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Kano-neko

7-2



「まぁ・・・先生だって人間だからな、そういうことだってある」
「・・でも、へんだよ」
「そうだな、の言うとおりだ」

表情を途端に曇らせるを、ピオニーは正面からぎゅむーっと抱き締めた。腕の中でけらけらと笑い声を上げる子どもに、おとなの世界のあれこれを理解するのは無理だろうし、その必要があるとも思わない。“教師” というのはある意味でただの職業に過ぎず、常に正しいことを言うわけでも行うわけでもないことを、小学一年生に理解させるのはあんまり酷だ。ただ、そんないたいけな子どもに、妙な違和感を感じさせる遠因を作ったジェイドには思うところがあるのだが。

「そんで、へんなのーって思ったから、「・・先生にそれを言ったのか?」

それはさぞかし答えづらかっただろう、とピオニーは薄く笑う。あなたの保護者さんに気があるからです、なんて言える教師がいるなら見てみたい。けれどはふるふると首を横に振り、どこまでも無邪気な声でこう言った。

「引き出しのなかに、アリいれといた」

一瞬の沈黙、突き抜ける夏空のように透き通った青い瞳をぱちぱちとまたたかせたピオニーは直後、何かがはじけたように腹を抱えて笑いだした。さすがというかなんというか、一筋縄ではいかないあたりは育ての親を継承している(それがいいことなのか悪いことなのかはとりあえず置いておくとして)。

「・・・ほんと、誰に似たんですかねぇ」

その話をすでにから聞いていたし、れんらくちょうの注意にも目を通していたジェイドはため息混じりに、けれどどこか楽しげにそういった。ジェイドとしても、子どもが抱いた違和感の原因に自分が振りまきすぎた愛想があることは重々理解している。下手に毒を吐いて悪い印象を与えるのが今後にいい影響を及ぼすはずがないと思っての行動だったのだが、を叱るのをためらうほどの好意を抱かれてもはっきり言って迷惑極まりない。なかなか上手くいかないものですねぇ、と憂いを帯びた表情で嘆息するジェイドだが忘れることなかれ、彼はまだ22歳である。

「すごいな、は。うん、さすがは俺の未来の花嫁だ」
「誰が誰のなんですって?」

目尻にうっすら涙を浮かべたピオニーは腕の中できょとんと首を傾げるを見返し(白皙に笑顔を貼り付けたまま深紅に殺意を宿したジェイドはもちろんスルーで)、その小さなひたいに自分のそれをコツンと押し付ける。驚いたように目を丸くした子どもは、しかし身を引いたりしない。黒曜石のような瞳に不思議そうな色を浮かべて、ピオニーの頬にぺたりと手をあてた。

「ははっ、笑いすぎて腹がいたいな」
「? ピオニー、はらいたいの?」
「ああ、のせいだ。どう責任とってくれる?」

ピオニーの言葉にひゅ、と息を呑んだ子どもは目を伏せ、おどおどと視線を漂わせている。いたいけな子どもの困惑を楽しむ、どこまでも大人気のない節操なし ピオニー(23)。やはりこのひととを近くにおいておくことは、の情操教育に多大な負の影響を与える。逃げ出そうにも後頭部をがっちり押さえられ、かつ背中に回されたたくましい腕に阻まれて逃げ出せずにいる子どもを見て、ジェイドは危機感にも似た思いを強くするが、その子どもが耐え切れなくなって自分に助けを求めるのを待っているあたり、ジェイドもろくな大人ではない。子どもが自分の名前を呼べば、この節操なしをすぐにでも消し炭にする用意を整えていたジェイドだが、その余裕はピオニーのとんでもない一言でタービュランスに巻き込まれたかのごとく吹っ飛んだ。

「ど、どーすりゃいいんだよ、」
「そーだなぁ・・・・・・・・・・がちゅーしてくれれば、治ると思うんだが」


天光満つるところ我は在り 黄泉の門開くところに汝在り いでよ、神の雷! これで終わりです・・っ、



OLVゲージが溜まるのは一瞬だった、「さぁ、行きますよ?」 の一言もなくオーバーリミッツ状態になったジェイドが、秘奥義(インディグネイション)の詠唱にはいるのも一瞬だった。まばたきをするよりも短い時間に消し炭にする用意を、髪の毛の一本も残さずに灰塵へと帰す準備を整えた彼が最後に技名を叫ぶために、すぅ、と息を吸い込んだその時。

―――・・きょとん、と首をかしげたがごくごく当たり前のように、「うん、わかった」 と答えたときに身柄を確保しておけばよかった。ジェイドはそのことを10年以上が経った今でも時折悪夢に見るくらい悔やんでいるのだが、その時は秘奥義の詠唱に入っていたこともあって実行に移せず、ということはつまり、ええとなんといえばいいのやら、だからその・・・・・7歳の子どもは信頼している大人に対して何の疑いも抱くことなく、むしろ腹痛から救うつもりで、彼の要求に対して100%正解でありながら200%間違いの行動で応える。


それはまるで、小鳥がえさを啄ばむようなキスだった。


ただ、ここで大切なのはの背中には翼など生えておらず、くちも嘴には覆われていないということで、問題なのはえさが23歳のオスだったことだ。まばたきをすることすら忘れて完全に時を止めたふたりの大人のあいだで、は顔の面積の割に大きな目という子ども独特のそれをぱちくりさせて、きょときょとふたりを見比べている。目の前で手をヒラヒラさせてみても反応ひとつ返ってこなかったことから、子どもはとても冷静に状況を判断した。

「・・・ピオニー、まだはらいてェ?」
「治った治った、もう全然元気だぞはさすがだなーあっはっは・・・・・・よしわかったジェイド、とりあえず話し合おう」

グーングニルの槍を構えた子どもの保護者に、ピオニーは両手を挙げた。高々と槍を掲げたジェイドはいつもと同じように、もともと整ったつくりの白皙に笑みを浮かべている。目から下だけ見ればひどく端整な微笑と言えなくもないが、メガネの奥の深紅がまったく笑っていないために一般的な “笑顔” からは程遠い。背景に背負った嵐と虎と龍と鬼と般若とサタンが見事なまでの融合を果たしている――が、そんなジェイドの反応でピオニー被告(23)はとある可能性に気付いてしまった。


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