第2話
「失礼します」
あけた襖の先には、近藤と沖田。そして50代くらいの男の人とその人の娘かと思われる少女。
自分と同じくらいか、もしくは年下くらいだと思われる少女の存在には拍子抜けする。屯所内で女の子を見かけるなんてほとんどないから(自分を女の子とはカウントしていない)だろうか、ただそこにいるだけで部屋のなかが明るくなるようだ。
「こちらが、剣術・体術指南役として勤めてもらっているさんです」
「・・・この方が」
まるで値踏みするように。男の視線がの頭からつま先までを査定する。そういう視線にここ最近晒されていなかったには、この場は居心地が悪い。
ふ、と視線を泳がせる。
すると、見慣れない目をした沖田と出会って。
きゅ、と下唇をかんでわずかに表情を硬くしている視線に混じる色は―――
「(・・・総悟も、俺のこと心配してるんだ)」
すぐ後ろにある土方の存在や沖田のわかりにくい思い、そしてわかりやすく心配そうな近藤。
の肩から無駄な力がすぅと抜ける。
「・・・・お綺麗な方ですのね」
可憐な声が少女の口からぽつりとこぼれた。
父親の背に隠れるようにしながらを窺っていた少女は、をためらいがちに見つめてその頬を桜に染める。
「はじめまして、さま。わたくしはリィナと申します」
「リィナさん、ですか」
自己紹介をする意味から教えてくれるとありがたいんだけれど、と言える雰囲気ではないことに流石のも気が付く。
なんというか・・少女からに注がれる視線はその部屋にいる他の4人の存在を完全に欠いたもので、父親はそんな娘の姿をみて数回うなずき、真撰組の面々は小さなため息を漏らして。
「さま・・・・お慕い申し上げますわ」
『慕う』 @好んで仲良くする
A恋しく思う・愛しく思う
はこのとき、頭の中でまだまだ薄い辞書を開いた。そしてじっくりと吟味したのち、@を採用する。まぁ、ある意味当然の反応だ。
出会って間もない(1分)同性に「慕う」と言われ、Aの意味だと思うやつのほうが末恐ろしい。
「はァ・・・・そうですか」
だから勿論、なんの感慨も湧かない様子では言葉を返す。
というか、自分を穴が開くほど見つめてくる少女の熱い視線が恐い。
そう、恐いのだ。なんかこぉ・・獲物を見つけた肉食獣の目というか、よっしゃ絶対捕まえたるで、みたいな目が。
「おいくつですか? さま」
「え、と・・19ですが」
「まぁ! でしたら総悟さまのお一つ上なのですね。わたくしと同い年ですわ」
リィナの口から名前が出たとき、総悟の顔がわずかに歪んだように見えたのはの気のせいだろうか。
「お詳しいんですね、リィナさん」
「ええ。総悟さまにも、土方さまにもよくしていただいています」
そういってにこりと微笑むリィナは、確かに美人だ。微笑む様は花のようで、見るからに豪華で綺麗な着物に決して見劣りしない。
並の男であれば、彼女の笑顔が自分に向けられただけで喜びそうなものだが、如何せん、は女だ。
「さん、と言ったな」
「はい」
父親であろう男の声は重々しさを伴って。自身の娘を見るときの視線は鳴りを潜め、代わりにに向けられるのは鋭いそれ。おそらく、彼の“査定”はまだ終わっていないのだろう。
「そなたの腕を見せてもらえるか。指南役というからには腕が立つのであろう?」
「・・・自信はあります」
そして一同は場所を道場へと移す。まっすぐに前だけを見てあるく父親と、物珍しそうにあちらこちらに視線を動かす娘。
彼らを先導するの隣には、近藤とそして土方がついている(沖田は逃げた)。
「、前向いたまま知らない振りして聞け」
「!」
ぼそり、と斜め上から低い声が降りてくる。
了解の意を示すために視線だけで答えると、土方はふ、と息をつき言葉をつむぐ。
「あれは俺ら真撰組の上司の上司の義父だ」
「・・・・すげわかりにくいんだけど」
「黙って聞け。あの女はその末娘で、かなりの男好き。うぜぇことこの上ねェが邪険にするわけにもいかねぇ。しばらくすりゃ飽きるだろーから、それまで相手してやってくれ」
