第2話
「なーんで俺がこんなことを・・・」
幸せという幸せがすべて逃げてしまいそうなため息をついたは、目の前の光景を眺めてぼそりとこぼした。
縁側にすわったの目には、木の枝でちゃんばらごっこをするガキんちょの姿がある。
副長と一番隊隊長といえど、今はただのガキんちょでしかない二人を屯所に置いておくのは仕事の邪魔になること甚だしく、
また珍しく依頼の入っていた万事屋もガキんちょになってしまった店主を連れて仕事に向かうわけにはいかず。
「だからって、何で俺がガキんちょ3人の面倒なんか・・!」
「だって、ホラ・・・」
ハッと着物に重みを感じてが下を見遣れば、3人のガキんちょがそれぞれ裾を握り締めている。
おそらく次に口を開けば「遊べ」と言われること間違いなしだ。
「なんか、懐いちゃってるし」
「だぁあああ! お前ら手ェ離せっつーの!」
ガキんちょどもに、手を離す様子はない。
「さん、頼むよ。ほんと、コレ一生に一度のお願いだから!」
「さん、お願いします。この依頼逃すと、明日のお米も買えないんです・・・!」
断るに断れない状況に追い込まれてしまったは結局、ガキ共の面倒を見ることになってしまったのである。
面倒ごとを押し付けてしまって罪悪感を抱いた新八が、彼の家を提供してくれた。
狭い万事屋で3人のガキが騒げばお登勢に怒鳴られることは必至だが、だからといって屯所を使うわけにもいかない。
昼間から妙も出かけるらしく、家が空く新八が見るに見かねての処置だった。
「おい、知ってるか? 幸せってため息つくと逃げるらしいぜ」
隣に胡坐をかいたミニ銀時が、どこか自慢げにいう。
当たり前のことだがくるくるの天パは8歳当時から健在らしい。
死んだ魚のような目はが見知ったものよりも幾分か生き生きしているが、他の2人のガキんちょに比べるとやはり死んでいる。
「・・・誰のせいだと思ってるんだよ・・」
「え、俺のせい?」
目を丸くした銀時が、ため息とともに俯いたを覗き込む。
心配や不安や・・・色々な感情がごっちゃになった銀時の目と出会って、は喉まででかかったため息を飲み込んだ。
「あーいや、銀時のせいじゃない。もちろん、お前らのせいでもない」
くしゃり、とは銀時の髪に手を絡める。
そうしながら、子供の彼らなりにさりげなくこちらの様子を窺っていた二人に笑いかけた。
途端、今まで手にしていた木の枝を放り出した沖田が一目散に駆け寄ってきて、の膝に抱きつく。いきなり敵を失った土方もぽい、と枝を放り投げ、銀時とは反対側にあたるの隣に腰掛けた。
「あ、テメなにしてんだよ! 離れろっつーの!」
銀時が手を伸ばし、の足元に抱きつく沖田の頭をぐいぐい押す。どうやら沖田はこの頃から負けず嫌いだったらしい。
痛いだろうに、6歳の沖田は銀時をキッと見返し、抱きつく腕に力をこめる。
「銀時、いい加減止めろっつーの」
一発銀時の頭をはたいたは、足元に抱きつく沖田を抱き上げて膝の上に座らせた。
「痛かったかー? でも泣くなよ、総悟。痛くて泣くのは弱っちい奴がすることだからな」
「・・・そうなの?」
「おう。男だろうと女だろうと、泣いていいのは心がそう言ったときだけだ」
は沖田の胸の中央あたりを拳で叩いて言う。
「この辺が痛くて痛くてどうにもならなくなったときにだけ、泣いていいんだぞ」
「・・おれも?」
「そ。男だから泣いちゃいけないなんて言ったら、しんどいだろ?」
上目遣いに見上げてくる沖田。
小さく、でも確かにうなずいた彼の髪をぐしゃぐしゃにかき回して、は笑う。
「、俺いまその辺がすげーいたいんだけど」
「気のせいだろ。泣くなよ銀時、面倒だから」
「え、なんか違くない? 沖田のときと違くない?」
