short story   HORE★GUSURI



学校の化学準備室をイメージしていただきたい。
主に化学教諭が使用するその部屋の、日の当たらない奥まったところにある鍵付きの棚・・・・そこにズラリと並べられた、褐色のガラス瓶。ただそれらを眺めているだけで、自分がなにかの研究者になったような気分になる棚の最下部。 観音扉の戸を開ける。舞い上がるほこりに目を瞑り、軋む音を聞かない振りして覗き込んだその最奥にあったのは、この化学準備室に入って一番よく目に付く褐色の保存容器とは異なる小さなガラス瓶。アナタはまるで吸いつけられるようにそれを手に取り、光にかざす。 深い海の底のような青・・・いや、澄んだ湖水を思わせる緑、太陽を連想させる黄色、燃え盛る火炎を写し取ったかのような赤―――様々な、この世のありとあらゆる色がその瓶に封じ込められているかのように、光が一気にあふれ出す。 今アナタの手の中にあるのは、これまでに数え切れないほどの人が求め、そして叶わずに涙を呑んだ魔法の薬・・・


「・・・媚薬って、つまり惚れ薬?」
「そゆことでさァ」

は沖田から受け取ったそのガラスの小瓶を目の前にかざし、左右に小さく振った。 溢れる光と色のせいで中の液体がどんな色をしているのか定かではないが、けれど確かに中の薬が揺れる。

「なんでそんなの、お前らが持ってるネ?」
「天人が不正輸入したのを、俺ら真撰組が摘発してな・・・一時的に保管してんだよ」
「・・・そんなの、こんなところに持ち出していいんですか?」
「総悟に言ってくれ、総悟に・・・・」

本来なら今は市中見回りのはずなのだ。珍しく訳のわからない理由を並べて見回りをサボろうとしない沖田に、確かに土方は薄ら寒いものを感じたが、いやこいつもようやく職務という言葉を理解したのだろうといいように考えて―――見事なまでにその希望は叩き潰された。 一切の迷いもなく万事屋へと足を進めた沖田が懐から取り出したその小瓶を見て、土方は思わず「やられた」と天を仰ぐ。

「惚れ薬、ねェ・・。ホントに効くわけ?」
「さァ、そこんところは。ただ天人どもはこれひとつで5万近くぼったくってたそうでさァ」

5万!? と万事屋の面々が声を合わせる。 俺らも同じことすりゃ大もうけできるんじゃねぇの、と口に出さずとも顔に書いてある店主から神楽が小瓶を奪った。 チラチラと踊る光に目を輝かせる。

「効果があるとは思えねェけどな」

は、と煙草の煙と共にそう言葉を紡いだ土方を、は振り返る。

「なんで? あったら面白いじゃん」
「じゃあ、試してみやすかィ?」
「ううん、俺は無関係なところから見たいだけだから遠慮する」

ち、と舌打ちを隠さない沖田と・・・そして銀時。 神楽と新八から射抜くように注がれる白けた視線に気付いているのかいないのか、沖田が手元で広げた「使用説明書」を銀時が横から覗き込む。 さり気なくそれが見える場所に移動した土方に気付いた者はいない。

「えーと・・・“この薬を、アナタの好きな人にぜーんぶかけちゃってください☆”」
「・・え、かけるの? 飲ませるんじゃなくて?」
「説明書にはそう書いてますぜ、旦那」
「これで効果なかったらただの変態に成り下がるなオイ」

効果があっても、使おうとしている時点で十分変態だという正論は新八がぼそりと呟いたが黙殺された。

「“薬をかけられた人は、その後一番最初に見た異性にヒトメボレ☆しちゃいます! では、アナタとアナタの好きな人がうまくいきますよ〜にっ♪”・・・だそうでさァ」
「・・・☆だの♪だのが、薬の信用性どんどん掘り下げてくんだけど。しかもなんかちょっとイラッとすんだけど、のらくら記の作風にないだけに」
「まァいいじゃねェですかィ。どーせ使わねェんだし「わっ、危ないネ!」

それはまさかの事態だった。
神楽は沖田の説明する使用法などにはさっぱり耳を貸さず、一人でガラスの小瓶をいじくっていた。光に透かしてみたり、栓を開けてその臭いを嗅いだりしていたのだが・・・こう、思わず――思わずぽろっとその手から小瓶が滑り落ちて。 反射的に取り戻そうとしたせいで小瓶は綺麗な弧を描き、開いた口のほうを下にして空中を舞った。そして、その落下地点に居たのは・・・・

