第3話
はァい、我らが銀さんの登場だよー。
なんだか、ものすごく久しぶりな感じがするのは気のせいか・・・いや、間違いじゃあない。
あれは確か・・・前のそれまた前の章で、の寝込みを襲おうとした時以来だ。
あれから、一度はひょっこりと顔を現したオオカミも、もっぱらその姿を消していた。
隙を窺ってうろちょろしていることは否定できないけれど、表に出てこなければ結局同じ・・・はずだ。
男なんてどんなに優しそうで、無害そうに見えたって所詮は皆オオカミだ。
かく言う自分の中のオオカミは、あんな無防備極まりなく、それでいて“据え膳食わぬは男の恥”という言葉をまざまざと体現してみせた寝顔のせいで、
確かに活動を活発化させたものの、あれからは沈静化の一途を辿っている。
その理由は多々あれど、とどのつまりチャンスに恵まれなかったのだ。
万事屋という多くの人間が出入りするこの場所を、これほど恨めしく思う日が来ようとは。
「ただいまー」
がらがらと戸が開けられる音と、愛しのカノジョ(・・と呼べたらいいなァ)の声。
真撰組での仕事の日は向こうで昼ごはんを食べて帰ってくるは、普段もう少し帰りが遅いはずなのだけれど。
「おー、オカエリ。なんだ、随分早ぇのな」
「ん、ちょっとな」
の纏う空気が、いつもと違う。
「な、銀さんたちもう昼ごはん食べた?」
「・・・いや、まだだけど」
「じゃあついでに、俺なんか作ろうか?」
後ろのほうで神楽が「キャッホォオ! 昼ごはんが作ってくれるアルか!?」と明るい声を上げる。
確かに、新八が作った貧乏メシ(ご飯+具なし味噌汁+小さく切り刻んだたくわん)を食べるより、たとえ同じメニューだとしても、切なさが身にしみるメニューだとしても、が作ったものを食べたほうがもう少し救われる・・・けれど。
「ついでって・・オマエ向こうで食ってきたんじゃねーの?」
「ん・・今日は食べてない。なんか忙しいらしくて」
冷蔵庫を開ける音がしたが、悲しいことにそこを覗いたところでロクな食材は入っていない。
「ふーん・・・」
生返事を返しながら、俺ら三人は顔を見合わせる。彼女のわずかな違いを見落とすほど、との距離は遠くない。
――――遠くはない。けれど、自分たち三人ほど近くもない。
俺らは・・・俺は、言うほどのことを知ってはいない。
知っていることといったら、性格とか歳とか、力のこと。
そして好きな食べ物やら、好きなテレビ番組、好きなお笑い芸人に・・・・風呂の時間とかスリーサイズとか(ちなみにスリーサイズは目測であり想像であり、ささやかな希望でもあったりする)にしか過ぎない。
の元の世界のことや、生い立ち・・・宝珠のことだって、自分が知っているのはほんの少しのことなんだろう。
それに加えてアノ言葉だ。屯所での酒の席で泣きながら言った言葉。 (「・・・・っ、ちちうえ・・っ」) 無理に聞きだすというのは、かなり強いつながりがなければ出来ないことだ。
距離が相当近くなければ、かわされるかだんまりか・・・悪い方向に転がれば、薄っぺらいつながりなんかすぐに切れてしまう。
そして、俺はそれが怖い。
独りよがりでワガママで、ひどく趣味の悪い・・・これを違う言葉で言い換えるとしたらきっと“エゴ”という言葉がお似合いだ。
だが、その自覚があったところでどうしようもないのもまた真理。
に惹かれ、その存在を自分の傍らに留めておきたいと―――手に入れたいと欲したときから、自分の意図でどうにかできるような思いではないのだから。
もっと知りたい、もっと関わっていたい、もっと頼って欲しい。
そう切望する自分に銀時自身がその大人気のなさと皆無な余裕に笑わずにいられないが、仕方がない。
俺はが好きなのだ。
そして、問題なのは今。自分のそんな思いのひとかけらも知らないだろうから、どう話を聞きだしたものか・・・。
+ + + + + + + + + +
「、どうしたアルか?」
台所に立ち、黙々と作業を続けるを隣で見上げて、神楽が言った。
銀時が言いたくて、でもできなくて・・という出口の見えない迷路に迷い込み、それでも結局口に出せない一言を。