「よし、お腹すいたな。おとなしく待ってろよ、昼ごはん作ってくるから」
ケンカしたら昼ごはん抜くからなー、と言って台所へ向かうが3人のガキんちょに背を向けたとき。
にや、と勝ち誇った笑みを浮かべた沖田を見たのは、銀時と土方だけである。
+ + + + + + + + + +
「はい、ごちそうさまでしたー」
「ごちそーさまでしたー」
新八宅の冷蔵庫を拝借して作った昼ごはんはチキンライス。
オムライスにしてやろうか、とも一瞬考えたのだが、4つ分を卵でくるむのは到底面倒くさくなったためのチキンライスである。
土方のマヨラーは8歳のときにはすでに発症していたらしく、ケチャップでわざわざ味付けしてやったのにもかかわらず、思い切りマヨネーズをかけやがった。赤いご飯が黄色がかった白になるほどである。わざわざ自分が作ってやったものに、あとから調味料を思い切りかけられるのは、想像以上にイラッとするものだと初めて知った。
自分の料理に言外から文句を言われている気がするのである。
「(これなら土方のぶんだけマヨネーズライスにしてやりゃあよかった・・)」
これも作りながら考えなかったわけではないのだが、面倒くさくてやめた。
土方のマヨネーズシンドロームはもっと成長してから発症したのだ、と信じたのだけれど賭けに負けた。
「銀時、お前自分の食器は自分で洗い場に運べよ。総悟もな」
「・・・だっておれ、とどかねェもん」
「・・・しょーがないなぁ。銀時、総悟の分も運んでやれよ」
「えー・・沖田、お前ンなこと言ってとどくだろ、ぜったいよォ」
爪楊枝で口の中をあたりながらゲップをしやがったよこの8歳児。
姿かたちこそ違えど、あまりに見慣れた光景には頭痛すら覚える。
「銀時」
「・・わぁーったよ、やるよ。やりゃあいーんだろ?」
唇を尖らして立ち上がった銀時が自分の皿と沖田の皿を片付けるよりもはやく。
マヨネーズをぶっ掛けてからしばし、食事を終えた土方が自分の皿はもちろん他のガキ共のも、の皿も手際よく重ねて洗い場へ運んでいく。
ぽかん、と後に残されたのは机の上で目的の皿を見失った銀時と、ふてぶてしく尊大な態度の土方に見慣れていたである。
呆然と台所を見つめる間に、水が流れる音とライムのにおいがふと香る。新八宅ではどうやら、皿洗いの洗剤はライムの香りがついたものを使っているらしい。
「・・土方、皿洗いしてくれてんの?」
ひょこっと台所をのぞくと、土方が慣れた手付きで食器を洗っている。8歳の少年の手はまだまだ小さく、コップのなかに手を突っ込んで洗っている。
キュッキュッという爽快な音が土方の手から生み出される。
「ありがとな。皿洗いしてくれるなんて思ってなかった」
「・・・昼めし、作ってもらったから」
ぶっきらぼうに告げられた言葉。
なんだかくすぐったくなるくらい嬉しくて、は皿洗いをする土方を後ろから抱きしめる。
「わ・・ッ、な、なにすんだよ! やめろよッ」
「いいじゃーん、だって土方お前スゲェかわいいんだもーん」
「かわいいなんか言われてもうれしくねェよ! はなせ、皿洗いできねぇだろっ!?」
「あれ、何もしかして土方お前、照れてんの?」
「て・・っ、てれてなんかねぇぇええ!」
その微笑ましい光景をこっそり見ていた2人のガキんちょは、目を見合して何か共通の思いを抱いたのか、がしっと強く握手した。
6歳児と8歳児の同盟の成立である。
「もう、お前むこう行ってろよ!」
「はいはい、わかったよー。ありがとな、土方」
「ん・・・別にいい」
土方のまっすぐな黒髪にくしゃっと手を絡めて、は2人の問題児が待つ居間へと戻る。
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