chapter??   Let's go to the Ocean!!

前編


「―――旅行?」
「慰安旅行でさァ。どうですかィ、も一緒に」

が稽古を終えて昼ごはんをご馳走になるとき、そこには大概沖田もいる。 一緒にご飯を食べるときもあれば、既に食べ終わっていて、前の席に座ってお茶を啜っているときだけのときもある。 時には土方だったり、山崎だったりすることもあるが、通常昼ごはんを共にするのは沖田だ。

真撰組の慰安旅行―――中小企業の肝っ玉社長じゃあるまいし、第一江戸の治安を守るという職務はどうした、という至極真っ当な疑問が降って湧くが、話が進まないので都合の悪いことはこの際無視する。 毎年1回の慰安旅行は真撰組を挙げた、実に盛大な旅行である。 なかなかタカの外せない役職についているがゆえに彼らにのしかかる職責とプレッシャーは多大なもので、海といわず山といわず、アンケート調査を元にその時期と場所が決められ、なかなかの費用を投じてガス抜きをしに行く。 税金泥棒、などという世間の声はこのとき彼らに聞こえない。そして今年、真撰組が慰安旅行先に選んだのが、

「・・・うみ、ってなに?」
「あ? 、海知らねェんですかィ?」

海である。
さんさんと降り注ぐ太陽の日差し、青い空、白い雲、どこまでも広がる大海原に熱く焼けた砂浜、そして小麦色の肌に水着の美女・・・男所帯の真撰組がビーチでナンパなんてそんなベタな・・と世間様に鼻で笑われるような期待をしていたとしても、普段の生活がどれだけ女の子と縁遠いかを考えれば仕方のないことである。

「海・・・ってのはアレでさァ。でかくてしょっぱい水たまり
「しょっぱい水たまりなんてあるのか!?」
「それがあるんでさァ。向こうの端が見えねぇぐらいでかくて、魚なんかもいる水たまりが海ってやつでィ」

根本的に何かが違うが、は沖田の言葉にふむふむとうなずく。 は沖田をSだとは認識しているが、だからといって信用がおけないかという点においてそれは違うと思っている。 沖田は信用に足る人物だ・・・・がしかし、物事の説明を求めるのに適した人物というわけではないのをは知らない。

も一緒に行きやせんかィ?」
「え、でもいいのか? 俺、隊士じゃないし・・」
「指南役だろィ? それに大体、反論する奴なんかいねぇや」

当たり前である。 鬼の副長と名高い土方や、斬り込み隊長である沖田がを想っていることは隊士たちにとって明白で、幹部二人の想い人が旅行についてくることに文句を言える命知らずなど、真撰組には存在しない。 「なんでアイツまで付いて来るんだよ」などと愚痴の一つでも零そうものなら、最後の“よ”の字を口にする前に刀の錆と化すことを誰もが重々承知していた。

「じゃあ、俺も行くっ!」
「決まりでさァ」

そして――――新たな戦いの、幕が上がる。


+ + + + +    + + + + +


「う・・っわぁー! すげぇ、すっげーでっかーい!」

レンタルしたマイクロバスから一番最初に駆け下りたは、海沿いをはしる道路の欄干に身を乗り出しキラキラと目を輝かせた。 彼女の目に入るのはただ一面の海。空の青を吸い込んだ海はどこまでも碧く、夏の太陽を受けてそこかしこが光っている。 今にも欄干から転げ落ちそうなほど身を乗り出すのTシャツを土方は苦笑しながら握った。出発の朝、はいつもと同じ着流しを着て来たのだが、そんなのじゃ暑くてやってられないことを知らない彼女に、土方が渡したものである。 極太の毛筆体で「誠」とデカデカと書かれた白地Tシャツに、カーキ色の短パンと、そして同じく「誠」とプリントされたキャップ。 一体どうやったら手に入るのか、逆に聞いてみたいシロモノではあるが、初めての海にテンションの上がり調子は最高潮のは土方を満面の笑みで振り返る。

