しとしと、と。静かに降る晩春の雨が大地をしっとり濡らしていた。水を含んだアスファルトが匂いたち、申し訳程度に垣間見える緑が青々と輝いている。ここ最近降り続いている雨は、今日も止むつもりはないらしい。いい加減外で遊びたくてうずうずしている脳みそ胃袋娘が作ったてるてる坊主は、窓枠にぶら下げられながら自分の力なさを悔いるようにこてんと頭を垂れていた――大きなものを作ろうとして、頭に布きれを詰め込みすぎたせいである。もっと早いうちに逆さのてるてる坊主が呼ぶのは太陽ではなく雨なのだと教えてやるべきだっただろうか。

「あー・・・・ヒマだなァ、オイ」

表紙裏のいかにも嘘っぽい広告から巻末の作者コメントまで、とっくに目を通し終えてしまったジャンプを頭の上に、銀時は大袈裟なため息をついた。助手のガキ二人は買出しの真っ最中である。明日は止むだろう、いや明日こそ、と雨の中外に出るのが億劫でずるずる後回しにしてきたのだが、冷蔵庫の中にポン酢しか入ってない状況を前にそうも言っていられなくなってしまった。どうにかじゃんけんに勝利して万事屋に残る権利を手に入れたはいいが、平日昼間のテレビほどクソの役にも立たないものはない。これで雨さえ降っていなければパチンコなりに出かけたところを・・、再び重いため息をついた銀時は、膝の上に小さな重みを感じて顔を上げた。

「こう雨に降られちゃ、も外出れねェしなー」

人差し指の腹でその輪郭をなぞるように触れれば、くすぐったそうに身を捩った妖精がきゃらきゃらと笑みをこぼす。小さいくせにやたらふにふにとやわらかいのほっぺたは、銀時のひそかな癒しポイントだ。

「・・この雨が止んだら、またパフェでも食い行くか」
「!」

パッと表情をほころばせたが、頭を振り落とそうとするような勢いでこくこくとうなずく。ンなに必死にならなくてもわぁってるっつーの、思わずふわりと浮かび上がった小さな体を片手で受け止めて銀時はくつりと笑った。がその両腕を精一杯に伸ばすとき、それは早い話、くっつきたがっている時だ。頬にぺたりとくっついてくる無邪気な温もりに絆されるように、銀時もわずかに首を傾ける。・・・・・きゅるきゅる、と腹の虫の鳴き声が耳元で聞こえたのはまァ、ご愛嬌である。

「そんでお馬さんでも見に行くよーにすっか、。・・あれだよホラ、全力疾走する馬をたくさん眺められるとこ。前に新八と神楽にナイショで連れてったろー?」

彼らにバレれば今度こそ生命に危険が及びそうではあるが、その程度で挫けないあたりが坂田銀時である。

「ん、どーした・・・・・あぁ、団子屋も悪かねェな」

串から外してやったそれを両手に抱え、自分の頭と同じくらいの大きさの団子にかぶりつくのだから、必然的にはタレで手や顔をべとべとにしながら団子を頬張る。素直に三色団子に手を出してくれればまだいいのだが、の好みは残念なことにみたらしや餡子だ。それきりでもう捨ててもいい服か、前掛け・・いやいっそレインコートのようなものを着せていくべきだろう、新八の悲鳴が脳裏を過ぎる。

「・・・・・で、団子持って真撰組ンとこ行くだぁ? だーめ、銀さんそんなの絶対許しません」

「ンなふくれっ面しても無駄ですゥ、第一お前、あのドS王子もいるってわかって言ってんのか?」

途端にカチンと凍りつくにとって、遭遇するたびに虫取り網を持って追いかけてくる沖田の存在は恐怖以外の何物でもないらしい。ヤツの存在を遠くに見かけると、袖の下や着物の袷にもぐりこんでくるは銀時や新八のツボどストライクだが、のそんな態度が沖田のS心に火をつけ薪をくべ油を注いでいるのも間違いなかった――鳥かごを引きずって歩いていた沖田には、さすがの銀時も戦慄を覚えたものである。

「・・土方? ああ、あいつに会いにねー・・・・ってンなの尚更許せるか!」

にとって沖田は恐怖の存在だが、土方はそうではない。むしろ積極的に会いに行こうする。――見てくれで言えば明らかに懐きやすいのは沖田だろう、あんな瞳孔の開いたツラの男とのセットからは犯罪のにおいしか感じない。にも関わらず、隙あらばスカーフに紛れ込もうとするはまったく命知らずというかなんというか、言うに事欠いて土方がまんざらでもなさそうな顔をしているのがまったくもって腹立たしい。銀時ら万事屋の面々としては一刻も早く考えを改めてもらいたいところだが、今のところにそんな彼らの思いが伝わる様子はない。

「ハイハイ、わぁったわぁった。今度ちゃんと連れてってやるから・・・・・・・な?」

安心したようにほにゃりと笑うに、銀時は胸のウチでぺろりと舌を出す。・・なぁんつって、な。

世界を埋める雨音がやわらかく耳朶を打つ。雨どいから落ちてきているらしい雫が、パタッパタッ、と一定のリズムで時を刻んでいた。窓を開けていれば飛び込んでくる人々の喧騒は雨音の影に鳴りを潜め、普段のやかましさからふっつりと切り離されている。周囲を覆う静けさに眠気がそろりと忍び寄ってきて、銀時は漏れるあくびをかみ殺した。どうせこの静けさはガキ共が帰ってくるまでのほんのひと時に過ぎないのだ、キンキンと耳に響く説教と、肉体と意識を解離させる強烈なヘッドロックで叩き起こされるのは癪に障る。

ふ、と銀時が首を巡らす。赤銅色の視線の先には、しょぼしょぼとまばたきを繰り返しながら大きくこっくりと舟を漕ぐ。突然やってきた眠気の元凶はコイツか、銀時は小さく苦笑する。どうりでなかなか抗いがたいわけである。・・と、その気配を敏感に感じ取ったらしいが弾かれたように彼を見上げた、眠くなんかないよ、というように体を小さく震わせる。

「・・眠ィなら寝てろ、どーせやることもねェしな」

瞳をとろりとたゆませたまま、それでもは首を振る。

「あいつらが帰ってきたら、起こしゃいいんだろ?」

指先でそのふくふくした輪郭をなぞるように触れる。子犬のようにきゅうっと目を細めたは、しばしの逡巡の後、銀時をまっすぐに見上げておぼえたての言葉をくちびるにのせた。


『 あ り が と う 』


声にならずとも耳にするりと入り込んでくる言葉に、銀時はフッと口の端をゆるめる。こんなちみっこくて愛らしい生きもの相手に、過保護にならないほうが無理だ。新八があの歳にして母性に目覚めるのも、神楽がなにかにつけてを外に連れ出そうとするのも十分理解に足る・・・・・・・理解できることと、納得できることはまた少しずつ違う話ではあるのだが。

「おう、・・おやすみ。

耳元で聞こえる妖精の健やかな寝息につられるように、銀時がいびきをかき始めるのはもうすぐの話である。

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01:心地よさに落ちていく (坂田家と妖精)  material:NEO HIMEISM
  writing date 090617  up date 090621