彼女と猫のこんな日常。
6-1
ピピピ・・ッ、ピピピ・・・・ッ
突然、とろとろとしたまどろみの中に入り込んできた電子音。だんだんと大きくなっていく不愉快極まりない騒音には思い切り表情を歪め、けれどもはや無視することもできない音量になったそれに逆ギレするような形で跳ね起きた。枕元で朝っぱらからぎゃんぎゃん騒ぎやがって、と己の携帯を口汚く罵るが全くの見当違いである。ここまで罵倒されるのは、目覚ましのアラームにしてみれば濡れ衣に他ならない。
「んーッ、朝かぁ・・・・てか寒っ」
ふぁああ、と大きな欠伸を一つし、背伸びをしたはそこでようやく自身の隣にある違和感に気が付く。どうりで寝返りが打ちにくいわけだとぼんやり思った後、室内の冷えた空気も手伝って彼女の思考は完全に覚醒した。
「・・・・・え、ルーク?」
の隣には、人型ルークが素っ裸で転がっていた。「なんで?」と思うより早く、毛布1枚越しとはいえ自分の身を覆った冷気にルークがぶるりと身を震わせ、は咄嗟に彼に布団をかけなおす。目が覚めた気配はない。彼の思考がまどろんでいったのが手に取るように分かる。
「今日、満月じゃないのに・・・」
おかしい。ルークが人型になる夜もジェイドには内緒で、はルークと一つの布団に包まっているが(もしもバレたら、保健所に連れ去られることは必至である)、眠るのはルークが人型になった後だ。寝ている最中に人型になられたら、は一晩素っ裸の美少年と床を共にしていることになる
―――それはさすがにマズイ。そのなんだ、色々と・・・例えばサーバーの規約上あんまりよろしくない。第一、目覚めたときにものすごくビックリする。そう、それは言うなれば今朝のように。
「なんで? 先週なったばっかじゃなかったっけ」
とりあえずルークを起こさないことには話が始まらない。先程は反射的に起こさないようにしてしまったが、仕方がない。不機嫌な顔をされることを承知で、毛布から覗いているむき出しの肩にの手が触れたとき。
「・・・・なにこれ」
じかに触れた肌が酷く熱い。はっきりそれとわかるほど、ルークの体は熱を帯びている。
「ちょ、ルーク? こっち向け」
自分のいる方とは反対側、壁に向いて丸くなっていたルークに無理やり寝返りを打たせる。ようやく対面した美少年は、その鮮やかな朱色の髪に負けないほど顔を赤く染め、とてもじゃないが穏やかな眠りについているとは思えない姿を晒していた。うっすらと開かれたカサカサの唇からは荒っぽい吐息が漏れ、額がじんわりと汗で湿っている。状況が状況ならなんて美味しい、「え・・・もしかして俺、攻め?」な光景だが、いかにも苦しそうに呻く聖なる焔の光を前にそんなヨコシマな考えは浄化される。
「大丈夫か、ルーク? 今だけちょっと起きろ、てか服を着ようかとりあえず」
哀しいことに自分はやはり、あの変態鬼畜メガネに育てられたのだと納得してしまったはしかし、そんな考えをおくびにも出さなかった。子は親の背中を見て育つのである。
「ん・・・・?」
うわ言のように、ルークが熱っぽく名を呼ぶ。今のルークに名前を呼ばれたら、百戦錬磨のキャバ嬢もオチるんじゃないだろうかなんて、そんなのは今どうでもいいことだ。とろんとした翡翠の瞳は起き抜けだということをなしにしても弱々しい。しばらくして自分が人型であることを認識したらしいルークは、頭上に「?」をいくつも飛ばし、途方に暮れたようにを見た。
「ルーク、お前熱がある。とりあえず一回汗拭いて、服着て、それから休め」
「・・俺、なんで・・・?」
「わかんない。もしかしたら具合が悪いのも影響してるのかもしれないけど、今は後回し。起きられるか?」
どうやら相当にきついらしい。いかにも億劫そうに起き上がったルークは、彼なりに状況を把握しようとしているらしいが、熱に浮かされた頭ではそう上手くいかないだろう。精気を失った翡翠がぼんやりと己の両手を見下ろし、やがて面倒くさくなったように大きな溜息を吐き出した。
「汗そのままにしてたら気持ち悪いだろ? ほら、これで体拭いて」
「・・ん」
のろのろと汗を拭うルークを視界に入れないようにしながら、現状を把握するためは思案を巡らした。今日は予定日では・・・・いや、なんか妙な表現だけれど、ルークが人型になる満月の日ではない。ルークがここに転がり込んできてから数ヶ月が経ったが、こんなイレギュラーは初めてだ。立てられる仮説は3つ。一 ルークの体調の変化による突然の変異。二 昨晩、知らないうちに変異を引き起こすような物質を体内に取り込んだ。三 元々、変化の周期は浮動的なもので、内的・外的要因によって周期には長短の変異が生じるものである。このうち、二については否定が可能である。昨日の夕飯は前の晩の残りものだったからだ。拾い食いをした、というのも考えられなくはないが、基本的にお高く留まっている節のあるルークはゴミ漁りなんて絶対しないし、信頼する人間の手からしかものを食べないので可能性としては低いだろう。三については確かな反証があるわけではないが、そうすると月の満ち欠け以外にも依存するものがあるということになり、ルークがそれを把握していないのはおかしな話だ。
novel / next