第4話


それから。 彼女―――リィナは本当に、屯所に訪れた。隊士に話を聞く限り、どうやら彼女はがいつ屯所に稽古に訪れるのかを聞き出したようで、その曜日のその時間にしか訪れてこないらしい。

「(まったく・・・よくやるよな、ほんと)」

隊士に檄を飛ばしながら、はぼんやりと考える。 火曜と木曜は朝9時から稽古を始めるのだが、リィナは10時をまわった頃に道場に訪れる。 10時半頃には休憩を挟むのだが、どうやらそれに合わせているらしいことを、は沖田に聞いてはじめて知った。

「あ、さま! 汗が・・・・」

休憩に入ったの額に浮かんだ汗を、リィナは甲斐甲斐しくぬぐう。 着物の袖をまるで透き通るほどに白い手で押さえ、少しだけつま先立ちをして。・・・途中、チラと上目遣いでを見上げる。

「(あー・・俺がほんとに男だったら嬉しいんだろーけどなァ・・・)」

同性に汗を拭かれたところで嬉しくともなんともない(・・男にやられたらそれはそれで気持ち悪いけれど)。 むしろとしては、ちょんちょん、と触れさせるとかそんなものではなく、がっしがっし汗を拭ってサッパリしたい。 ふとしたときにリィナから匂う香や、わずかに触れる手の柔らかさ。 を見上げる大きな瞳は可憐でありながら、その立ち振る舞いからは色気がほのかに漂って。

「(スゲーなァ・・・女の子だ)」

自分よりも明らかに非力な存在。 そんなことはないのかもしれないが、誰かが護らなければ壊れてしまいそうな―――護ってやらねばならない存在。 隊士の1人と剣を交えながら、はフッと自虐的な笑みを浮かべた。


俺 いつ失くしたんだんだろう。


+ + + + +    + + + + +


「―――・・ィ、オイ!」
「ぅえっ?」

パッと顔を上げたの目を覗き込むのは沖田。 これ見よがしに大きなため息を吐いた沖田がじろりと、恨みがましくを睨む。

「アンタ、今の話聞いてなかったろィ?」
「・・・そ、そんなワケ「嘘はのためになりませんぜ」
「ゴメンナサイ」

リィナが帰った今、は遅い昼ごはんをご馳走になっていた。 稽古が終わる12時。サクッと帰ってくれれば問題ないのに、リィナはそれから小1時間とのトーキングタイムを楽しんで。

さま、昨日のお夕食は何を召し上がりまして? わたくしはフレンチをいただきましたの。 父が贔屓にされているお店に、とっても美味しいお店がありまして、わたくしどうしてもそちらのお料理が食べたくなってしまって・・。 父にお願いして、連れて行ってもらったのです。そうだわ、今度は是非さまもご一緒なさりませんか?  きっとさまのお口にも合うと思いますの・・ですから、是非。・・・・・

ちなみに、このときは「はァ」としか言っていない。 お腹空いた、なんか食べたい、腹減った、メシ食いたい・・・・の頭の中にはエンドレスで言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。 リィナの語る話はの頭に7割弱しか入ってこない。 結局、そんなこんなでリィナが屯所の門をくぐったとき、時計は今まさに1時を指そうとしていた。

「あ、さん! リィナさんお帰りになったんですか?」
「ゃ・・・山崎ィ・・」
「うそぉ!? 倒れた? 倒れちゃったんですか、さん!? なんで、どうしてですかぁああ!!」
「め・・、メシ・・・」
「メシーっ!!」

山崎に背負われて食堂までやってきた。彼女はここで、自身のおかわり回数自己ベストをはるかに大きく更新した。

「ほんとゴメン、総悟。何?」
「・・・スミマセンねィ」
「・・・・・・・・は?」

沖田の口からこぼれた、沖田の言葉とは思えない―――いや、もしそうだとしても通常の謝罪の意の他になにか意味があるのではないかと疑ってしまうその言葉に、は咀嚼を止めた。 口の中に食べ物が残っているままなのに、ぽかんと口を開けている。

、今アンタ失礼なこと考えたろィ?」
「ぶはッ!」

S星の王子がさらに読心術まで身につけたら鬼に金棒、火に油、キャサリンに猫耳(より酷くなることの喩え)だ。

「土方さんから聞いたでしょうが、アイツは俺らの上司での上司じゃねェ。がゴマする必要なんざねェのに・・」
「別にいいって。一応俺だって、真撰組の関係者なんだしさ」

そういってがへらりと笑うから。沖田はふ、と笑みを零す。彼にはなんとも珍しい、穏やかな空気を纏って。

「でも、面倒だろィ? あの女、結構しつこいし」
「・・なに、総悟経験者?」

は箸を止めた。 「しまった」と表情を固まらせた沖田は、ふいっと視線を外しながらも、言葉の続きを求めるの視線にせがまれるままにぼそぼそと口を開く。

「俺だけじゃねぇや、土方さんもですぜィ」
「ふーん。真撰組のキレイ処をおさえてるってとこか」

どうりで、土方さんが申し訳なさそうにするわけである。 彼はリィナのオソロシサを身を持って体験しており、なおかつに彼女の興味が移ることで自分たちは救われるのだから。

「・・・、アンタ今さりげなく自分のこと“キレイ処”って言いやしたね?」

言葉尻を捕らえた沖田が、にやりと笑う。

「ばーか、違うよ。総悟と土方さんのことを言ったんだ」
「・・・」
「確かに総悟も土方さんもカッコいいもんなー。惚れるのもわかるよ」

ごちそうさまー、と挨拶したは食器一式を返却口に戻し、中で食器洗いに勤しむパートのおばちゃんに少し言葉をかける。 はこういうところでも、彼女の知らないうちに人気を集めている。

「じゃあ総悟、俺帰るわ。土方さんにヨロシク言っといて。あと、山崎にありがとって」

食堂に1人残された沖田は、肘をついて支えていた頭をずるずると下げ机の上に突っ伏した。

「・・・・・・、のやろ・・っ」

首とか、耳とかが熱い。しかも心臓の音がまるで和太鼓でも叩いてるかのように、体中に響き渡っている。 下唇を噛んで、どっくんどっくんうるさい心臓を鎮めようとゆっくり息を吐き出して―――・・

「・・アイツ、意味わかって言ってんのかィ」

ぼそりと呟く。自分の声を耳で聞くと、多少冷静さが伝播した。 それでも規則正しい和太鼓の音は、自分の中に響き続けている。右の拳をきゅ、と握る。 また俺の負けか、と沖田は苦く笑う。 あのすばらしく鈍感で、嫌になるほど天然な彼女はこっちが参ってしまうくらいの確立で、的確にツボを押す。 負けっぱなしなんてのは性に合わない。けれど。


悪いもんじゃない・・・とも、思う。


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