「すっげー、海ってすごいよ土方さん!」
「わかったわかった・・そこから下に降りられるみてぇだから、お前先行ってろ」
「・・・いいの?」

そんなキラキラした瞳で言われたら、「ダメ」などと言える筈がない。ぱたぱたと忙しない犬の尻尾が見える気がする。 苦笑した土方を肯定の返事だと受け取ったが、「やっりー!」と歓喜の声を上げて海に走っていく。

「・・連れてきてよかったな、トシ」
「ああ・・・・・近藤さん、行きたいんならアンタももう行っててい「やったー!」

土方の台詞が終わるより早く、ふんどし一丁になって海へと駆け出していく局長を見て、土方は手元の携帯から「From A navi −転職支援サイト−」とへ思わずアクセスしていた。


寄せてはかえす波を蹴りあげ、ビーチサンダルを海に浸して一人海と遊ぶに鼻腔をくすぐったのは焼けたソースの匂い。 これはたしか焼きそばの匂いなのだけれど、海を目の前にして嗅いだこの匂いはどうしてこんなに胃袋を刺激するのか。 一人で行っていいものか、は道路を見上げる。 マイクロバスの周囲は隊士たちが群れ、アレ運べだのお前これ持っていけ、などとここからでも聞こえる土方の指示でがやがやしているらしい。どう見てもここに降りてくるまでに時間が掛かるようで、は好奇心に勝てなかった。

匂いのする方向へ走る。濡れた素足とビーチサンダルに纏わり付く砂がじゃりじゃりと気持ち悪い。 わざと波打ち際を走れば、が波に足を踏み入れるたびに白く泡立った。 じゃりじゃりした気持ち悪さも、白い波の綺麗さも、なんだかもう酷く楽しい。のテンションはひたすら上がる。 「海の家」と看板の掲げられた屋台と呼ぶにはしっかりした、けれど常設とも思えないつくりのお店のまえでは首を傾げた。 なぜなら―――店の出入り口のところで、やけに見知った白い巨大犬がのんびりと欠伸なんかしているから。

「・・・・定春、だよな」
「あーっ! やっと見つけたネ!!」

ハッとして顔を向けたほうから、予想通りの人物が走ってくる。 驚きに目を丸くしたに構うことなくその人物は地面を蹴ってに抱きつき、砂浜に押し倒した。

、驚いたアルか?」
「あ、当たり前だろ!? なんで神楽がこんなところに・・ってか、神楽がここにいるってことはもしかして・・」
「おー、随分とひっでぇTシャツ着てんなァ

いや、あんたに言われたくないよ、という台詞をはゴクリと飲み込んだ。 “ビーチの侍”とかかれた白地Tシャツに、膝丈まであるハーフパンツ。 麦藁帽子をかぶって首にタオルを巻いた、決して人の服装に口を出せる格好ではない銀時が、後ろに新八を伴って歩いてくる。 口にくわえた棒アイス(所によりチューペット)は見慣れたものなのに、どうしてだかものすごく美味しそうに見える。

「なんで銀さんたちがこんなとこいんの? 仕事入ってるって言ってなかったっけ?」
「仕事だよ。そこの海の家、人手足りてねぇらしいからその手伝い」

銀時のこの言葉は半分本当で、半分嘘である。 沖田に誘われ、慰安旅行についていくことを即決したその日、は早速そのことを銀時らに話すつもりでいた。前もって話を通しておかないと、いい顔をされないことはにも明らかだったからである。 けれど「旦那たちにはナイショにしといてくだせぇ。言ったらきっと”俺たちも連れていけ“だの”認めねぇ“だのって話になるだろィ?」という見事ともいえる沖田の推察により、ギリギリもギリギリ・・・当日の朝になって、は銀時らにこの旅行のことを伝えた。 朝からやいのやいの言われることを相当覚悟して口にしたのだが、「あ、そーなの? まぁ俺らも仕事入ってるし・・楽しんでこい」と至極大人な対応で見送られ、気持ち悪いのはである。 スムーズにことが運ぶのは歓迎したいが、ことが万事屋だと気持ち悪くて仕方ない。「今日、どーしたんだよ・・?」と思わず聞き返したくなったが、差し迫った時間はそれを許してくれなかった。

そして、この海での再会である。 にしてみればわからないことだらけだが、事の真相はやはりあのS王子が噛んでいる。 彼はに口止めしたにも関わらず、その日の夜に万事屋に一本の電話を入れた。

