第2話
茶を淹れるために席を立った栄吉は、初対面の二人を置いてけぼりにして部屋を出て行った。
そうして居心地の悪い思いをするのは、散々この部屋に訪れ、もはや第二の我が家とも感じていた若だんなである。
「(さて、どうしたものかね・・。何か話でもしたほうがいいのかしら)」
「あのさ」
「うんっ?」
どう話を切り出したものかと思案していた最中、ちょうどに話しかけられたものだから、若だんなの声はちょっと上ずった。
「その・・・袖の中にいる、鬼・・みたいのはなに?」
「・・・・・えっ!?」
若だんなはそう言ったきり言葉を捜して、口をパクパクさせている。
そんな若だんなに頓着しないまま、は不思議そうに眉を寄せ、彼の袖口にじぃっと見入る。
「俺は初めて見るからすげぇ驚いてるんだけど、栄吉なんにも言わないし・・・フツーにいるもん?」
若だんなの袖口から頭だけを覗かせ、目をまん丸にした鬼・・といってもかなりミニサイズの小鬼が、
を見上げ、きゃわきゃわと声を上げている。どうやら焦っているらしい。
「違うよ。これは鳴家といって・・・普通には見えないはずの妖さ」
「・・・ヤナリ? アヤカシ?」
初めて聞く単語には首をかしげる。"普通には見えないはず"とはどういう意味だろう?
「・・詳しい話は後でしてあげるよ。でも、この子たちのことは栄吉には話さないでおくれ」
「うん・・・・わかった」
なにがなんだかよくわからないまま、は若だんなに押し切られる形でうなずいた。
と、袖口から頭だけひょっこりと覗かせた・・・鳴家の一匹と目が合う。彼(・・?)はびっくりしたように目を丸くした後、口元に一本だけ立てた指を近づけた。
まるで「しぃーっ」という仕草だ。
恐ろしい顔つきの鳴家の愛くるしいその仕草に、は笑みをこぼす。がらりと障子が開いた。
「茶と菓子を持ってきたよ・・・大丈夫、親父の作ったやつさ」
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ひと時栄吉の店で自己紹介やらなんやらをしたのち、仕事に戻らなければならない、と残念そうに言う栄吉の言葉でその場はお開きとなった。
銀時と神楽、そして新八へのお土産に大福餅をいくつか買い求めたは、若だんなと連れだって三春屋をあとにする。
三春屋と若だんなの住まい、長崎屋はごくごく近所だから若だんなが一人で来ることが許されているが、
実際には散歩なぞほとんど許されないほど体が弱いと聞かされ、は失礼だとは思いながらもどこか納得したものだ。
若だんなは実に色白で、本当に―――本当に失礼千万なことながら、はカイワレ大根を連想してしまったのである。
「・・、このあと時間はあるかい?」
「うん、大丈夫」
実を言えばそこまで大丈夫でもない。
あんまり帰りが遅くなると、心配性のメガネ君があたりを捜し歩きかねないし、
真選組の紹介だなどと知れば、チャイナ娘が某サド王子に周囲の人を巻き込むケンカをふっかけかねないし、
最近妙に過保護な銀髪天パがこの先一週間外出禁止などというデタラメな命令を下しかねない。
けれど、は若だんなから話を聞かないわけにもいかなかった。
若だんなの後をついていき、目の前にした長崎屋はやはり途方もなくバカでかく。普段、自分が寝泊りしている場所を思えば、ここは犬小屋と芝居小屋にも喩えられそうだ。
「こっちだよ。私はこの離れに寝起きしているんだ」
若だんなにつづいてくぐり戸を抜ければ、そこには風雅な離れがお出迎えしてくれる。
この世界のことはよく知らないし、第一普段が暮らしている場所が"万事屋銀ちゃん"であれば、建物の善し悪しなどよくわかるはずがない。
けれど、そんなでもはっきりわかるほど、実に凝った造りの建物で。その壮観、ともいえる光景にごくりと生唾を飲む。
「若だんな! また栄吉さんの所に・・・・・」
その建物の中から顔を出した二人の青年は、の姿を見てぴしりと固まった。
「おや、仁吉も佐助も、二人ともいたのかい。珍しいね」
ピキッと固まった三者の空気に気づかない様子の若だんなは、袖のなかから鳴家を降ろしてやる。
離れにあがり、買ってきた大福餅を屏風の前に並べて呼びかけた。
「屏風のぞきや、出てきて食べないかい?」
すると、すぅっと屏風に派手な人物が姿を現し、訝しげに周囲を見渡してはぁとため息をつく。
「どうしたんだい?」
「・・・・若だんな、あれ」
屏風のぞきが指差したほうを若だんなが見やれば・・・・いまだ固まったまま三すくみの状態でぴくりとも動いていないではないか。
一体どうしたというのだろう、と若だんなが首をかしげ、二人の兄やたちの名を呼んだとき。
「わ、若だんなが・・・・っ、離れに女を連れ込んだ・・!」
愕然とした様子の佐助が震える口調でそう言えば、となりの仁吉が「まさか・・、そんな馬鹿な・・っ」と頭をぶんぶん振っている。
は真一文字に固く口を結び、その大きな目で手代たちを凝視して。
「何を言ってるんだい、佐助? は女なんかじゃ」
「若だんな、本気で思ってんのかぃ?」
屏風のぞきの珍しく真剣みを帯びた声音に、目を丸くしたのは若だんなだ。
「は・・・? え、だって・・男の子じゃないか」
「・・・・・ごめんなさい」
突然のからの謝罪。
酸素を求める金魚の如く、口をぱくぱくさせていた若だんなは、己のありえない誤解に呆然とした。
「え・・・、じゃあ、は・・・・・」
「俺、女です・・」
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