眩暈。

第1話


みなさんは、声が出なくなるほどの驚愕というものを目の当たりにしたことがお有りだろうか。
例えば、この広い大学内で評判になるほどの男前で、背も高すぎず低すぎずのちょうどいいくらい、噂に聞く限り性格もいいらしい1つ上の先輩に突然「付き合ってほしい」、と告白されてもはさほど驚かない。 別にこういった出来事が日常茶飯事のように起こっているから、などがその理由ではなく、こんなことはにだって青天の霹靂である。 ただ、19年間を育ててきた保護者が、それを優に上回るイイ男なだけ。顔、背、学歴、職種、年俸オールオッケー(ただ惜しむらくは人格人柄が負の値を示しているぐらい)な保護者がついていれば、はその先輩を「はぁ・・・・すいません」の一言で一刀両断することが可能である。

けれどそんな無駄に肝っ玉の据わったは最近、“声が出なくなるほどの驚愕”を経験した。 猫が、偶然通りかかった公園で拾った猫が、喋ったのである。かの猫、名前をルークという。 鮮やかな赤の毛並みに、透き通る翡翠の瞳を持つこの猫はどうしてだか人語を解し、また操ることが出来た。
それがにとって初の“声が出なくなるほどの驚愕”体験である。 猫が喋る―――到底理解できないし、夢なんじゃないかと何度思ったか知れないが、夢にしては覚めるのがあまりに遅い。 ルークに引っかかれてできた傷はもうすっかりよくなっており・・・・は結局、ルークを飼う・・・というかルークと同居・・・というか、まぁ彼の面倒を見ることになったのである。

そして、今。
夢の世界から現へと意識を手繰り寄せたは、瞼を開いてそこに広がる光景に・・・・声を失うほどの驚愕を覚えていた。 ルークがここに来てから2度目のことである。

「(・・これは、きっと夢だ)」

そうだ、夢に違いない。ほら、夢の中で眠ったりすることって稀にあるし、きっとそれに違いない。 さぁ覚めろ、今すぐ覚めてくれこの悪夢! 覚めるなら今だ、ここで覚めないと二度寝・・・いや、夢の中でまたさらに寝るという自分でも訳のわからない状態になるぞ、さぁ覚めてくれ頼む。 お願いだから覚めてくださいマジで。

ー? まだ寝ているのですか?

ヒィ・・・!
夢の中で鍵破りしてまで会わなくてもいいじゃないか、だって今日は日曜日で大学は休みで仕事も休みで、だから久しぶりに出かけようかなんて話して・・・・・・・・・・・って嘘ォオオオ!?

「入りますよー、っていうかもう入っちゃってますけど」

ドア一枚を隔てた向こう側から響く声は疑いようもなく現実の声。
ってことは何、これ夢じゃないの、現実なのかよ本当に!? やばいまずいどうしよう俺今日死んだかもしれない、憶えてないけど母上父上、先立つ不幸をお許しください・・・ってアレもう死んでるのかな、じゃなくて!

「・・・? 開けますよ?」
「うわァアアア、ちょ、待ってタンマ! 開けちゃだめぇえええ!」

の叫びも空しく、押し開かれた扉の先で・・・・・・ジェイドが笑顔のまま時を止めた。




―――――無理もない。

19年間蝶よ花よと手塩にかけて育ててきた娘同然、いや最早それ以上ののベッドに、

見知らぬ少年が、

彼女のTシャツをしっかと握り、

にへらとだらしない笑みを浮かべ、

すやすやと、

素っ裸で寝息を立てているのだから(念のため言っておくが、彼は毛布に包まっている)。


コチ、コチ、と音を立てる時計の秒針は、こんなにもうるさいものだったろうか。 耳を澄まさなくても、己の心音が聞こえてきそうだ。 ツバを飲み込むことすら躊躇われるこの空気を、どう表現したらいいだろう。 ただ一つはっきりしているのは、この部屋に居続ける事と腹を切ることの2択を迫られた場合、自分は迷いなく腹を切るだろうということだけだ。 心臓が動いているという、その事実に感謝と後悔を同時に覚えるなんて。 指の一本を動かすこと、まばたきの一つをすること、それすら許可されていないかのような空気の中でただ一人、毛布に包まった少年だけが言葉を紡ぐ。

「・・むにゃ・・ー・・・・」

ぶちんッ。
―――は生まれてはじめて、他人の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。

「・・・・狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレ「ジェイドだめぇええ! 譜術はなしの方向でいこう!? 原作知らない人にも優しい感じの連載でいこう!?」

ふぉん・・・、というなれば魔方陣のようなものを足元に展開させたジェイドには縋りつく。 そんな彼女に、ジェイドは笑顔を向けた。 は思う。「あ・・・、やっぱり俺今日死んだなってゆーか、いっそ一思いに殺ってください」と、心から。

。到底私を納得させられるような言い訳なんてできないとは思いますが、とりあえず聞いて差し上げます。 けれど下手な言い訳などしてこれ以上私の機嫌を損ねないでいただけると嬉しいですね。それから言い訳次第ではに対する処遇は変わることもあるかもしれませんが、そこでまだぐーすかとぶっさいくなツラ晒して眠りこけている餓鬼は既に死刑と決まっていますから、下手な庇い立てなどしないほうが身のためですよ」

ごめん、見知らぬ少年。 俺はキミを救うことが出来ないようだ。
・・・・はいまだ布団に包まって幸せそうな寝顔を晒す少年に、両手を合わせた。


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