第5話
「―――・・・ィ、オイ!」
「!」
肩を揺さぶられ、頭上で怒鳴られてようやく、は声の主に焦点を合わせた。土方は苦々しく表情をゆがめる。
「・・・さっさと着替えろ。風呂なら沸いてる」
「・・・うん」
感情をまったく感じさせない返事に、土方は思わず舌打ちをしそうになり、すんでのところそれを飲み込む。
あれからは瀕死の状態の山崎を抱きかかえ、雀鴻――大きな鳥の姿をした召喚獣――の背に乗って、屯所へ戻ってきたのだった。
咄嗟の判断だったのだろう。は己の着物の袖を裂き、それを包帯のようにして山崎の腹に固く結びつけていた。その処置が適切だったおかげで、出血は酷いものの山崎は一命を取り留めたわけだが、の姿はぼろぼろだった。
空を飛ぶ間に落ちないためか、出血のせいで失われた山崎の体温を保とうとしたのか、は山崎を文字通りしっかりと抱きかかえていて。
頭のてっぺんからつま先まで、は血にまみれていた。
その姿はまさに、壮絶、だった。
結局、医務室に運び込まれた山崎が一命を取り留めたことを確認するまで、はテコでも動こうとせず、医務室に一番近い場所にある縁側にずっと座り込んでいた。
血がかたく固まり、黒ずんでバリバリと音を立てても、は動こうとはしない。
「出血が酷いから意識はまだないが、でももう大丈夫だ。傷は大きいが深くはない。幸い、内臓には傷一つはいっていないよ。
お前さんの処置が早かったおかげで出血もだいぶ止まっていたし・・・だから、早く体を清めてきなさい。そんな姿じゃ、見舞いもできん」
「・・・・はい・・」
ようやく、今まで山崎についていた医師に諭されて、はふらりと立ち上がったのである。
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「・・・・・・・」
着物が脱ぎにくい。固まった血が肌と着物をくっつけていて、無理やり脱ぐと痛みさえ走る。
赤く痕になっているかもしれないが、今はわからない。
大所帯だからだろう、銭湯を思わせるほど風呂場は広く、なぜか大きな岩のモニュメントやらがあって、さながら旅館の大浴場だ。
熱いシャワーを頭から浴びる。足もとから排水溝に向かって流れ出す湯の色は赤褐色。血の臭いがまた新たに立ち上る。
荒っぽく髪を洗い、体を洗って湯船につかる。シャワーだけでいいや、と考えていただが脱衣所に押し込まれたとき、土方さんに「ちゃんと湯につかってあったまってから出て来い。シャワーだけで済ませたりしたら、タダじゃおかねぇ」と脅されていた。
「―――・・・はー・・」
こて、と湯船の縁に頭をあずけ、天井を仰ぎ見る。
湯がやたら熱い。ああ、そうか。俺の体が冷えてるんだ、とぼんやり思う。
これじゃあ土方さんが心配するわけだ、と苦笑した。
「いい湯ですねィ、」
「うん、確かに・・・・・・・・・・・って、え?」
脱衣所からではない。確かに、確かに今の声はこの風呂場で響いた。
が、声の主は見えない。
「は? ぇ、ちょっと待て。なんでお前の声がすんだよ」
「まァまァ。細かいことはいいじゃねェですかィ」
「・・・お前どこにいんだよ?」
「岩陰にいまさァ。そっち行きやしょうか?」
「結構です」
岩陰からばしゃばしゃと水しぶきがあがる。本当に、岩陰にいるらしい。
「・・なんで総悟がいんだよ? おかしいだろ・・・・」
自分が男に見間違えられようとまったく頓着する様子を普段見せないだが、さすがにこの状態はおかしいだろうと思う。
バスタオルの一枚でも巻きつけていれば、まだいい。
だが、沖田はどうだか知らないが少なくともは本当に―――素っ裸なのだ。今更のように一枚だけ持ち込んだ手ぬぐいサイズのタオルで隠そうとしてみても、努力はむなしい。
「つか、お前いつからいたんだよ?」
「が風呂に入ってきた時にゃ、俺はいましたぜ」
さぁー、と血の気が引いていく。
「ぉ、お、おまっ・・・、みみ見たのか!?」
「、アンタ結構イイ脚してんですねィ」
どんがらがっしゃーん、とは見事に洗面器やらシャンプーやらをひっくり返した。
「こ・・・っ、殺す! 総悟、お前絶対殺すッ!」
「なーんてな」
「・・・は?」
くつくつと笑う声に、は動きを止めた。不自然なほど波立っていた風呂の水面が穏やかになる。
「見てねェよ」
笑みを含んだその言葉はしかし、を戸惑わせるほど優しい響きを伴って。
その声音に脱力したように、は湯船に再び座りなおす。ちゃぷん、と湯が音を立てた。
「・・ほんとだろーな」
「ああ、誓ってもいいですぜ」
「・・・・・・俺さ、へその右隣にほくろがあるんだけど」
「何言ってんですかィ。左だろィ?」
「見てんじゃん! バッチリ見てんじゃん!!」
「カンでさァ・・・けどまァ、今度確かめさせてもらいやしょう」
「た、確かめるって・・・なんだよそれ」
「そんなの決まってまさァ。今度二人、ベッドの中で」
どんがらがっしゃーん、とは再び、洗面器やらシャンプーやらをひっくり返した。
「も・・、もう俺出る! 見んなよ? 絶対、見んなよ!?」
「はいはい、わかってまさァ。ったく、はケチでいけねェ。減るもんでもねーのによォ」
「警察の言う台詞じゃないだろ、それっ!」
「あーもー分かってらァ。見ねぇっつったら、見ねェよ!」
ザバッと水面が揺れて、ペタペタというタイルを歩く音が風呂場に響く。続いて脱衣所の引き戸を開ける音。
がらがらぴしゃんっ、という“開けて、閉めて”の動作に伴う音がビックリするほど早くて、沖田は湯につかったまま笑った。
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