「あ、旦那ですかィ? 沖田でさァ・・・伝えたいことがありやして。今週の土日、 借りていきまさァ・・・あ? どーゆーことかって? 慰安旅行でさァ、真撰組の。 も指南役って役職についてるんで、一緒に行くことになりやした。・・勝手に決めてんじゃねーよ、って言われやしても・・にはもう話をつけてあるんで。・・んですかィ、旦那。そんな大声で怒鳴らなくたって聞こえまさァ、最近耳の遠くなった土方のヤローじゃあるまいし。海でさァ、海。海でパーッと遊んできまさァ。じゃあ旦那たちには悪ぃけど、楽しませてもらうんで。じゃ」

この電話が、万事屋3人の嫉妬心やら羨望やら「俺らだって海行って遊びてぇよコノヤロー」心に火をつけた。 その海辺での仕事を3人が目を皿のようにして探し、見つけた海の家のバイトに急遽応募したのである。 仕事が入った、というより自発的に仕事を入れたことになる。 実に健全な仕事の入れ方ではあるが、万事屋では非常に珍しい光景だ。 駄々をこねてについていく、という方法を取らなかったのは”もうこれ以上呆れられたくない“という切実な思いの結果だった。 そして某S王子は、万事屋がこういう手段に出ることを既に見越して電話したのである。 策士、という言葉は彼のためにあるに違いない。

「おい、! お前勝手にどっか行ってんじゃねーぞコラ・・・って、なんでこんなとこにテメェらがいんだよ」
「海に俺らがいちゃいけないとでも言いたいんですかー、何様ですかー、マヨラーのくせに何様ですかー多串くん」
そうだそうだ、死ね土方コノヤロー
「マヨラーをバカにすんじゃねーよ、コラァアア! つーか総悟、テメェ聞こえてんぞ!」

走ってくる土方と沖田は、が見ないうちに着替えたらしい。 銀時の穿いているようなハーフパンツ型ではなく、最近よく見かけるようになった競泳用のピッチリした黒地の海パンを土方は身につけている。 上には鮮やかな色のアロハシャツを着ており、よくよく目を凝らして見ればそれはマヨネーズ柄。そんなもの一体どうやって手に入れたんだ、と知りたいような知りたくないような思いに駆られてしまう。 そして極めつけに黒いサングラスをかけていて―――もしこれが土方じゃなかったら、きっと変質者として通報されていただろうとに思わせるいでたちである。 「キャー!」という声が遠くから聞こえてきて思わず「大丈夫です、この人こんな格好してますけど一応警察なんで!」と土方の代わりに弁解しそうになっただが、その「キャー!」が「ちょ、あの人マジかっこよくない!? なんかスゴイ格好してるけど、でもすっごいカッコよくない!?」という「キャー!」では密かに胸をなでおろす。

早速、対神楽の臨戦態勢に入ろうとしている沖田はいろんな意味で犯罪的な土方の穿いているような海パンではなく、銀時と同じようなハーフパンツ型のものである―――が、柄がすごかった。 左足の部分に極太毛筆体で「大和魂」。黒地一色の海パンに、白く書かれた「大和魂」。嫌でも目に入る「大和魂」。確かに沖田のほうに変質者的なにおいは感じないが、それでもは言葉を飲み込んでしまう。 「どうしてそれなんだ」と思う半面で、他のどんなものより似合いすぎている気がする。 土方とは違い、アロハシャツなどを着ていない沖田は上半身を太陽の光に晒しているが、肩の辺りなどが既にじんわり赤くなっているような気がしては声をかけた。

「総悟、お前大丈夫? なんかもう赤くなってねぇ?」
「げ、マジ? もうですかィ?」

ぽん、と沖田の肩を軽く叩いてやると、彼はヒクッと頬を引きつらせた。

「なんかしといたほうがいいんじゃね? 明日とか大変なことになりそうだけど」
「あー・・・じゃあ、悪ぃけど日焼け止め塗ってもらいやせんかィ?」
「ん、いーよ」
「「ちょっと待てコラァアア!」」

沖田の目論みは銀時と土方によって阻止された。

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続きます。