歯車。

第1話


外が明るい。
心地よいまどろみを堪能していただが、瞼を通して伝わってくる光にその意識は浮上を強いられた。 脳の7割がまだ眠った状態では今日の時間割を脳裏に描き、午後からしか講義がないことを確認すると満足げなため息を漏らして意識を再び深淵へと沈めていく。 今日提出予定のレポートは昨日のうちにちゃんと済ませたし、溜まった洗濯物も片付けた。 掃除は今週末やるとして・・・・今日はまだ寝ていても大丈夫。お腹がすいたら起きよう―――

「おや今日は随分とお寝坊さんですね、

いや、いやいやいやナイ。これはナイ。
そんな、だって自分はこのワンルームマンションに一人暮らししているのであって、だからこんな朝の時間帯に自分以外の人間がいるなんてそんなことはない筈。 幻聴だ、幻聴に決まっている・・・・この声を作り出したのが自分の脳ミソだと思うと非常に腹立たしく、生ゴミとして捨ててしまいたくなるが、現実よりもまだマシである。
寝よう。きっと自分は疲れているのだ。 確かにここ最近、レポートが立て込んでいたし、自分で思っていたよりも疲れていたのだろう。 寝よう。前後不覚になるくらいまで、寝よう。

「ふむ、起きませんか・・。姫の眠りを覚ますのは王子のキスと相場が決まっています。仕方ありませ「ヒィイイイイ、おはようジェイド!」
「おはようございます、

まるで作り物のように端正な顔が、の目の前でにっこりと微笑んだ。


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「今日は午後から講義なのですか?」
「・・え、ああうん」

ローテーブルの上に並べられているのはトーストとサラダ、コーンポタージュ、オレンジの果実にドリップコーヒー。 とても一人暮らしの大学生の朝食とは思えないが当然である。 が自分で買った覚えがあるのはトーストだけで、レタスをはじめとした生野菜は保存が利かないのと高いのとで買っていないし、コーンポタージュなんて買うくらいなら肉を買う。 オレンジも然り。インスタントの粉末コーヒーで十分だとは思っている。
涼しい顔でサラダを口に運ぶジェイドをちらりと一瞥し、頭を抱えたい気分で一杯になる。 ジェイドの前に置かれたサラダはもうあらかたなくなったし、トーストもその胃袋に収まったらしい。 食後のコーヒーを優雅にすする彼の口からはおそらくそろそろ・・・・

。こんなこと言いたくはないですけどね、あの冷蔵庫はなんなんです?」

ほら、きた。

「・・・SHARPの小型冷蔵庫」
「買い与えたのは私ですからね、そんなことは知っています。中身のはなしですよ、中身の」

メガネの向こう側、鮮やかな紅い目にじろりと睨まれ、はトーストをもう一口かじる。 ため息を零したいのをぐっと堪え、はそれをコーヒーと一緒に飲み下した。

両親のいないにとって、ジェイドは保護者であり後見人である。 小中高と学費を払ってくれたのは他でもないジェイドで、大学にも行かせてくれた。 高校を卒業するまではジェイドの住むやたらでかい最上階のマンションの一室に住まわせてもらっていたのだが、大学進学と同時にはそこを出て一人暮らしをはじめる。 通えない距離ではないのだが、経験のためにもしてみたいと言ったにジェイドは
「まぁ、それも勉強の一環でしょうね。いいでしょう」
とお許しをくれ、しかも生活費まで負担してくれている。 血のつながりのある保護者よりもずっと金銭的な負担を負ってくれるジェイドには感謝してもしきれない程の恩を感じている・・・・が、それとこれとは別の話だ。

「野菜を食べなさい、とあれほど言っているでしょう? 冷蔵庫開けて牛乳と卵と焼きそばしかなかったときの私の衝撃を、は理解できないのですか」
「できない。だってそれ基本スペックだし」
「だいたい、焼きそばには普通キャベツなりなんなりが入るものでしょう。麺だけで食べるつもりだったとでも?」
「え、なんか話違くなってきてね?」
「まったく・・・こうして食材を持ってきていてやはり正解でした」
スルーですか。てゆーかこれジェイド持ってきたのかよ、朝っぱらからよくやるなァおい」

年々、ジェイドとの会話が成り立たなくなってきている気がする。

「・・・あのさ、正直聞きたくないんだけどさ」
「なら聞かなくていいんじゃないですか?」

爽やかドス黒笑顔で言われても困る。 ジェイドのこの笑顔に丸め込まれたら、最終的に花嫁衣裳を身につけていそうな危機感を覚えたのは確か、高校に入学してしばらく経った頃のことだと思う。

「なんでアンタここにいるわけ」
「いやですねぇ。アンタなんてそんな呼び方・・私にはちゃんと名前がありますが?」
「(・・腹立つコイツ) なんでジェイドがここにいるわけ」
「質問するならもう少し愛想よく言うべきでは? そんないかにも怒ってます、みたいな顔で言われても答える気になりませんねぇ」
「(・・・こんの腹黒変態鬼畜メガネ・・・・っ) どうしてジェイドがここにいるんですかーっ?」
「口元引きつってますよ、

ぶん殴ってやりたい。
できれば鈍器で、こう・・・ガツッと。ものすごく苦しい死に方して欲しい。 人間って生き物はいつだって殺意を持った殺人者になれるし、けれどその一線を越えるか否かを決めるのは倫理や常識ではなく、相手からの報復に対する恐怖なのだとはかなり昔に悟っていた。中学生の時分である。


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