第1話
都心に程近い閑静な一等地。
駅からは徒歩4分、大型スーパーやドラックストア、日用雑貨を取り扱うホームセンターにファミレス、はたまたカラオケやボーリング場などが車で10分範囲内に揃っているなんとも住みよい場所。
「snow field ケテルブルク」は、そんな小高い丘の上に建った分譲型高層マンションである。
ジェイドの自宅があるマンションであり、数年前までも暮らしていたマンションだ。
「・・・なぁ、?」
「シッ。まだここエントランスだから喋るな」
小声で、けれど厳しい声音で告げられた言葉に、ルークは面白くなさそうに唇を曲げる。
少し大きめのボストンバックの中に押し込められたルークは、のアパートからこのマンションまでの20分間、じっとしていること、黙っていること、中の荷物にいたずらしないことを強制されていた。
彼のこれまでの生涯において、これほどまで我慢を強いられる20分はなかったに違いない。
というか、そんな我慢を強要されたところでルークが「はい、そうですか」とおとなしくしているはずがないのである。
が、このときばかりはルークはひたすら、に突きつけられた条件を守ろうと必死だった。
わがままルークをここまで従わせることにが成功したのには、もちろん理由があり―――ここで少し、時間は遡る。
「・・、・・・ッ! あれ、アレなんだ!?」
「んー? あれ・・って、さっきのテレビCM?」
ルークの言葉につられて目をやったには、そのCMを最初から見ることは出来なかったけれど、それがなんの広告であるかはわかる。
「遊園地だよ。最近出来たばっかだったと思うけど・・・・・って何その無駄にキラキラした目は」
「行きたい!」
「はぁあ? お前猫じゃん」
「猫関係ないだろ! 行きてぇもんは行きてぇの!」
「いや、猫関係なくないだろ」
「関係ねェよ! 満月の日に行きゃあいいんだから!」
これでもかと翡翠の目を輝かせ、自分で自分の発想に興奮しているらしいルークがに詰め寄る。
両者の間のテンション差の激しさには顔を顰めるが、ルークがこの程度で身を引くはずがない。
くるりと踵を返したルークはしなやかに床を蹴り、本棚へ飛び乗る。
「あ、バカ! そゆことすんなって言ってんだろ!?」と声を荒げるを完全スルーし、目指すはカレンダー。
「えーっと、次の満月は・・・」
月齢の書かれたカレンダーはそう多くない。それが大学生協で買った代物ならなおさらだ。
・・・このカレンダー、実は今年になって2代目のものだったりする。
去年の年の暮れも迫る12月。
久しぶりに事務所に顔を出したはそこで、マルクトファンド最高経営責任者であるピオニーから直接「これを使ってやってくれ!」と輝きに満ちた笑顔でカレンダーを渡されたのだが、―――到底悪ふざけとしか思えない、というかふざけるにしたって度というものを考えてくれと言いたくなる様なブツで。
マルクトファンドの社長が、こちらに向かってキラッキラした笑顔をちらつかせているカレンダー。
まさにジャニーズばりの、というかむしろ優るとも劣らない美形が、ばっちりカメラ目線で笑顔を振りまいているカレンダー。
・・・・・・・悪趣味にもほどがある。
けれど貰ってしまった手前、まるでブロマイドのようなそれを捨てるのも悪い気がして1月1日の昼間まで本棚に置かれていたそれは、ジェイドに見つかった瞬間ただの紙くずと化し―――そんなこんなで、今使っているカレンダーは大学の生協で買ったごくごくシンプルなものだ。
そしてそんな日付と曜日と国民の祝日が書いてあるくらいのカレンダーでどうして月齢がわかるのかといえば、今度はジェイドが影響してくる。
あの日・・・・新月と満月の日にルークは人型を取れるという事実が発覚したあの日、くどくどと2時間強の説教を繰り広げたジェイドは最終的に「これから満月と新月の日にチェックを入れますから、その日にはちゃんと対処をするように」とに血判を押させた。
カレンダーにはひと月に大体二日の割合、マッキー極太の赤で書かれた×印が鮮やかである。
×印で入れられたチェック、というところにジェイドの怒りがひしひしと伝わってくるが、当のルークにそんなものは関係ないらしい。
彼のこのキラキラした目にはどうも馴染みが薄い。彼女を育てた保護者が、キラキラした目・・・・・・・・恐ろしすぎて想像できない。
身体の芯から生じる震えが止まらなくなりそうだ。
だからどう対処していいものかわからず、この目にせがまれたら断れないというか。
「来週×ついてるぜ! この日満月だ!」
「・・・新月の間違いだろ? この前満月きたばっかでしょーが」
「あ、そか・・・ってどーでもいいんだよンなこと!」
「どーでもいいこたないだろ・・・・ってかなルーク、俺には大学があるんだぞ? いくらお前が人間になって遊園地行けるっつったって、俺に学校あったら連れていってやれないんだからな」
「えーッ、マジかよ! ・・あ、なんだこの日、日曜じゃん」
「マジかよ!」
そうして、これが条件へ結びつく。
今日、ジェイドのマンションまでの電車移動を含めた20分間、じっとしている、黙っている、いたずらしない―――この3つの条件を守り通せたら、遊園地に連れて行ってやるという話になったのだ。
「・・・お前、本当に遊園地行きたいんだな」
「・・・・・・」
「よく頑張ったよルーク。もう着くから、喋っていいぞ」
「本当か!?」
「・・限界だったんだな、お前・・・・」
間髪いれずカバンの口から顔を覗かせたルークに苦笑しながら、は彼の頭を撫でる。
ここまでされては連れて行かないわけにはいかないだろう。
まぁ自分としても興味がなかったわけではないし・・・いい機会だ、ガイでも誘って来週は遊園地に繰り出すとしよう。
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