「え、うそだろ!?」

小瓶の口から液体が零れた。それは外気に触れると同時にまばゆいばかりの光を放つ。 雲ひとつない蒼穹、芽吹いたばかりの草木、色鮮やかな花弁、西の空を染め上げる夕日―――この世にある全ての色と、全ての光を凝縮したかのようなその液体は、にブチ撒かれてしまった・・・・それはもう、見事なまでに。 目を奪われんばかりの光と色が、を彩る。 そのふっくらと赤い頬を流れ、輪郭を伝う光の筋。つややかな黒髪からしたたる色の雫。

が閉じていた目を開け・・・・




ようとしたとき、銀時は思わず手近にあった鍋で彼女の視界を塞いだ。 反射的に動いたせいでガンッとそれはもう痛そうな音が響いたが、「いってぇええ! なにすんだよ銀さん!」と鍋の中で声が反響してちょっと訳が分からなくなっているに構っている暇はない。 鍋を外そうと躍起になるに知らん振りし、銀時は鍋ごと彼女の頭を押さえつける。

「・・・“薬をかけられた人は、その後一番最初に見た異性に惚れる”、んだったよなァ?」

バチバチッと3者の間で散った火花を新八は確かに見た。

「よし。薬がマジで効くのかわかんねぇし・・・・とりあえず俺で試してみよう」
「待ってくだせぇ旦那」「ちょっと待てコラ」

ヒュン・・、と白刃が舞った。抜き身の刀が2本、両脇から銀時の首元に添えられる。

「オイィイイイ!? 言葉で言やぁすむことだろーが、なんで刀抜いてんの!?」
「それくらいしねぇと旦那は止まらないかと思いやして」
「別に死んでもいいと思って」
「ちょ、多串君? それが警察の言葉なわけ?」

違う火種によって闘争を勃発させようとしていた銀時と土方だが、に被せている鍋を取ろうとする沖田を目の端に留めてがしりと彼の肩をつかむ。

「ちょちょちょ、ストップ総一郎くん。お前なにしてんの?」
「いや、鍋痛そうだったんで」
「お前普段、もっとひでぇことしてんだろーが! 今更なに言ってんの!?」
「それとこれとは別の話でさァ、旦那。だいたい、この薬を持ってきたのは俺なんだから、真偽を確かめるのはやっぱ俺の仕事だと思うんですがねィ」
「総悟、お前いつからそんな仕事熱心になったんだよ。つーかじゃあ、今すぐ市中見回りの仕事に戻れコラ」
「うるさい土方死ねコノヤロー」
「あーあー、うるせぇなァ。ほらここ万事屋銀ちゃんだから、お前らもう帰れば?」
「・・・俺らを帰してから鍋外すつもりってかテメェ」
「やーだー、多串くんそんなこと考えてんの、やーらしー。この銀さんがそんな侍の風上にも置けねェようなことするわけねェだろーが!」
「・・じゃあ旦那、鍋にかけてる手ェ外してくれやせんか」
「違ェよ、したくてしてるわけじゃねーんだよ。鍋に手が吸いつけられんだよ、サイクロン式の掃除機の如く」

“じゃあお前は吸い込まれるゴミか”と3人の間で繰り広げられるくだらない論争に、もはやツッコむ気力すら奪われた新八が、それでも内心そうツッコんだ時だった。

、ホントにごめんヨー! 大丈夫アルか?」

神楽にしてみればただ、いつも通りに抱きついたに過ぎない。しかし今のは視界をふさがれていて。 思わぬ方向から抱きつかれ、は神楽の勢いをとめることができずにソファに押し伏せられてしまった。 まぁただそれだけなら、なんてことはない一部にとってのサービスショットなだけなのだが、その拍子にそれまでの視界を奪っていた鍋も外れ―――・・・

「ダメですさん! 目開けちゃだめです・・・・!」

新八の声も空しく、ぱっちりと開かれるの目。その透き通るような黒曜石に映るのは・・・・・



くるんとはねた銀髪が眩しいあの男
鋭い眼光にクールな顔立ちのあの男
サラサラヘアーの爽やか腹黒美少年
祭り好きな狂気を宿すあの男



初めての分岐物。