風呂あがりはいちご牛乳に限る。銀時は当の昔に脳裏に焼きついた、パステルピンクのファンシーなパッケージを思い浮かべてにんまりと唇を吊り上げた。今日の買い出しで愛飲のいちご牛乳が補充されたことはこの目でしかと確認済みだ、帰って即行飲もうとウキウキしていたというのに、新八ときたら 「夕飯前にそんな糖分過多なもの飲むのやめてください」 とかなんとかで許してくれなかったのである。普通ならメガネのブリッジをへし折ってやって一発KOだが(なにせ新八の九割はメガネでできている)、最近そのメガネが坂田家のアイドルを味方につけることを覚えて話がややこしくなった。新八をいつもの調子で邪険に扱うと、なぜだかがぐずるのだ。

「うおーい新八ィー、いちご牛乳持って来い、いちご牛乳ー!」

少し水気を拭ってやればまた好き放題に跳ね回る髪にタオルをあてつつ、銀時は脱衣所で声を張り上げた。隙あらばの居ないこのタイミングで昼間の礼をくれてやるべく虎視眈々と機会を狙っていたのだが、しんと静まり返った廊下の向こうから返事の聞こえてくる気配が無い。

「ちょ、おいダメガネ! いちご牛乳持って来いっつってんだろーが、新八のくせに無視ですかァ?」

これでは辛抱強く待っていた(当社比)銀時の堪忍袋の緒も切れるというものだ。こめかみに血管をぷくりと浮かび上がらせ、ただでさえぎしぎしと軋む床板をわざとらしく踏みしめながら銀時が万事屋の居間に向かったとき。そこに広がっていた光景に、彼は思わず眉根を寄せる。

狭いソファの上でダイナミックな大の字を描きながら眠る神楽と、彼女の片足を膝の上に受け止めながら眠る新八。そして、息をするのに従ってゆるゆると上下する神楽の腹の上でころんと丸くなって眠る。ぐうぐうすうすうすぴすぴ、三者三様の寝息が部屋の中をとろりとろりと流れ、心なしか秒針がいつもよりゆっくりとした時を刻んでいるような気がする―――ただ一人、銀時を除いた空間で。

「・・・・・・・・・・何コレ、何この壮絶な疎外感」

ぼそっとこぼれた声がやたら耳につく現状に、眉間に刻まれた皺が深さを増す。テレビの音量がぎりぎりまで絞られているあたり、おそらく一番に眠りこけてしまったのは神楽とで、彼女らを気遣った新八も引きずられるように眠ってしまったというのが事の真相だろう。いかにも的を射ていそうな想像が考えるまでもなく思い当たるところも腹立たしい、なんだこの旅行の予定が自分だけピンポイントで合わなかったみたいな感じ。

「・・・おい、起きろてめーら。三人でなに仲良しゴッコしてんのちょっと、」
「・・・・・・いや別にそーゆーんじゃないから、言っとくけど。邪魔だから言ってるんだからね、」
「・・・・・・・・・だから、別に変な意味じゃないってホント。俺大人だし? そんなの全然気にしてないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

チクタクと、時計の音がうるさい。

「・・・・・気持ちよさそーに眠りこけちまってまァ、」

向かいのソファに腰掛け、膝の上に肘を突いた銀時はため息をつく。目の前のガキ共が乳くささの抜けないガキであることを忘れたつもりはないが、今のようなときには特に。お前はひとの母ちゃんかという具合に口やかましい新八も、存在自体が兵器みたいな父親をハゲ呼ばわりして憚らない神楽も、ここ万事屋で生を受けたも。まったくもってどいつもこいつも。

「・・なァんでこんなことになったんだかなー」

ここ万事屋に、そうと望まれてやってきた者など一人もいない。侍の魂がどうとかこうとか、頼んでもいないのに助手として働くと息巻いていた地味メガネ。自分の星に帰りたがっていたから手伝ってやったのに、手のひら返したように居座りやがった脳みそ胃袋チャイナ。酔っ払いのじじいから受け取ったことさえ忘れ、定春への責任転嫁の後に生まれたミニマムマスコット。成り行きとタイミングと筆者の勝手なテンションで集められたずっこけ三人組はそのくせ、銀時の手の届く範囲にいる。

はぁ、とひとつため息を漏らした銀時は立ち上がる。別に痒みを感じたわけでもないのに後ろ頭をガリガリ掻きながら、起き抜けの熊さながらの足取りで。足の裏が床に吸い付いて、ぺたりぺたりと音を立てている。

「・・・・・ったく、ここはいつから託児所になったんだっつーの」

自身が寝起きに使っている部屋のふすまを開けた銀時がしたことは、薄手の毛布を両腕に抱えることだった。二の腕に圧し掛かるずしりとした重さがその眉間に皺を刻む、死んだ魚のような目をむっつりと細め、薄い唇をへの字に歪ませながら、けれど抱えたものはそのままに。ガキ二人と妖精一人を布団まで運んでやることと比べれば、こちらのほうがまだマシだ。

依然として昏々と眠り続けているずっこけ三人組にまとめて一枚毛布を被せてやり、目の前の机に行儀悪く腰掛けた銀時の口からは再びため息が漏れる。しあわせそうなツラを晒して眠りこけるガキ二人をぼんやり眺めつつ(は完全に毛布の中だ)自分の行動を見直して、・・やはり出てくるのはため息ひとつ。なァにやってんだろーな、俺は。ボリボリと頭を掻いた指に絡んで残った髪、くるんと弧を描く銀色のそれを見下ろして、またもうひとつため息を重ねる。

「・・あ。悪ィな、起こしちまったか?」

毛布の端からひょこりと顔を覗かせたはとろんとした目を二、三度瞬かせた後、銀時を見上げてふるふる首を振った。零れ落ちてしまいそうな漆黒の瞳は輪郭がおぼろで、動作の一つ一つがたどたどしい。そのまま再び眠り込んでしまうかと思った我が家の姫はしかし、毛布からするりと抜け出してきた。ちいさな腕をこちらに向かっていっぱいに伸ばしている。

「んー? ・・どした、?」

思わず差し出した手によじ登ってきた妖精は手のひらの上にぺたりと座り込み、銀時を見上げたまま左右にゆらゆら揺れている。手の甲で目をこする仕草はリスや子ネズミのような小動物然として、銀時の口元を緩ませた。こくりこくりと舟を漕ぎはじめそうな妖精の輪郭を指の腹でそっと撫でて、気持ち良さそうに目を細めるを促す。

「おら、眠ィんだろ? お前も寝ちまえ」
「おー、銀さんももう寝ますよ。・・コンビニ行ったりしねェって」

部屋の隅に丸めてあった毛布を引きずってきた銀時は向かいのソファにどっかりと座る。じとりとこちらを監視するように見つめてくる妖精の視線を見返し、毛布をかぶって 「・・な?」 とわずかに首を折る。引き結んでいたくちびるからふあふあと大あくびを漏らしたは、そしてとろりと微笑んだ。

「おう。・・おやすみ、


――次の日の朝。
右肩に新八、左肩に神楽の頭を支え、頭の上にをのせて眠っていた彼の肩は、しあわせの悲鳴をあげた。


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05:夢がつくりだす微笑み (坂田家と妖精)  material:ふるるか
writing date 090725  up date 090725