第3話


「本当に、すまなかった」
「いや、言わなかったの俺だし・・・気にしないでよ、若だんな」

本当の性別が若だんなに知れてからしばらく、彼はに謝りどおしである。 なにせ彼は、完璧にを男だと勘違いしていたのだ。 確かに、男物の着流しをゆるく着て、長い黒髪を頭の高い位置でひとつに結わえたは その中世的な顔立ちも相まって、男前と評判の仁吉にも劣らない色男で通る。 の主な行動範囲であるかぶき町界隈でこそ、その誤解は少なくなりつつあるが(が女だとわかってもなお、同姓からの人気はとても高い)、 真選組屯所を越えたこちら側はにとって未知の場所で、そんな誤解を受けるのも仕方がないか、 と自身は気にしていないのだけれど、若だんなはそうはいかなかった。

ただでさえ体が弱く、顔見知りも栄吉と比べてとても少ない若だんなは、同年代の女の子の知り合いなどほとんど皆無に等しい。 興味がない、などというのではなく、知り合う機会が病のせいであまりに少ないのだ。 そしてその、数少ない女の子の知り合いになるであろうを、完璧に―――ええ、そりゃもう完全に男だと思っていたのだから、 若だんなにしてみれば自分は見る目がないのだろうか、と思わずにはいられないのだ。

「・・・まぁ、自己紹介で"自分は女です"なんて言うわけないだろうね」

屏風のぞきのその言葉に若だんなは深いため息をもうひとつ漏らす。 を男だと勘違いしたのが自分以外にもいたのなら、ここまで凹まなかっただろう。 しかし実際、男だと信じて疑わなかったのは若だんな、ただ一人だったのだから凹み方も尋常ではない。

「女子がそのような口を利くから、そんな誤解が生まれるんですよ。若だんなが悪いんじゃありません」

ぴしり、と言ってのけたのは仁吉。なぜだか理由は知れないけれど、妙につんけんした態度の兄やに若だんなは首をかしげる。

「仁吉、そんな物言いをするんじゃないよ。悪いのは私なんだから」
「いや、ほんとに俺気にしてないから、もういいって」

苦笑を浮かべたは「な?」と念を押しつつ、その首を横に傾げる。 その時、結びきれずにこぼれている髪の毛の一房がついと流れ、その陰からこちらの様子を窺う黒曜石と出会って。 若だんなはその輝きに目を奪われ、数秒の間、まばたきをするのを忘れた。

「で、説明してくれるんだよな? 若だんな・・・・・・・・ってオーイ、話聞いてるかー?」

目の前でひらひらと手が振られて、若だんなはハッとしたように視線を戻す。 「どした? 具合悪いのか?」と心配そうに表情を歪めて尋ねるに大丈夫だと若だんなは笑いかけ、それでもまるで大熱を出したときのようにうるさい心臓に不思議を感じていた。 体の調子はよい・・・・・・と思うのだけれど、よくよく考えてみれば体のほうはなんてことないのに頭、というかむしろ顔だけが火照るように熱い気がする。 これは今までにかかったことのない病にかかってしまったのだろうかと若だんなが首を捻る隣で、屏風のぞきは口元に浮かんだ笑みをニヤリと濃くする。

「・・どうやら、若だんなにも春が来たみたいだねぇ」
「? 突然何を言い出すんだい、屏風のぞき。春がそこまできてるのはわかりきったことじゃないか」
「若だんなにも、って言ったんだけどねぇ・・あたしは」

呆れ顔のなかに優しげな表情をひっそりと隠して、屏風の付喪神(つくもがみ)は笑う。


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