神楽は「やっぱり酢昆布はサイコーね」とそれこそ同じ口調で、気負いなどまったく見せずに言った。
「ん? 別に、どーもしないよ」
「嘘アル」
「・・・・なんで?」
そうしてようやく己の手元から神楽に視線を移したは、感情を感じさせない温度で言葉をつむぐ。
いつもたくさんの感情でキラキラする彼女の瞳は、どろりとどこか濁った光だけが鈍く輝いている。
「なんとなく」
「・・・・・・・ぇー・・っと、・・」
自信満々に言い切られて、困惑したのはむしろだ。
「なんとなくアルよ。なんか、いつもと違うネ」
まっすぐに見上げてくる神楽の視線。それが痛くてなんだか重たくて、はす、と視線を外す。
「あのネ、。に何があったかなんて、無理に聞きだそうとしないヨ。
でも、いつもみたいにに笑って欲しいって思うのは、ワタシも糖尿天パも、ダ眼鏡もいっしょアル」
「神楽・・・」
「だから、笑うあるヨ、」
にっこりと笑った神楽は・・・・・・不意にその満面の笑みをニヤリと歪め、両手をわきわきと蠢かせた。
「・・・・ぇ、アレ? あ、あの・・かぐ「覚悟するアル、ッ!!」
強く床を蹴った神楽はに飛びついて勢いに任せて押し倒す。
「ななななに!? 何なんだよッ」と混乱真っ最中のに構うことなく、の上にまたがった神楽はキランと目を輝かせた。
「ぅ・・・・ギャアァァアアア! 止め、止めろかぐ・・ッ、ぎゃははははは!!」
神楽は両手をのわき腹に添えて、くすぐった。身を捩って逃げようとするエモノ()を、神楽がそう易々と逃すはずがなく。
「ってわき腹弱いアルねー。いいこと知ったアル」
「ま、マジやめろって神楽ァア! おねがッ、お願いだから止め・・・くははッ」
「・・・・・いつものに戻ったアル!」
「へ?」
涙の滲んだ目で神楽を見上げる。
パッと笑顔を咲かせて抱きついてくる神楽を勢いに少しだけ負けながら、それでもしっかりと受け止めた。背中に回された細いけれど、その細腕からは想像もできないくらい強い力がぎゅう、とを抱きしめる。・・・・バキ、と背中が呻いた気がするのは気のせいだと信じたい。
「・・・神楽、お腹空いたか?」
「もっちろんアル! 新八の作ったショボイご飯じゃ、いっぱいになるお腹もならないネ」
「なにソレ! 作ってもらっといて何その態度ォオ!?」
いつものようにぎゃあぎゃあと騒がしくなる神楽と新八。
そんな彼らと対照的に、口元を片手で覆った銀時は前方右斜め45度下一点に視線を留めていて―――・・・
何なんだよ、アレ。アレってアレだよ・・・さっきの。何サマなんだっつの、神楽の奴。
の上にまたがっていいのは銀さんだけだって決まってんのに、俺より先に・・・・いや待て。
押し倒したのは俺が先か・・? そうだよな、俺のが早かった! ・・・なに、忘れちゃったの? 第2章の第2話読み直して来やがれコノヤロー。
ってそうじゃねーよ。問題そこじゃねぇんだよ。
くすぐられてるときの、カワイすぎだぞコラァアア! よっぽど弱いんだな。笑いすぎで目なんか潤んじゃってるし、顔も赤くなってるし。
ジタバタ暴れたせいでもともとかっちりとは着てねぇ着流しがイイ感じで着崩れて、鎖骨とか脚とかチラッと見えて・・ソソるーッ!!
アレですか? チラリズム完全マスター済みですか?
そうなんだよ、チラリズム。あれムズいんだって。見せすぎじゃただエロいだけなんだよ。
なんかちょっと禁欲的な感じでチラッてのが、逆にイイみたいな! 男心鷲掴み、みたいな! てゆーかだったらどんなんでももろ銀さんのツボってゆーか! させてみたいってゆーか!
「・・・銀さん、銀さん」
「ぁあ!? うるせーな、新八! いま考え事してんだからほっとけ。まったく気の利かねー「声に出てます」
―――――・・・・・え?
「途中から・・てかほとんど最初っから、妄想ダダ漏れです」
「サイテーあるな。てかキモイ」
「・・・そんなこと考えてたんだ、坂田さん」
「苗字にサン付け!?」
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