宣戦布告



その日、「これ全部終わらせるまで、ここから出てくんじゃねェぜー」と理不尽かつ傲慢な言いつけを黄色から仰せつかったは、もちろんそんな人権というものの何たるかを全く理解していない奴の言葉など聞くつもりはなく、けれど作業場であるクルルのラボから出ようとして、なぜだか外側からロックをかけられている現実に散々愚痴と文句と恨み言を喚き散らした後、結局パソコンの前で一人、作業を余儀なくされていた。ぐすぐす、と悔し涙を浮かべてみてもワケを尋ねてくれる緑のカエルも、あんまりヒドイ時には助け舟を出そうと努力してくれる(実際に助けてくれたためしはない)赤のカエルも、後でボクと一緒にお菓子食べましょー?とどうせなら手伝って欲しいんだけどな、という感想を抱かせるに留まる黒のオタマもいない。・・・・・・・なんだか足りないような気がするが、きっと考えすぎだろう。とにかくに残された、たった一つのここから抜け出す手段は仕事を終わらせてしまうことだった―――はずなのだが。

「・・・・・えっと、どちらさんですか」
「それはコッチの台詞だシ、プププ!」

クルルにしか開けられないはずのロックがかけられたラボの扉。そこからラボに足を踏み入れてきたのは黄色ではない。

「・・・ふーん。ここがアイツのラボねぇ・・・ボクのほうがずっとずっとすごいシ! ププーッ!」

が常日頃から付き合っているケロロたちよりも、もう一回り小さい体のケロン人は辺りをぐるりと見回して勝ち誇ったようににんまりと笑った。鮮やかなオレンジ色の体に野球帽っぽいものをかぶり、反射的にに反抗心を抱かせる分厚いメガネをかけ、手にしたソフトドリンクと思しきジュースをズズズと啜る彼は、しばらく室内を見回していたかと思ったら、クルルの指定席であるメインコンピューターの椅子にひょいと飛び乗った。

「ちょ、お前何してんの? 変なことすんなよ、怒られるの俺なんだから」
「ププッ、お前がどうなろうと、ボクには関係ないことだシー!」
「いや、そりゃまぁそうだけど。てか、何でお前ここに入ってこられたわけ? ロックかかってなかった?」

ケロロたちよりもずっと幼いと思われるそのケロン人は、突然声を荒げてを睨んだ。

「ボクを誰だと思ってるのサ!」
「・・は?」
「アイツのかけたロックをボクが解除できないなんて、そんなのあるわけないシ! つまんないこと言わないでよね!」
「はぁ・・・そりゃ、ごめん」

自分の一言が彼のどんな気に障ったのかサッパリわからないが、幼いくせにやたらと高いらしいその矜持をいたく傷つけたことは確からしい。クルルに押し付けられたパソコンの前から立ち上がり、ぷいっとあさっての方向を睨みつけているオレンジを抱き上げる。「わわわッ、何すんだヨ!?」と軽いパニックに陥った彼の抵抗は、普段あの根暗黄色を相手にしているにしてみれば、蚊に食われるくらいささやかなものだ。クルルの椅子に座り、彼を膝の上にのせてその頭にあごを乗っけてもう一度。

「ごめんな?」
「こ・・っ子供扱いされたくないシ!」
「何言ってんだよ、子供だろー」
「むきーッ! 子供じゃないシ!」
「バカだなお前。子供は子供の時しか子供扱いされないんだから、子供な時に子供扱いされてろって」
「子供子供ってうるさいシ!」
「はっはっは、ワザとだぞ?」
「わかってるよバーカッ!」
「言ったなテメ、こーしてやる!」
「う、うわぁッ! やめてよ、くすぐったいよォオオ!」

「プププ、一口だけだからナ!」と渡されたファストフード店で売られているようなジュースをもズズズと啜り(「一口だけって言ったのに、ありえないシ! 飲みすぎだシ、もうほとんど残ってないシ・・!」という声がラボ内に木霊していたが完全に無視)、ちょうどいい高さの頭にあごを乗せた。

「・・・お前、ココで何してるのサ?」
「クルルの手伝い・・・てかまぁ、実際のところ監禁されていたというかなんというか」
「クルルって、いっつも薄ら笑いしてて、イヤミでネクラな、宇宙一チョー嫌な奴のこと?」
「そうそう。何考えてるのかサッパリわかんなくて、陰湿で陰険で、口を開けば皮肉が飛び出す、やることなすこと嫌がらせなクルル曹長のこと」

