寓意。


第1話


「なんだ、ルークは寝ちまったのか」

夕暮れの中、ガイは車を走らせながら注意深くルームミラーに目をやり、そこに映る姿に口元を緩めた。今空を染めている夕日よりも鮮やかで、開いたばかりの花弁よりも艶やかな紅の長髪をそのままに、ルークはの肩にもたれてぐっすり眠り込んでいる。首筋に触る髪がちくちくとこそばゆく、しかも17歳くらいの人型をとっているルークは決して軽くない。彼の重みはじわじわと、けれど確かにを疲れさせる。ルームミラー越しに出会うガイの目は今日の昼間の空のように透き通った青で、はそれをいつも綺麗だなぁと思うが決して本人には言ってやらない。おそらくガイ本人も、にそんなことを言われたりしようものならの正気を疑うだろう。自分たちはそういう関係だと、自身もそしてガイも自覚している。

「そりゃ、あれだけ遊べばね」

だんだん右腕全体が痺れてきたのだけれど、じゃあ今ここで健やかな寝息を立てるルークを押しのけることができようか?(いや、出来まい!) 初めての遊園地で見るものすべてにその翡翠の瞳をきらきらと輝かせ、移り気な心のままにとガイをあちこちへ引きずって行ってくれたが、逆に今には入場料とフリーパスをあわせた出費の、元はすべて取ったという実感がある。ガイはもちろん自分で自分の分を支払うが(もしも奴がおごれだなんて言ってきたら、はガイを刀の錆にする覚悟がある)、ルークの分は自分が出すしかない。正直、入場料+フリーパス料金を2人分というのはなかなかに痛い、これで結構ツライ、許されるのならば目の端に涙くらい浮かびそうなくらいだがそんな大人の事情はルークに告げられない。あ、あんなキラキラした翡翠の瞳に「こ、今月ちょっと厳しいからフリーパス勘弁して・・!」なんてどうしても言えなかった。こうなったら最終手段である。時間のあるときにジェイドを訪れ、さりげなく今月の生活費を稼ごう・・・なんて自分のこんな浅はかな考えは、あの鬼畜眼鏡にはすべてお見通しなのかもしれないが。

「にしても、そうしてると普通の人間なんだがなぁ」

ガイは今現在17歳の少年にしか見えないルークが、実は猫であることを知っている。はじめてそれを説明したとき、「熱でもあるのか」と心配3%、同情10%、残り87%全て憐憫で構成された目を向けられてイラッとしたが、猫ルークが人の言葉を発したとき、彼の中の常識が音を立てて崩れていくのをも隣で聞いていた。

「まぁ、どっちにしても可愛いから俺はどっちでもいいんだけどさ。多少生意気だけど」
「・・ったく、そんな台詞ジェイドの旦那に聞かれたらタダじゃ済まされないな」

そう苦く笑うガイは、自身が高校2年生のときに偶然経験してしまった、出来れば経験したくなかったタダじゃ済まされなかった出来事を振り返って思う。テスト前、わからないことがあるから教えてくれとに泣きつかれ、2人して公営の図書館に行ったその帰り。出入り口の近くに国産最高クラスの車(TOYOTAのクラウン マジェスタ。600万超!)が横付けしてあり、それにもたれるようにジェイドが立っていたのである。ちなみにはその特異とも思える容姿と無自覚な女タラシ発言により、県立深淵高校の人気をガイと二分していた。そのの噂として付いて回っているのが、彼女の保護者の存在で、噂の中身といえばこれまた女子が好みそうな「にはにも負けずとも劣らないお金持ちで美形な保護者が付いており、しかも現在進行形で二人っきりで暮らしていて、傍から見るとなんか正直ヤバそうな雰囲気がごちそうさま」だとかなんとかで、今にして思えばその的を射た噂の出所は実はジェイドなんじゃないかとガイは思ったりもするのだが、とにかく。曇り一つなく磨かれた高級車と、きちっとスーツを着こなす姿は確かに噂どおりならしい。

「あ、ジェイド!」

パッと表情を綻ばせて走りよっていくを見ながら、やはり“アレ”が噂のジェイドかとガイは目をやり―――絶対零度の微笑に凍りついた。遠くからでも一目で分かる、蜂蜜色の長髪に酷く整った面立ちはなるほど噂と寸分違わない美形だが・・・そんな美形から繰り出される殺意すらこもった笑みは、チェーンソーを持ったジェイソンよりも殺傷力に満ちていた。まるで歯車が噛みあわなくなった機械人形のようにガチリと固まってしまったガイには気付かない。

「どしたの、仕事は?」
「ええ、今日は運よく早く終わりまして。はこんな所で何を?」
「勉強教えてもらってて・・・・てかさ、なんでジェイドはここにいんの?」
「ええ、偶然見かけまして」

このときは、自分の携帯がGPS機能を搭載している機種だということを知らなかった。

「それで、あちらの方は?」

スッと合わせられた真紅の瞳に、ガイは少なからずぎょっとした。いや、その人間離れした瞳の色も原因の一つではあるが、「フッ・・私としたことが、クセであちらの“方”などと敬語を使ってしまいました汚らわしい。まったくが無防備だからってそこにつけこむとはいい度胸ですね、後悔させてあげましょう」なんて声が聞こえた気がして。
結局、そんな敵意剥きだしの、背中見せたら背後からぐさりとやられそうな予感に襲われたガイを救ったのは、彼の女性恐怖症という難儀な体質だった。ガイのこの体質は勿論それ相応の理由があるのだけれど、彼のは女性と握手することすら満足に出来ないほど重度で。何かしらの事故でぶつかってしまうとか、そういう触れ合いでも全身をがたがた震わせて逃げる。なのに手に負えないのが、ガイは同様、無自覚なまま女の子の心を鷲掴みにするような台詞を真顔で抜かすことだ。ガイ自身、どうしてこんな体質の自分がやたら女の子に好かれるのか正直訳がわからないが、周囲の人間にしてみれば訳がわからないからこそタチが悪い。


Tales-novel/next