その透き通るような黒曜石に映るのは・・・・・鋭い眼光にクールな顔立ちのあの男。
じぃ、と土方を見つめるも、その視線を見返す土方もぴくりとも動かないまま数秒が過ぎる。 そうして我に返った銀時が「はい、切った!」と二人の間に見えたような気がした糸を断ち切ってようやく、土方は言葉を見つけた。

・・・お前、その・・・」

“俺に惚れてんのか”なんて聞けるはずがない。 いや、聞きたい。 いや、聞きたいというのは薬に本当の効果があるのか否かを確かめたいからであって、別にが自分に惚れているのかどうかを確かめたいからではない、断じて。いや、そんな思いがないとも言い切れないが、いや、そんな不埒な考えは・・・

「べ、別に・・・・っ」

一人で勝手に思考の旅へと出立していた土方に聞こえたのは、押し殺したようなの声。 正面に立つを見遣れば、彼女は土方と目を合わせたその一瞬後、ふいっと顔を背けて。 その態度にわずかばかりカチンときた土方が口を開こうとしたとき、それをさえぎったのはである。

「別に土方さんのこと、気になってなんか・・ないんだからねっ」

ぴし、と以外の時が止まった。そんな周囲にまつげの一本ほども気付く様子のない彼女は、再びちらりと土方を見上げる。

「か、勘違いしないでよねっ。そんなつもり、ないんだからっ」
「・・・・多串くん、ちょっと集合」

呆然と、開いた口から魂が抜けかけていた土方を現世に呼び戻すのは銀時。 かくいう彼も思わぬ事態に目がマジモードだが、それについて揶揄する余裕のあるものなど、今の万事屋には存在しなかった。

「・・・あれはなんだ。アレは一体だれなんだ」
「現実逃避はいけませんぜ、旦那。一応だろィ」
「一応がついてる時点で、お前も現実逃避してるアルけどな」
「あんな見たことねーよ、つーかもう別人だろアレ! ・・ってどした新八、考え込んで」
「思うんですけど、あれって・・・ツンデレ、ですよね?」


【ツンデレ】
気が強いため、恥ずかしがっているところや照れを隠そうと、好意を寄せている相手を突き放すような態度をとってしまう、または好意を寄せている相手に天邪鬼な態度で接してしまう性格のこと。


「あれが最近、萌え一要素として名を広めつつあるツンデレか、なるほど悪くない・・・って俺なに言ってんの!?
「「・・・・・・・」」
「ちょ、その蔑んだ目止めなさい!」
「うるさいネ天パ。今はそれどころじゃないアル」

どうやらこの薬、単にヒトメボレさせる効果をもつだけの薬ではないらしい。 わざと土方を視界に入れないように顔を背け、わずかに突き出された唇が紡ぐのは土方への憎まれ口。ステレオタイプなツンを装い、けれど頬をうっすらと朱に染め、彼女の黒曜石が追うのは土方の背中―――まさにデレである。
この惚れ薬にこんな副作用があったとは、なるほど5万もするわけだと銀時はどこか納得する。 当の土方はといえば・・・ちら、と新八が彼に目をやったときに見えた、あの白くてぼんやりしたもやもやが煙草の煙であることを祈るばかりである。

「ちょ、なにボーっとしてんだよ土方さん!」
「・・あ?」

意識を遥か彼方へ飛ばしていた土方だが、の声でふと我に返る。 と、手元の煙草の灰がもう2cmに達しようとしていて、それが今にもほろりと折れてしまいそうなことに気が付いた。 一体どれだけの時間ボーっとしていたのやら自分で自分が情けなくなりつつも、いやだがしかし今日はしょうがないだろうと、土方は誰にでもなく自分に言い訳を並べる。

