第1話
はこの日、土方に頼み込んで、ようやく書いてもらった地図を頼りにとある菓子屋を目指していた。
真選組屯所からはそこまで遠くないのだけれど、万事屋からだと少し距離のある店―――三春屋である。
前に真選組での稽古が終わった後に出してもらった塩豆大福に、は見事はまったのだった。
「うまーっ! なにこの大福、すっげー美味い! 餡子おいひィ」
目を細めて大福をほお張るに、土方はフッと笑みをこぼす。
隣で茶を淹れていた山崎も声に笑みを含ませながら「ですよねーっ」と言葉を続ける。
「餡子が絶品なんですよー、このお店。だからほかのお菓子もそりゃもう絶品で・・・」
「マジで!? うーっ、食べたい食べたい!」
食べたい食べたい食べたい食べたい・・・山崎と二人して呪文のように呟いていたら、
堪忍袋の尾をぶちりと切った土方が二人の頭をはたき、疲れ果てたように言葉を吐き捨てる。
「・・・山崎、こいつを三春屋に案内してやれ・・・・」
そんなこんなで山崎に案内してもらって初めて訪れた三春屋で、美味い和菓子を堪能してご機嫌のは、跡取り息子の栄吉と知り合ったのである。
「・・・山崎クンと行ったとき、こんなとこ通ったっけ・・?」
三春屋の跡取り息子、栄吉はと同い年の19歳。
巷でも美味いと評判の三春屋の主人のあとを継ぐべく日々菓子作りに熱心なのだけれど・・・・なぜだかその腕が酷かった。
山崎とともに、がはじめて三春屋を訪れたときも、栄吉は奥の作業場でいささか菓子作りをしているとは思えない形相で、必死に餡を練っていた。
初めて見る和菓子作りの工程に興味しんしんのは、
店先からその様子をずっと眺めていたのだけれど・・・・しばらくするとあたりには焦げ臭いにおいがたちこめ
「あれ、餡子って焦げ臭くなんかないよな?」と首をかしげているに気づかないまま、栄吉は鍋を覗き込み、それはそれは深いため息をついたのである。
「・・・どしたの?」
「え!?」
不意に掛けられた声に栄吉ははじかれるように顔をあげ、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「あ、ごめん、いきなり。俺、って言うんだ。面白かったから、ずっと見てたんだけど」
「そ、そうか・・俺は栄吉。は初めて見る顔だけど・・・」
「うん。山崎に案内してもらって初めて来たんだ。俺、ここの大福餅の熱烈なファンなの」
ニッと笑うに、栄吉も反射的に笑顔を返すが・・・・その笑顔はすぐに翳ってしまう。
「・・さっきも思いっきりため息ついてたけど・・・どしたの?」
「この餡を味見してみりゃわかるよ」
ずいと差し出された鍋かきには・・・・の予想よりもすこし黒ずんだ餡がついていて。
栄吉に促されるままについと指でなぞり、まだあたたかい餡を口に含む。
「・・・・・・にがっ」
「だろ? あーあ、また失敗しちまったよ」
――――そんなこんなで、は栄吉と知り合い、親しくなったのである。
+ + + + + + + + + +
「おっかしーな・・地図のとおりに歩いてると思うんだけど・・・・」
またいつでも顔見せに来てくれよ、と笑顔で言ってくれた栄吉を頼りに、こうしての一人での初遠出が実現したのである
(土方が渋い顔をしたのはを一人でやるのは心もとなかったからで、他人にしてみれば到底"遠出"ではなく、当人にしてみればこその"遠出"である)。
次に地図が示すように通りを曲がって、見知った風景じゃなかったら人に聞こう、
そして土方に文句をつけてやろう、と決意したが、言われたとおりに道を曲がると・・・
「あった・・!」
思わずは駆け出す。三春屋に近づくにつれ、甘いにおいがふわりと鼻腔をくすぐり、に自然と笑みが浮かぶ。
「栄吉ー! また遊びに来た・・・ぞ」
「お、! 今日は一人で来られたんだな」
の言葉が尻すぼみになったのは、栄吉の隣に見知らぬ人がいたからである。
千草色の地に緑青の細縞の着物を着たなかなかイイ男・・・なのだけれどどこか、線が薄いというか細いというか、見るからに体が弱そうである。
栄吉は、となりに並ぶ彼を不思議そうに凝視するにちらと笑いかけた。
「こちらはそこの大通りの大店、長崎屋の跡取りで一太郎ってんだ。みんな若だんなって呼んでるがね」
「・・・若だんな?」
「そうさ。見えるだろう? あのバカでかい店さ」
栄吉が指し示したほうを見れば、確かにどでかい店が家と家の間から見える。
目を丸くしてが若だんなを見やれば、顔をわずかに赤くした若だんなが栄吉に向かってぶつぶつ言っている。
「栄吉、バカでかいってことはないだろう。酷い言い草じゃないか」
「間違ったことは言ってないよ、若だんな。ほめ言葉じゃないか」
「そうは聞こえなかったけれどね」
そのやり取りにクス、とが笑みをこぼす。
「若だんな、こちらは。あの真選組の剣術・体術指南役なんだぞ」
「へぇ・・・」
ここで初めて、と若だんなの視線が交わる。
「ども」とでも言うようにが口元を緩めて小さく会釈すると、若だんなは反射的に空気を飲み込んだ。
紹介された、とやらは仁吉にも匹敵しようかという色男である。
切れ長の目元涼しい仁吉に対し、のものは虫でも入ったらさぞ痛いだろう、と思わせるような大きな目。
強い光を宿す黒曜石はさすがの若だんなもこれまでお目にかかったことがない。
・・・とはいえ、目の前の色男の笑顔にどきりとさせられるのはいかがなものか、と若だんな自身がそう思う。
「うーん・・立ち話もなんだから、中にお入りよ。菓子ぐらいは出すさ」
novel/next