第3話


待ち合わせの校門前に止まった車はジェイドのものではない。は自身の目の前で止まったその車に一瞬首を傾げたものの、けれどすぐに思い当たって苦笑を浮かべた。小さなモーターの音を立てながら開けられた助手席の窓。そこから覗く顔は、

「よっ! 久しぶりだな、

小学生のころからほとんど変わらない容貌を維持する、ジェイドと同じ類のバケモノ、ピオニーである。34歳には到底見えないのだが、彼が発散する「大人の男」なオーラは着実に年々増加していて、は校舎からかすかに届く「キャー!」という黄色い声を聞かないようにするので精一杯だ。ジェイドだけでも十分噂の標的になっているのに、これにピオニーが加われば鬼に金棒、キャサリンにネコ耳も同然である。これで週明けの月曜日は終日、質問攻めで自由を封じられるのは決まった。

「どしたの、なんでピオニー?」
「今日は仕事が早く終わってな。久しぶりに俺のの顔も見たかったし」

真に受けてはいけない。コイツは基本的に女好きである。

「仕事抜け出してきた、の間違いじゃねーの?」
「おま・・随分見ないうちに、ジェイドと同じような口を利くようになりやが「何ソレどーゆー冗談!? やめろよ、不吉すぎて笑えない!」

シートベルトを締める間に車は緩やかに発進する。さすが高級車、シートに伝わるのはごくわずかな振動だけで、エンジンの音はほとんど車内に響かない。車の運転において慎重にみえるのはジェイドだが、より安全なのはピオニーだ。ピオニーは追い抜きをかけられると「俺に挑もうってのか・・いい度胸だな」と呟くや否やその口元をにやりとゆがめ、一瞬後にはアクセルを踏み込んで車は伸びやかに加速する。ぐん、とGがかかってシートに体が沈み込むのを感じると、自分の顔が引きつるのがよく分かる。が、それでもジェイドよりましだ。ジェイドは運転をしながら全く別のことを考えていて、時に常人よりも遥かによく出来た思考の中に入り込みすぎて視覚情報を処理しないのだから。交通量の多い交差点に信号無視して進入して、「あ、死んだかもしれない」と助手席で酷く冷静に考えたことも少なくない。が、幸か不幸か警察にそれを見つかったことも事故になったこともなく、「おや、またやってしまいましたか」の一言で終了。まったく悪運の強い奴である。その助手席に座って15年、事故に遭遇したことの無い自分も。

「ジェイドに聞いたぞ。深淵大受けることにしたんだってな」
「うん。ガイもいるし、あそこの農学部ちょっと面白そうだし」
「そうか。ま、無事に合格したらこの俺がご褒美をくれてやろう」
「言ったな? 絶対忘れんなよー」

ジェイドが保護者なら、ピオニーは兄貴である。小学1年のときにあんな風変わりな出会いをしてから、彼はたびたび遊びに訪れ、構い倒してくれた。彼らの幼馴染であるディストに引き合わせてくれたのもピオニーで、ジェイドはそれを酷く嫌がり、ディストがいる前で「、ヒステリックがうつりますから会話をするときには最低1m距離をとりなさい」なんていけしゃあしゃあと抜かしたりもしたが、それが親しさのなせる技なのだというのにが気付くのは早かった。ジェイドが海外留学している半年の間、はカーティスの本家に預けられていたが、そんなをしょっちゅう外に連れ出してくれたのはピオニーとディストの二人だ。

「そーいえば、最近ディストと会ってないなぁ。アイツ、教授になる話蹴ったんだって?」

ディストはオラクル大学理工学部の准教授で、その筋ではかなり名の知れた研究者ならしいが、をはじめとする人間にしてみれば「洟垂れ」「ストーカー」「マゾ」に過ぎない。研究論文が学会で高く評価され、教授の話が舞い込んだが「自分の研究が出来なくなるのが嫌」だとか何とかでその話を蹴った、というのは彼らにとって「ディストのくせに」という一言に尽きるのだ。

「ああ。相変わらず研究室に引きこもってるらしいぞ」
「今度強襲かけよっか」
「いいな、やるか」

その時、制服であるスカートのポケットの中で携帯が着信に震えた。ピオニーに一言ゴメンと告げて、は携帯を手に取る。

ですか!? 貴女、深淵大に行くことにしたそうですね!?」

耳と携帯との間に3cm以上の距離をとっても、何の問題も無く聞き取れそうな叫び声が鼓膜を突いた。キィイインという耳鳴りを感じながら、ヒステリックな声の主に負けじと怒鳴り返す。こいつ・・・やたらテンションの上がったディストは、制止をかけなければ1時間ぐらい平気で喋り倒せるのだ。誰の相槌も無かろうと、返ってくる言葉が野次と罵声の嵐だとしても、むしろ誰も聞いていなかろうと。

「るっさいストーカー! いきなりソレかよ、他に言うことあるだろ!?」
「おや、それもそうですね。お元気ですか、?」

このディストという男は、ジェイドをも凌ぐマイペース人間だ。

「お元気でしたー。たった今、耳がイカれる前までは」
のことだ、風邪の一つもひいてなさそうですね!」
「・・・否定できないことがこんなに悔しいだなんてね!」


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