「ったくもー、ちゃんとしろよな」

煙草を吸うもののいない万事屋には灰皿なんてものはない。 は台所から持ってきた空き缶を土方に差し出して、呆れたようなため息をついた。 それはいつものと同じ仕草で、だから土方をはじめとしてこの場にいる人間は「きっとアレは見間違いだったに違いない。だってほら、あのがツンデレとか・・・あるわけないって!」と心のどこかにある“ちょっと惜しいことしたかなー・・”という思いを蹴り飛ばしたのだが。

「もう・・・っホントしょーがないんだから、土方さんはっ」

にぱっと笑ったに、その祈りにも近い願いは無垢な少年少女の心より、儚く散った。

「俺がついててやらないと、土方さんダメダメなんだもん」

ちらと先に浮かべた笑みを隠すように、ふいっと視線を逸らして唇をへの字に曲げる。 そんな彼女に、土方の手が伸びる。

「・・・そりゃ、悪ィことしたな」

くしゃりと土方の指がの髪に絡められる。 指と指の間から滑り落ちる絹糸のような感触を味わいながら、まるで江戸切子のガラス細工に触れる繊細さで土方はの髪を梳く。 一旦はなにか言葉を形作ろうと大きく広げられたの口も、2,3度金魚のようにパクパクと開け閉めを繰り返した後、ふっつりと閉じられてしまった。

「か、勘違いしないでよ・・っ、別にしたくてしてるんじゃ、ないんだからねっ」
「・・わかってるよ」
「―――・・土方さん・・・っ」

トン、と胸にぶつかる衝撃に、その柔らかさに土方は言葉を失った。

そして、縋りつくように隊服に顔をうずめるに、土方はまるで血が沸き立つかのような衝動と波打つ鼓動を聞く。 吸い寄せられるように己の腕がの背中に回り、彼女を包もうとする様を土方はまるで他人事のように呆然として見ていた。

「・・・・・」

自分の胸に額を押し付けるを見下ろし、その背中に手が触れようとしたとき、「って、何してんだ俺ェエエエ!?」―――は正気に戻った。

「ちょちょちょ、何この状態!? 俺なにしてんのちょっと!」
「・・
「いやマジで訳が分からん。一体俺は何を・・・ってうわぁああ、ゴメン土方さん! ホント何してんだよ俺ェエエ!」

パッと土方から身を離し、顔を青くしたり赤くしたりと傍目にも相当パニックに陥っているらしいことが見て取れるは、小さく呻いて頭を抱えた。 どうやら薬の効果が切れたらしいが・・・・ある意味、切れそうにない薬の効果にやられてしまったのはこの人。



今回の教訓
べ、別に俺はツンデレなんざにやられたわけじゃねェからな! 勘違いすんなよ、ツンデレだろうがそうじゃなかろうが、俺はが・・・・って何言わすんじゃコラァアアア!

back/novel


short story   post script

はい、こちらは初の分岐物、土方バージョンでした。 お楽しみいただく・・・・というかもう、ご覧になられた皆様に「ハッ」と鼻で笑っていただければそれで十分です。 予想以上にツンデレを書くのが楽しかった管理人でした。

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ツンデレ 注釈
ツンデレには大別して2つの解釈があります。
1つは作品の中で新八が説明してくれた「照れ隠しのため、好意を寄せている相手の前でツンツンした態度をとってしまう」性格であり、もう1つは「他の人がいる前ではツンツン。 けれど好意を寄せている相手と二人っきりになるとデレデレ」という性格です。 前者のツンデレを好む人は後者の解釈を好まず、反対に後者のツンデレをプッシュする人は前者の解釈をあまり好まないようですが、どちらも間違いではないとのこと。 西の東雲では、管理人の個人的な趣味により前者のツンデレを応援します。 特に、気の強い女の子(ポニーテールだとなお良し)がツンツンした態度をとっておきながら、けれど周囲には本心がバレバレだったりするシチュエーションは大好物・・・いえ、なんでもないです。


writing date  07.07.06 ~ 07.07.18    up date  07.08.06