第2話
「とまぁ冗談はさておき、ちゃんと鍵を開けて入ってきましたけど」
その返事には眉を顰める。
なぜならつい最近、はこの鍵をわざわざ大家さんに頼んで変えてもらったばかりなのだ。
油断した隙に合鍵を作られ、今朝のように部屋に入り込むのはもちろん、大学から帰宅したら夕飯が出来ていたことも、ガイや同じ学部の友人らと日付が変わるまで遊んで帰ったら、玄関に仁王立ちした目の前の男に数時間に渡る説教を食らったこともある。
これじゃあ一人暮らしをはじめた意味がない、とは即刻鍵の付け替えを申し出た(とりあえず、なんのために一人暮らしをはじめたんだお前、という質問は飲み込んでいただきたい)。
そしてそれが完了したのがつい1週間前。新しい鍵はいつも肌身離さずもっている。
お風呂に入っているときも、眠っているときもだ。
どうしてこんなにまで保護者を警戒しなければならないのか、自分でもよくわからない上になんだか哀しくなってくるが仕方がない。
相手はジェイドである。
「・・・どうして、って顔してますねぇ」
にやにやと笑うジェイドはまさに“うさんくさい”を体現していた。
「まったく、私の同意もなく鍵をかえるだなんて・・・よくそんなこと大家さんが許しましたねぇ」
「相手を説き伏せねじ伏せ従わせる説得術は、とある人の得意分野だからな」
「おや、見当もつきませんね」
わざとらしく肩をすくめ、はははと笑ってみせるこの男の下で幼児期から今まで育ってきて、よくひねくれなかったな俺、とは自分を褒め称えたくなる。
保護者がここまでひねくれていると、それに育てられた子供はたけのこのようにまっすぐ育たざるを得ないのかもしれない。
「ま、私に不可能はないってことですよ」
ちら、とジェイドが手の平に躍らせたのはどこにでもあるヘアピン。
・・・・どこにでもある、ヘアピン・・・・?
「っ!? ちょ、それ犯罪なんじゃ「犯罪ではありません。の保護者である私がどうしての部屋に入ってはいけないのです?」
「いやいや、いけないと思うよ俺。プライバシーって知ってる?」
「さぁ、無知で無学なこの老体にはサッパリです」
無知で無学な老人が、ヘアピンで鍵を破る技術を持っていて堪るか。
ジェイドにばれないように食費を削って貯めたお金で鍵の付け替えを頼んだというのに、しかももしもの場合を考えて合鍵の作りにくい複雑な鍵にするように業者の人に頼み込んだというのに、まさかヘアピンごときで破られるとは。
ここ数ヶ月に及んだ地道な努力を返してほしい。・・・・牛肉が食べたい。
「結構時間がかかりましたからねぇ・・・高かったんじゃないですか?」
鍵開けに掛かる時間で物の如何が分かるのか。
この人に常識というか法律を持ち出しても無駄だということを再確認させられてしまった。
ガックリとうな垂れるの頭をよしよし、よく頑張りましたねー(無駄な努力ですけど)といわんばかりに撫でながら、ジェイドは満足げに笑う。
「まだまだ、に負けてはいられませんよ」
そのセリフに釣られて目を上げたとき、かち合った紅の瞳は酷く優しい。
普段は人のことをいじってからかって遊び倒してなんぼだと思っているに違いないのに、突然そんな目をするのは卑怯だとはいつだってそう思う。
あんな目をされたら続けようと思っていた言葉は霧散してしまう。
けれどにとって一番腹が立つのは、がその目に弱いことをジェイドが自覚し、故意にしてみせていることを知っていてなお、あの目に出会うと何も言えなくなってしまう自身だ。
「・・・・ジェイド、仕事行かなくていいのかよ」
「ああ、そうですね。そろそろ行かなくては」
よっこらせ、と立ち上がるその仕草は35歳には見えないと突っ込むべきか否か。
見かけは20代後半で通るのに、中身は50近いジジイだ。
・・・まぁ、19歳の娘がいるようなものなのだから、中身がそのくらいになっているのも仕方ないのかもしれないけれど。
「ピオニーによろしく言っておいてよ」
「そうですねぇ・・・忘れなければ伝えておきましょうか」
「・・言う気ないだろ」
「さぁ、どうでしょう? でも会いたがっていましたよ。時間のあるときにでも、事務所に顔を出したら焼肉ぐらいおごらせましょう」
「・・・言葉の使い方、おかしくない?」
「そうですかぁ?」
くすくす笑いながら、いかにも高そうな革靴を履いたジェイドが彼とは到底不釣合いな玄関で振り返る。
その手に鞄を手渡す。と、当然のようにジェイドの大きな手が降ってきてくしゃりと頭を撫でた。
「じゃあ、いってきますね。」
「・・ん。いってらっさい」
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