第6話
度肝を抜かれた。が、山崎と一緒に血まみれになって空から現れたとき。
「おま、!? な、なんだこりゃ・・一体どうしたっつーんだよ」
「土方さん、山崎が・・山崎がッ!」
「わかったから、落ち着け。オイ、見てねェで手ェ貸せ! そっとだ、そっと医務室に運べ!」
「どうしよ・・どうしよう、土方さん。山崎が・・」
「心配すんな、脈はある。死にゃあしねぇよ」
「でも・・!」
「、テメェも行け。怪我してんだろ」
ふるふる、とは首を振った。雀鴻がくちばしに咥えていた、山崎の刀が地面に落ちる。
「・・してない」
「血まみれじゃねーか。いいからさっさと「怪我なんかしてない。全部、山崎の、血」
これにはさすがの土方さんも続く言葉を見失う。
「・・・俺、心配だから、見てくる・・」
夢遊病患者のように。雲の上でも歩いているかのように、覚束無い足取りでが奥に消えた。
「なんなんだっつーの・・・!」
苛々と煙草のフィルターを噛み潰す土方さんの台詞こそ、その場にいたすべての人間の心情を的確に表した言葉で。
―――・・・俺は、何もできない悔しさに、歯痒さに、唇をかみ締める。
「これで少しは、に戻ったかねィ」
ぼそりと呟いた台詞は反響して、思ったよりも大きい声になった。
ちら、と脱衣所に目をやれば、すりガラスの向こうで人影がごそごそ動いている。
「ったく・・手間かけさせるヤローだぜィ」
先回りして風呂に入っておいてやろう、と思い付いたのは偶然だった。
あのままを1人で風呂になんか入らせたりしたら、湯船で溺れ死んでしまいかねない、と思ったのが最初。あ、じゃあ入っておいてやれ、と投げ飛ばした槍が見えなくなるほど投げやりに考えて、行動に移した。
ガラ、と音がしてが風呂場に入ってきたとき。不覚にも全身が緊張した。
見つからぬよう・・というより、自分からの姿が髪の一本でも見えないように、岩陰に身を小さくする。
ザアァ・・――とシャワーの音が聞こえる。
ふと感じたにおいは、似つかわしくない鉄の臭い。は一体どれだけの血を浴びたというのだろう。
思うように泡が立たないのか、小さい舌打ちと、再び石鹸を泡立てる音が聞こえる。
絶対に振り返らない。
見たら負けだ、見たら負けだ・・・。何が負けなのか、自分でも定かではないままに口の中で延々と呟いた。
「総悟ー」
ハッと我に返ると、脱衣所の人影はもう動きを止めている。
どうやら背中で寄りかかっているらしく、とりあえず着替えとして自分のタンスから引っ張りだしてきた着流しが曇りガラスに密着して、柄が浮いて見えた。
「・・・・悪かったな、気ィ遣わせて。 ・・・・・ありがと」
最後の言葉を言うが早いか。の姿はふっとすりガラスの向こうに、白くもやのように消える。
「・・やっぱバレてやがった」
あーもー、こんなだったらほんとに見てやりゃあよかった。
沖田は天井を仰ぎ見て、ぽつりと零す。
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布団に臥せっている山崎の意識はまだ戻らない。
が、医師による止血を終え、清潔な着物に着替えさせられた山崎の血色は確かに酷く悪いものではない。土方はその枕元に胡坐をかき、ほっと一息ついた。
「・・・土方さん、入っていい?」
襖の向こうでひっそりと声が問う。その声にも生気が感じられて、土方は安堵する。
「山崎、どう?」
「もう大丈夫だとよ。まったく、人騒がせなヤローだ」
懐から取り出した煙草は、火をつける前にに取られてしまう。
じろ、と睨んでみてもはどこ吹く風といった様子で頓着する様子がない。
「チッ・・わぁったよ。外で吸えばいーんだろうが、外で」
「わかってるなら最初からそーしろよ」
「うるせぇ」
多分、今は山崎と二人になりたいだろう。土方にはそれがわかっている。
だが、わざとらしく自分が部屋から出ればはそれを気にするだろう。面倒くさい女だ、と思う。それに付き合ってやる自分も。
「・・・山崎、ごめん。俺がもっと早く気付ければよかったんだけど・・・・」
襖を隔てて聞こえるの声は酷くかすれている。土方は慣れた手付きで煙草に火をつける。
「なァ山崎。俺きょう、三春屋に水羊羹買いにいったんだぞ。でも、まだ出てなくて、だから・・ッ、今度は買ってくるから、起きてろよ。俺ひとりじゃ、土方さんと総悟に隠し切れないぐらい、たくさん買ってくるからな・・っ」
の言葉は一文節、一文節に途切れていた。語尾が震えている。
一音一音をハッキリと区切るように声を出しているのはきっと、泣くのを堪えているからだろう。
は泣かない。
もしもここにあの野郎がいたら違ったのだろうか、と一瞬でも考えてしまった自分に舌打ちした。
「土方さん盗み聞きですかィ? 趣味の悪ィヤローでィ」
「総悟テメー、いままでどこに・・・・・ってなんでお前、風呂上りっぽいんだよ?」
「風呂上りなんだから、風呂上りっぽいのは当然だろィ」
「は!? ちょっと待てコラ。今まで風呂はが・・・・」
「土方さん」
ちょいちょい、と顔を近づけろとジェスチャーで示した沖田に従うと・・・
「、あれでなかなかイイ脚してますぜ」
――――土方が石のように固まった5秒ほどは長いか否か。
「・・ッ、総悟テメェエエ! そこになおれ、今日こそ斬る! 動くんじゃねぇええ!!」
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