なんで俺が、という台詞をはゴクリと飲み込んだ。
土方がいけしゃあしゃあとそんなことを抜かしたら迷わず台詞をぶつけたが、土方は眉間に幾筋も皺を刻んで言葉を吐き出していたから。
は真撰組の指南役であって隊士ではない。その彼女に自分たちの尻拭いをさせているようで居心地が悪いし、第一自分を男だと思っている女の相手をしろと言っているのだから申し訳も立たない。
さらにへの想いを自覚した土方にしてみれば、がこれ以上色男になるのはなんとも微妙であり・・・
彼女の手を煩わせることを立場を利用して強要するのは、不愉快以外の何物でもなくて。
にそんな土方の思いは3分の1も伝わっちゃいないけれど、それでも彼の気遣いはを十分慰める。
「仕方ないなー」
「・・・」
苦虫を噛み潰したかのように渋面を広げる土方に、はわずかに頬を緩める。
勿論、後ろの人達にはわからないように。
「土方さん、一つ貸しだからな」
「・・・ああ。終わったときには三春屋の菓子、大人買いしてやるよ」
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どうやらリィナは、真撰組内で結構有名ならしい。
彼女を背後に伴って道場を訪れたとき、それまで稽古に集中していた隊士たちが一気にざわめいた。
なんともなしに耳ダンボにすれば、上ずった口調で繰り広げられる会話のそこかしこから「リィナ」の名がチラチラと聞こえてくる。
それらすべてはリィナに対して好意的で、どうやら真撰組幹部と彼ら隊士とでは彼女に対する見解に相違があるらしかった。
「ホラ、いつまでも無駄話してんな! 稽古続けるぞ」
とは言ったものの。実際、どうもやりにくいのはだ。そのつもりはないかもしれないが、にしてみればずっと監視されているようなもの。見えない糸でがんじがらめにされる。
の表情から明るさがわずかに、ほんの少しだけ消える。
「(・・・・アイツ)」
土方はきゅ、と奥歯をかんだ。
の表情の変化はたしかにわかりにくいものだ。
リィナや他の隊士たちには何の変哲もない普段のにしか見えないに違いない。
けれど。
がどれだけ楽しそうに竹刀を振るのか。どんな顔をして言葉を交わすのか。どんな風に笑うのか。
―――――知ってしまった土方に、素知らぬふりなどできない。
「(・・クソッ・・・!)」
見落としてしまいかねない助けを求めるサインに気付いていながら、それでもなお助けてやれない自分に腹が立って。
土方は咥えた煙草のフィルターをぎりりと噛みしめる。やはり、を呼びつけたあの野郎の言葉を拒否すればよかった。
そうすれば、がこんな思いをすることなどなかったのに――――でも、結局拒否できない己の立場に吐き気がした。
いま、アイツを苦しめているのは他の誰でもない―――・・・俺だ。
稽古の途中で、リィナと彼女の父親は帰っていった。
あからさまに残念そうにする隊士たちとは裏腹に、は密かに胸をなでおろす。
「さま。これからも、また会いにうかがってもよろしいですか?」
「ぇ? えーっと・・・」
出来ればやめてください、とは言わせてもらえなかった。
自分の言葉が裏切られることなんて、地球がひっくり返ってもありえないと信じているリィナの目。
はぐ、と言葉を飲み込む。
「―――・・・はい。お待ちしています」
そう言って屯所先でリィナに手を振る。
彼女の目に、自分はどう映るのだろう。手を振り続けながらぼんやりと、頭の片隅で考えて。
はその考えを即座に切り捨てる。
望まれたままの、求められてただそれだけの自分なんて知りたくない。
「土方さん。俺、今日は昼ごはんいーや。帰って食べる」
「・・そうか」
土方は、を止める術を持たない。
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