第2話
一つ息をつき、じゃあ戻ろうかと踵を返したとき。
わーわーと頭に血が上っているらしい声と、そしてどたばたと質量のあるものが倒れそして転がる音。戻りたくない・・・このままこの場所を立ち去れたら、どれだけいいだろう。
「オイ、お前ら何やってんだよ。ここが誰の部屋だか分かってやってんのかコラ」
取っ組み合いのケンカを始めようとしていた銀時と土方の動きがピタリと止まる。
怒鳴り込むのではなく、あえて冷静さを装って口を挟んだのは効果てきめんだったようだ。元を辿ればここは自分の部屋ではなくあくまでも銀さんの家だから別にどうなろうが知ったことではない。
が、とりあえず今のところの火元責任者は自分だろう。掃除をする手間も惜しい。
「・・何やってんのか、って俺は聞いてるんだけど」
「・・・っ、だってこいつ・・多串くんが」
「何言ってンだよ、元はといえばお前が「誰がもう一度ケンカ始めろっつったんだよ」
「「・・・っ」」
うぐ、と黙り込んだのは銀時と土方のふたり。
12,3歳くらいと思われる少年たちは先日よりも確かに、顔つきが大人びている。
いかにも銀時らしいくるんくるんの天パに、8歳の頃の彼よりも確実に死んだ魚に近づいた目。けれどすっきりと少年らしい顔立ちはこれからの成長を期待させるものがあるが・・・・将来を知っているとしては微妙なところだ。
土方のほうはどうしてだかいきなり髪が長くなっている。
後ろで一つに結わえたその黒髪は、羨ましくなるほどのストレート。
8歳のときから土方はすでに少年らしからぬ顔つきをしていたが、13歳の彼はさらに磨きがかかったようだ。
歳不相応の色気すらある。
末恐ろしい13歳だ・・・まぁ成長してああなるのだから、この歳にしてこの容貌は決して不自然ではないのかもしれない。
「・・・、悪ィ・・・俺止められなくて・・」
きゅ、と着物の袖を引っ張って俯く総悟は、10歳前後というところか。
10歳・・・微妙だ、実に微妙なところだ。
はてさてこのときにはすでに、総悟の持ち味ともいえるS属性は芽生えていたのか否か。
一瞬総悟を見下ろしたときに見えた天使の羽を、俺は信じたい。
「総悟が気にすることじゃないよ。ほら、久しぶりに会ったんだから顔上げろって」
そろそろと顔を上げた総悟は、天使の羽がそれはもうよく似合う顔立ちの少年に成長していた。
6歳時にも天使の羽はまるで付属パーツのように総悟の背中について回っていたが、10歳の総悟もまだまだ負けてはいない。
子供っぽさがあのころよりも大分抜けたせいか、銀時や土方にはないそのままの少年らしさがある。
「・・・俺には、怒ってない?」
「総悟には、怒ってないよ」
「えーっと、。俺らには・・・?」
「もうケンカしないって、約束するならな」
「しねぇよ! な、もうケンカなんかしねェよなァ多串くーん!」
「お、おう。もうそんなことしねぇよ」
だからもう許して、と言わんばかりの二対の視線。
逆サイドから注がれる「そいつらなんか放っといていいだろィ」という視線に気付かない振りをして、はふっと表情を和らげた。
「じゃあ、お前らも許す。・・・・久しぶりだな。銀時、土方」
へへ・・っ、と鼻の下を手で擦り、照れ隠しのように笑う銀時とそっぽを向いてしまった土方の頭を、ぐしゃぐしゃとかき回してやる。
「おわっ!?」と声を上げて抵抗する二人のガキに、はにっこりと笑った。
「にしても、随分でかくなったなーお前ら」
「おう! アッチのほうもでかくなったぜ!」
「・・銀時、歯ァ食いしばれ。舌噛むぞ」
「じょ、冗談だって! 指ぼきぼき鳴らすのなしだって!」
「、俺も手伝う」
「ありがとな土方。とりあえずこの白髪バカ、後ろから羽交い絞めにしててくれるか? 狙いがずれる」
真顔の土方と悪ノリした沖田に押さえつけられ「や、やめろってバカ! 離せェエエ!」と喚く銀時に、振り上げた拳をお見舞いしようと狙いを定めたとき、鳴り響いたのは電話の音である。
ちらと見上げた時計はもうすぐ9時を差そうとしていて、もしかしたら依頼の電話かもしれない。
