第4話


「あーっ、濡れた。うわ、靴下ぐしょぐしょだし」

これ以上雨に濡れてその体温を奪われないよう、服の中に抱え込むようにしてきた猫を玄関マットにとりあえず下ろし、は中に水溜りができつつあるスニーカーを放り出す。 明日になっても乾かなかったら履くものがない、さてどうしたものか・・・考えるのも面倒になり、は靴の汚れを吸い込んだ靴下を脱ぐ。 裸足になるとその不快感も多少和らいだ気がした。 洗濯籠に靴下を放り込み、洗面桶にお湯をためる。 熱すぎず、ぬるすぎず・・・・猫にとっての熱いぬるいがどの程度なのかにはさっぱり見当もつかないが、「ま、こんなもんじゃね?」と考えるのが億劫になったところで猫をお湯の中にゆっくりとつけた。 目を覚ました様子も、お湯の中に沈む様子も見せないことに安心したは洗面桶ごと風呂場に持ち込み、飛沫の当たらなさそうな端っこに据える。

そうして自分は、雨にぐっしょり濡れた服をぱっぱと脱ぎ始めた。 自分がシャワーを浴びている間に猫に水死でもされたら困るという判断なのだろうが、それが心配ならお湯を含ませて絞ったタオルやなんかで冷えないようにしておけばいいだけの話で、なにもお湯につけたままにせずともいいのだが。 ものの15分程度でシャワーを浴び終えたは、かれこれ20分近くお湯の中につかったというのに未だ昏々と眠り続ける猫の体を乾いたタオルで拭きながら、もう一度改めて観察を始めた。

ダンボールの中で小さくなっていたときは確かに“捨て猫”らしかったが、こうして汚れを落とした姿は到底捨て猫らしくない。 オレンジがかった鮮やかな赤はサラサラつやつやで、普通よりも少し毛足の長い毛並みと相まっていかにも高そうに見えた。 首輪の一つでもあれば、十分お金持ちの家猫で通りそうなものだ。 この分だと飼い主を見つけるのは早いかもしれない、とどこか安堵したような寂しいような気にさせられてはそんな自分を少し笑った。

「あ、そだ」

洗面所からが引っ張り出してきたのはドライヤー。 お風呂上りにドライヤーをかけるような行動に出るのは勿論ではない。ジェイドだ。 ただひたすら黒一色のに対し、ジェイドの髪は明るい栗色。 肩の辺りまで伸ばされたその髪には枝毛の一つも見当たらず、羨ましいこと山の如しだ。
机の上にタオルごと置き、その中に小さくなっている猫に、遠くからドライヤーの熱風を当てる。 ここまでしてもまだ眠り続けるこの猫は、の想像に反してひ弱などではないらしい。 こうも昏々と眠り続けていられれば十分大物である。 十分乾いたのを確認し、その背中をそっと撫でる。 こんな珍しい毛色の猫・・・・お前の瞳は、どんな色をしてるんだ?、心の中でそっと呟き、は肘をついてかの猫をぼんやり眺める。 そうして―――だんだんと押し寄せてくる眠気にの意識は飲み込まれていった。


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―――・・ぃ、オイ! 起きろよお前!」

とろとろとした酩酊に身を委ねていただが、聞きなれない声を耳にしてその意識は急激に現実に引き戻される。 ジェイドだろうか―――いや、いくら年々その言動がセクハラじみたものに成り果てているとしても、仕事を放り出してまで自分をからかいにきているとは思えない。 というか、そんなことをしでかした暁には、今度こそあの鼻っ柱を一発ぶん殴ってやる。

「起きろっつってんだろ! 聞こえねぇのかよオイ!」

じゃあ、この声は一体誰の・・・? ぱち、と目を開けたの脳裏に咄嗟に浮かんだのは「泥棒」の文字。 が、よくよく考えれば泥棒が眠りこけている家主を起こすはずがない。 しかも見渡した部屋に人の影はなく、いるのはと拾ってきた猫だけである。

「・・・・幻聴?」

ついに自分もここまで病んでしまったか。
仕方ない、原因と思われるあの男に医療費をもらうことにしようと、どうしてだかすんなり納得し、尚且つ事後処理にまで意識を向けた。 だが次の瞬間、あまりの驚愕に叫び声も失った。

「勝手に幻聴呼ばわりすんじゃねぇよ! 俺が、このルーク様が喋ってんだよ男女!」

喋っていたのは・・・・拾ってきた猫だった。


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