とケロン人の子供は互いに目を見交わして、にやりと笑った。

「お前とはなかなか話が合いそうだな、ガキ」
「ガキじゃないシ!」

「ここにいたのか、トロロ新兵」

不意にラボに響いた声はギロロを凌ぐほどの重低音。振り返ったが見たのは、紫色のケロン人である。

「ガルル中尉!」

とてっ、との膝から飛び降りたオレンジ――トロロが駆け出していく。も椅子から立ち上がり、通路から差し込んでくる光のせいで逆行になる彼ら二人を見つめた。

「貴公が、か。ギロロから話は聞いている」
「俺は話聞いてないけど?」
「失礼した。私はガルル中尉、ガルル小隊の隊長をしている」

ピッと敬礼したガルルには会釈を返し、きょときょとと視線を泳がせているトロロに微笑む。途端、ぴたりと動きを止めたトロロが思い切り視線を逸らし、は微笑みを苦笑に変えた。

「随分と世話になったようだな」
「なんのなんの。いーい子にしてましたよ、お宅のお坊ちゃん」
「そ、そんなんじゃないシ! 何ワケわかんないことゆってんのサ!?」

きゃんきゃんと喚くトロロをそのままに、ひたひたと歩み寄ってきたガルルの口から小さく聞こえたのは、「貴公の力とやらについて、一度じっくり話をしてみたいものだな」という言葉。わずかに目を見開き、けれどそれを一瞬にして苦笑に変えるは腹の底で赤だるまを血祭りに上げることを決意する。ついでに一枚噛んでいるに違いない緑のカエルから、ガンプラをいくつか拝借しようとも。と、不意にの手を掴んだものがいる―――トロロだ。

「ププ、ねぇ・・ボクと一緒に行こーヨ! 楽しくないなんて、絶対ありえないシ!」
「そうしたいのは山々だけど、本当の本当にそうしたいけど、そんなことしたら絶対アイツが・・・」

―――オイ、お前ら。俺のラボで何やってんだぁ? クーックックック・・」

まさかの黄色の登場に、ひくっと頬を引きつらせたのはとそしてトロロである。

、仕事終わったんだろうな・・・ってんぁ? お前、いつぞやのクソガキじゃねぇか。こんな所で何してんだぁ? 懲りずにまぁた潰されにきたってかぁ?」

クックックーッ、とお馴染みの笑い声を忍ばせるクルルに、トロロが顔をサッと赤く染めた。どうやら彼がクルルに抱いている感情は、前に幾度となくコテンパンにされた記憶に端を発しているらしい。どうりでクルルに対する嫌悪とも羞恥とも尊敬ともつかない感情が、言動の端々から見え隠れしていたはずである。そして何よりイヤらしいのが、トロロのその心情を完全に理解してわざとあんな台詞を口にするクルルである。チクチクと人の傷跡を針先で抉るように・・・・としては、トロロがこんな大人にならないことを神に祈るばかりである。こんな奴が地球上、いや宇宙にそう何人もいてたまるかコンチクショー。

「いい加減諦めなァ。お前みてーなガキが、俺様に敵うわけねェんだよ。なんたって俺は、天才だからなァ」

もうそれくらいにしとけよ、と口を挟もうとしたの言葉をさえぎったのは。

「うるさぁああい! お前みたいなチョー嫌な奴、いつか絶対見返してやるシ! 階級も、このラボも、そんでも!ボクが絶対お前から取ってやるシ!! ププーッ、せーぜーその時になって後悔すればいいヨ!」



拝啓 銀さん
―――このときのクルルの顔は、忘れたくても忘れられません。
「ヘェ・・? いい度胸じゃねぇか、やれるもんならやってみろよ・・・・ただし」
ここまででも、十分凶悪な顔つきでしたが、
「一切手加減はしてやらねぇから、覚悟しとくんだなァ・・・クーックックック」
凶悪とか極悪とか、もうそういうレベルを飛び越えて、とても人間とは思えない(いや、事実人間ではないのですが)表情を浮かべたクルルは、写真に取ればきっと魔除けになったと思います。・・福の神すら追い返してしまいそうですが。それからというもの、クルルが酷くご機嫌ナナメでとても困っています。どうして俺に怒りの矛先が向いてくるのか意味が分かりません。そんな俺の心のオアシスは、2,3日おきにかかってくるトロロからの連絡です。ああ、今もトロロから連絡がつながりました・・・めんこいなー、トロロはホントにめんこいなー! それでは、手洗いうがいを忘れないよう神楽によく言って聞かせてくださいね。もちろん、銀さんもですよ。

敬具
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writing date  07.11.02    up date  07.11.03