普段、暇なときには音沙汰のないくせに、どうしてこう大変なときに限って電話がかかってくるのか。
「―――・・はい、はいわかりました。お受けします、はい。じゃあこれから伺いますね」
「・・、今の電話なんでィ?」
「ん、お仕事の依頼」
電話の相手はこの近くに住む一人暮らしのおばあちゃん。依頼の電話を寄越してくれるお得意さんだ。
寄る年波のせいか足腰が弱ってきているらしく、日々の買い物でどうしてもかさばるものや重たいものを買う必要があるとき、こうして万事屋に電話をかけてくる。
おばあちゃんの代わりにそういうものを一気に買い込んで、自宅まで届けるのが仕事だ。
「・・手伝ってくれるか、お前ら?」
3人は声を合わせ、そして「もちろん!」と元気よく答えた。・・・・ああ、この姿をあいつら自身に見せてやりたい。
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「えーっと・・銀時、お買い得品の牛乳パック2本と伊右衛門の2リットルペットボトル持ってきてくれるか?
土方はトイレットペーパー・・アレなアレ、nepia。おばあちゃん何気にこだわってるから。そしたら総悟は、洗濯用の洗剤・・あ、これはトップの部屋干し用。それとついでに柔軟剤も持ってきてくれる?」
渡された買い物リストに目を通しながら、スーパーをぐるりと回る。
もしも万事屋の買い物をするならここだけでなくちょっと遠いドラッグストアにも足を運ぶし、生鮮食品を買うにしたって商店街も一周はする。10円でも安く抑えるための努力だ。だからこんなふうにスーパーだけで終わらせることの出来る買い物の楽さが酷く身に沁みる。
買う順番を考えずに買い物できるとは、なんて楽なのだろう。
「、これでいいのか?」
「お、ありがとな銀時。助かった・・・・・ってちょっと待てコラ」
言い渡したものと、そしてその陰に隠すように買い物籠に入れたソレをつまみ上げ、ふいっとそっぽを向いた銀時を睨みつける。
「俺が持ってきてって頼んだもの、もう一回言ってみてくれるか?」
「・・牛乳パック2本と、お茶」
「だよなァ? だったらなんでチュッパチャップスが3本も入ってんの」
「いーじゃん、手伝ったろ!?」
「だめ。ホラ、さっさとあったところに戻して来い」
「・・・・ケチ」
「歯ァ食いしばれ」
脱兎の如く駆け出していく銀時と入れ替わりに戻ってきたのは土方。
右脇に抱えられたトイレットペーパーと、そして左手に持った・・・・・。
「はい、さっさとその頼まれてないもの棚に戻して来い」
「頼まれた。マヨネーズの精に持っていけって頼まれた」
「そんな脂っこい精がいてたまるか。戻せ」
「・・・・・」
「俺は本数減らせって言ったんじゃないの。3本じゃなくて1本ならいいとか言わなかったよな?」
チッと舌打ちを隠そうともしない土方に拳を掲げ、走り去っていく土方とそして生活雑貨のコーナーから総悟が洗剤を抱えて戻ってくる。
さて、コイツは一体どんな頼まれないものを持ってきたのやら・・。
「これでいい? 」
「ん、オッケーばっちり。ありがとな、総悟」
わしわしと頭を撫でてやる。
総悟は恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに上目遣いでを見上げてにっこりと笑った。
―――おそらく、このとき総悟の背景に舞う天使の羽を見たのはだけではない。
そのとき二人の周囲にいた買い物客の足がピタリと止まり、口元を押さえて総悟を凝視していたのがいい証拠である。
「総悟、なんか好きなお菓子もっておいで。銀時と土方にはナイショで」
「・・いいの?」
「いいよ。総悟かわいいから」
総悟の前にしゃがみこみ、「ナイショな?」と笑いかけたとき・・・・両肩に手が置かれ、威圧してくる二つの影にその目論みは打破された。
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