連れてってもらお」
▽ 沖田は の 餌付けに 成功した!
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