第4話
はぼんやりと今日のことを反芻しながら歩みを進め、万事屋の前まで辿り着いて。
そこでよく見知った背中を見つけた。
すぅ、との眉間に皺が刻まれる。
「不良副長が何の用ですかー」
「・・・・なんつー格好してんだ、お前」
振り向いた土方は、驚きの表情を隠そうともしなかった。怪訝そうに眉を寄せる。
「土方さんには関係ないだろ」
「・・・・まぁ、てめぇがどんな格好してよーが構わねぇけどよ」
とは言いつつ、土方は内心動揺しまくっていたのだが・・・・勿論、我らがは気が付くはずもない。
「つーかお前、今日何してやがった。ンな格好までして」
「総悟と遊んでた」
「ぁあ? 総悟とだぁ?」
目に見えて土方の纏う空気に不穏なものが混じる。
二人を中心にして半径2メートル以内に通行人が寄り付かないのがその証拠だ。
「俺が誰と何してよーと、土方さんには関係ないだろ」
「・・ッてめぇ、いい加減にしろよコラァアア!」
土方の腕がの首元へ伸びた。
もしもが普段どおりの格好をしていたら、土方は躊躇わずその喉元を掴みあげただろう。
けれど、今は着物をきていて・・・土方の中でも上位にランクインする美人で。
彼の手は宙をかく。
「他の誰かならまだしも、土方さんにだけは言われたくないし!」
「どーいう意味だ、そりゃあ・・」
ぎろり、と睨みつける土方。
は一歩も退かず、むしろ彼女の瞳にも強い輝きが宿る。
「俺、知ってるんだからな!」
「・・・・はァ? 何の話してんだコラ」
「しらばっくれても無駄だ! 俺、屯所まで行って総悟に聞いたんだから」
「ちょ、オイこら待て! 一体何のことだ」
"屯所まで行って"ということは、は自分との約束どおり、屯所まで隊服を持ってきたのだろうか。
「(つーことは何か? ・・・コイツは総悟のバカ野郎に何かを吹き込まれて・・・?)」
「俺は、土方さんが俺のイメージどおりでガッカリした」
「・・・オイ、何だその矛盾だらけの文章は」
キッと睨みつけてくる視線が妙に痛い。
いや、視線に痛みを感じるようなことをした覚えはないし、自分に弱みがあるとは思えないけれど・・・なんだか痛い。
「何吹き込まれたか知らねーが、俺は屯所にいたぜ?」
「嘘だ」
間髪いれず答えるにため息がもれる。
沖田の野郎をここまで信じているのは、彼女のこれからによからぬ影響を及ぼす気がしてならない。
「・・・吉原に行って、ぉ・・女と遊んでたんだろ?」
「・・・はぁああ?」
土方はの返答に、驚きを通り越して呆けてしまう。
吉原で遊んだのなんて・・・・2,3週間ぐらい前の話だ
(ない、と言えたらよかった・・!)。
それにしたって、昼間から行くことも、との約束をすっぽかして行くなんてこともない。
「いやいやいや、それ嘘だから! あのサド王子の嘘だから!!」
「・・・・・・」
信じられない、という視線が痛い。
日ごろの自分はそんなに素行が悪いかと振り返ってしまいたくなるほどだ。実際に振り返ったら凹むだろうから、しないけれど。
「お前にわざわざ来させるんだからな。三春屋のみたらし、用意してたぜ?俺は」
「・・ぇ?」
黒曜石がきらりと輝く。
前に一度、稽古が終わった後に出してやった三春屋の菓子には見事はまった。
店の親父さんの作る餡はそれはもう絶品で、は三春屋の熱烈なファンと言っても過言ではない。
三春屋は屯所から少し距離があり、忙しかったりすると用意してやれない時がある。
代わりに他の店の菓子を出したりすると一口食べただけではそれと気付き、機嫌を急激に損ねるのだ。
「なのに、いつまで経っても来ねぇからこっちから出向いてみりゃあ・・・・」
「ご、ごめんっ!」
形勢逆転、である。
「総悟はそう言ってたんだ! 土方さんはいないって」
「からかわれたんだろ、総悟のヤローに」
にしてみれば損なことだらけである。
土方はいないと聞いたのだから、キリキリ痛む胃をだましだまし沖田と出かけたのだし(結果的に結構楽しかったけれど)、
それになによりアノ三春屋の和菓子を食べ損ねてしまったのだ。
「つーか、俺の隊服どうしたんだよお前」
「あ」
忘れていた。すっかり、忘れていた。
まさか、隊服を届けに行って池に落としてぐしょぐしょにして、しかもそのまんまだなんて・・・言えない。
悪いのは決して自分ではなく沖田だけれど、それを告げ口しようものならそれこそどうなるかわかったものではない。
は一瞬にして今ココで土方怒られることと、後に沖田のS心に火をつけてしまうことを天秤にかけた。
―――数秒の逡巡の後に出た答え。
おそらく、じっとりと水を含んだ隊服は、今後も池の底のほうにゆらゆら漂っていることだろう。
「・・・・・あの、土方さん・・隊服、無いと困る?」
「あ? 別に・・あれ一着ってわけじゃねぇから、構やしねぇが・・・」
「だったらさ、あの隊服・・・俺にくれないか?」
―――――どくん。
息がしづらくて、土方はわずかに唇をかむ。
のどの奥に、呼気が詰まっているようで、咄嗟に声が出ない。
「もちろん、土方さんがよけりゃの話だけど・・・駄目か?」
「・・ぁ、あぁ。別に問題ねぇよ」
「そっか? へへ、よかった」
そう言って笑顔を覗かせるに、手が伸びて。
頬に触れた指先が甘く痺れる。
「(・・・って何してんだ、俺は!?)」
弾かれたように土方の手が離れる。いきなり行き場を失った彼の指は宙をかき、空を掴む。
「土方さん? どした、急に」
が怪訝そうな表情を浮かべる。
その中に含まれるのは、突然触れていた手を遠ざけたことに対する疑問だけで―――触れたこと自体に対する不信感ではなくて、そのことに土方は密かに胸をなでおろす。
けれど、その一瞬後に自分に舌打ちをくれた。
「(俺は・・・)」
「あのさ、虫のいい話なんだけど・・・三春屋のお菓子、まだ残ってたりとかは・・・?」
迷路に迷い込みかけていた土方の思考を止めたのは、ちらりとこちらの様子を窺うの声。
その声音が、稽古をつけ終わった後、昼ごはんのおかわりをねだる声と全然違わなくて。
綺麗な着物を着て、見かけはいつもとまるっきり変わっていても。
当たり前のことだけれど、彼女は何にも変わらない。いつもと一緒。
土方の知るだ。
「・・・そう言うだろーと思った」
「え!? じゃあ・・・っ」
「残してあるっつーの」
こんな簡単に餌付けされて、満面の笑顔を振りまいて。
そのカオが、ただ1人のためだけに形づくられる日がいつか来るのだろうか。
「早く行こーぜ、土方さん! お菓子食べに!!」
「わかった、わかったから引っ張んな、オイィイ!」
―――まぁ、その1人を他の誰かにくれてやる気は毛頭ないけれど。
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