Kano-neko
7-1
その惨劇は、とある男の不用意な発言と、とある少女の無邪気な行動が発端となって幕をあげた。とある男の名はピオニー、とある少女の名は
――当時彼女は小学校に通い始めて一年目の、謀略や策略とは縁遠いところをてけてけ歩く美少年風の美少女なのだが(このときは髪も伸ばしておらず、近所の男の子たちとイタズラをして回る程度には悪ガキだったが)、まだ保護者やその友人たちによる影響を受けることなく、純粋無垢な心をどうにか維持していた。今回の場合においてはそれが逆に仇となったわけだが、決して彼女に非はない。磔獄門の刑に処されるべき被告はピオニー(23)、神にも愛されるであろう見目麗しい容姿を持って生まれたジェイドの悪友である。
「そんでなー! オレも同じことしてこーちょー先生におこられたのに、先生リヒティばっかりおこるのっておかしくない?」
大学院に進んだジェイドは、以前にも増して忙しい。朝も早くから研究室に向かい、帰ってくるのはがソファの上でうとうとしはじめる時間がほとんどで、研究室に泊まりこむことも珍しくない。だから必然的に、7歳になったばかりのはだだっ広いダイニングでひとり夕飯を食べることが多いのだが、そんな現状に子どもは不満のひとつも漏らさない。来年には半年間の海外留学に行く予定も入っているし、一日中動いても次の日に自由な時間を確保するのが難しい今、ジェイドはに理解を求め、もそれをりかいした。けれど、これでもかと脳細胞を酷使し、疲れを滲ませながら帰ってきた我が家のソファでころんと丸くなっている子どもの姿に、ちりちりした罪悪感をおぼえないのは嘘だ。
だから罪滅ぼしというわけでもご機嫌取りというわけでもないが、時折ジェイドは多少の無理をしてでも週末に時間を作り、と過ごすことにしている。普段は寂しさを顔に出さない子どもが 「今日はゆっくりするとしましょうか、」 と告げたときに見せるはじけるような笑顔を、ジェイドは無意識のうちに楽しみの一つに数えていた。
――・・が、彼らのそんな穏やかな時間を最近蝕むものがいる。大学の先輩であり幼少からの幼馴染であり悪友であり、ジェイドに言わせれば女好きのセクハラ男とか奔放な遊び人とか、まぁいろいろと呼び名はあるがとにかく、とはじめて出会ったときにその保護者によって通報されそうになったピオニーその人である。
初対面時の印象があんまりにも突飛だったことやピオニー自身の性格も相まって、は非常に良く懐いている。夕飯と入浴を終え(「よーし、一緒に風呂入るかー!」 との手を引いたピオニーを、ジェイドは満面の笑みで踏みつけた)、パジャマを身につけた子どもはピオニーの膝のあいだにちょこんと座って斜め上に彼を見上げ、最近学校であった話を楽しそうに繰り広げる。
「んー? おまえ、校長先生に何怒られたんだ?」
「えっ・・」
「校長室の金魚で、金魚すくいしようとしたんですよねぇ、?」
は小学一年生にしてすでに、稀代のイタズラ小僧として職員室でかなり有名になっていた。見てくれは決して悪くないし、頭もとてもいい子なのだがそのエネルギーを悪ふざけやイタズラに注ぎ込み、女の子ながらに男の子たちのリーダーとして頭角を現しつつある。そのイタズラが無邪気で快活な子どもらしさに満ちたものであるおかげか、有名でありながらも風評はそこまで悪くない
――いつ保護者召喚という連絡が来るかとジェイドは半ば諦めにも似た覚悟をきめていたのだが、“めいわくをかけない” というのを頑なに守りぬくあたり、この子どもは無能ではない(金魚すくいの件では、れんらくちょう に校長直々の注意を添えられただけで終わった)。
「あっはは! なるほどな、それを担任の先生に怒られたのか」
「・・オレじゃなくて、リヒティがだよ。こうちょう先生は同じだけおこったのに、それっておかしいだろ?」
「あー・・・、もしかしてお前の担任って、女の先生でしかも若かったりするのか?」
「え? うん、そう」
素知らぬ顔で 「おかしな話ですねーっ」 とに笑いかける白々しい後輩の足を、子どもには見えないよう細心の注意を払いながらピオニーが踏みつける。の少々複雑な生い立ちと現状についてはちゃんと連絡がいっているだろうし、が小学校に入学する際、ジェイドが何度か足を運んでいたのをピオニーは知っている。それに家庭訪問とやらもあったという話だし、ジェイドが担任と顔を合わせていることは間違いない。基本的にこのジェイド・カーティスという男は常に酷薄な笑みを白皙に貼りつけ、他人の三倍以上はやく回る頭で皮肉と嫌味を繰り出す人間毒舌兵器だが、必要とあらば相手に対する自分の印象をプラスのみで構成することなど朝飯前だ。
――そして目の前の胡散臭い死霊使いは、ほんのわずかな躊躇いも逡巡もなくそれを実行したのだろう。自分と、の利益のために。
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まさかこんなところでリヒティに出会うなんて思ってもみなかった。