第1話
「若だんな・・・大丈夫か? ツライ? 俺になにかできることない?」
「・・大丈夫だよ、。だからそんな、心配そうな顔をしないで・・・?」
若だんなの声は熱で掠れている。顔は赤く火照り、浮かんだ汗がつぅと首筋を流れた。
はくしゃりと表情をゆがめる。
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はこの日も、長崎屋の離れへ顔を見せにきていた。
最近になって、真撰組での仕事がない日でも頻繁に外を出歩くに、同居人の銀時は苦い顔を隠さない。
が、はどこ吹く風とばかりに"万事屋銀ちゃん"を後にし、スキップでもしそうな雰囲気で離れへの道をやってきた。
離れへと直接出入りできる木戸は、が顔を出すのによく使う場所。
それを若だんなはもちろん、鳴家も承知しているから、が声をかければすぐ木戸は開くのだけれど。
「あっれー? なんで開かないんだろ・・?」
今日に限って応答がない。木戸が開く気配もなければ、鳴家たちのきゃわきゃわという声も耳に入ってこない。
長崎屋の離れに住まう妖のすべてを引き連れて、若だんなは温泉旅行にでも出かけたのだろうか。
「もしもーし? 誰もいないんですかー・・・って、あ。開いた」
ギギギ、と音を立ててようやく木戸が開く。
開けてくれたのはやはり鳴家だったが、いつもなら複数の鳴家が協力して木戸を開けてくれるのに、今日はひとりだけで粘ったらしい。
木戸を開けてくれたらしい鳴家は木戸の隣で膝に手を置き、はぁはぁと息を切らしている。
マラソンランナーとまではいかずとも、中距離走破のスプリンターのようだ。
「今日どしたの? なんか忙しいわけ?」
その鳴家を抱き上げ、離れへと歩み寄る。
いつも世間から切り離されたように柔らかく、あまりに穏やかな空気を内包する離れは今、ぴりぴりした緊張に包まれている。
もしかしてタイミングが最悪だったかもしれない、とは今更ながらに思うが、ここで引き返すのも失礼な話だ。
「若だんなー、今日も遊びに・・・」
確かに、は最悪なタイミングで訪れたらしい。
離れの部屋で、若だんなは赤い顔をして床に臥せっている。明らかに、元気そうではない。
「・・小娘かい。まったく・・お前さんは本当にヒマ人だね」
若だんなの枕元で、水に浸した手ぬぐいを絞りながら仁吉が言った。
こんなときにでも毒を吐くのを忘れないのが、いっそ仁吉らしい。
「うるさい、ほっとけ。・・若だんな悪いの?」
「ああ。おとといから熱が下がらないんだ」
額に浮かんだ汗を拭いながら、仁吉が心配そうに若だんなを見遣る。
荒い息が口からこぼれ、頬は朱色を塗ったかのように真っ赤だ。
この様子では、今ここにが来ていることにも気付いていないかもしれない。
「・・・今日は俺、帰ったほうがいい・・よな」
「そうだね。若だんなの風邪をもらってお前さんが寝込んだりしたら、若だんなは今度こそ倒れてしまうよ」
まったくもってありえそうな話だ、と仁吉は思う。
もしも自分の風邪がにうつったなどと知れれば、に入れ込んでいる若だんなのことだ、お見舞いに行くと言って聞かないだろう。
それだけならまだしも、自分で看病するとも言い出しかねないし、もし本当に行くことになれば大量の見舞い品を持参することも目に見えている。
さりげなく、仁吉は日ごろからが居候しているという"万事屋銀ちゃん"なる場所のことを調べていたが、
その店主という人間はおそらく、純粋培養されてきた若だんなに影響を与えるに違いない。
それがいいとでるか悪いとでるかは仁吉には想像できないが、他出は増えるだろうな、という直感がある。
「またそんな大げさな・・・でも今日は帰るよ。ゴメン、忙しいときに邪魔して」
「まったくだね。時ぐらい見極めてほしいもんだよ」
「・・それはなに、時間さえ気にすればまた来てもいいってこと?」
うんざり、といった仁吉の視線の先で、がにやりと笑う。
「また今度来るって、若だんなに伝えて「・・・・・・?」
の足と言葉を止めたのは、いかにも弱弱しい若だんなの声。
聞き逃しかねないほど小さな声でも、仁吉やが逃がしてしまうわけもない。
「うん。俺だよ、若だんな」
「・・。会いたかったよ・・」
そろそろ、と布団から若だんなの手が這い出てくる。
反射的にその手を掴めば、若だんなの手はビックリするくらい熱くて、力が入らないのかくったりしている。
「ごめんな、大変なときに遊びにきたりして。また今度、来るから」
「・・かないで」
「え? 若だんな、もう一回・・」
「行かないでおくれ、・・・・」
思いがけない若だんなの言葉にがハッと息を飲み込む。
熱に浮かされているらしい若だんなはそう言ったきり、再び眠りの淵を落ちていってしまった。
すぅ、と若だんなの手から力が抜ける。
「・・・仁吉、どーしよ・・」
困ったように仁吉を見上げるの先で、彼はため息をついた。
熱に浮かされたうわ言だとしても、いやだからこそ若だんなの今の言葉は彼の本心に違いなく、そんな若だんなからを取り上げてしまうのは酷な気がする。
結局、仁吉の判断基準はいつだって若だんなの幸せなのだ。
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