Colorful
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あのパーティ会場でロックオンと顔を合わせたときから、いつかこんな日が来るんじゃないかという気はしていた、悪寒はしていた。しかも聞いた話だとロックオンはジェイドの直属の部下ということだし、陰険ジェイドが本気でロックオンから情報を引き出そうとしたとき、彼の口はおそらくコンビニの自動ドアより簡単に開いたに違いない。その点ではロックオンを責めるわけにはいかない、むしろそのとき受けたであろう心的外傷が彼の心に深く根を下ろさないことを祈るだけである。
「おやぁ、随分と穏やかではありませんねぇ。何から逃げるんです?」
耳にするりとなじみ、しっかりした存在感を放ちながらもゆるゆると空気に溶けていくその声の主。カラクリ人形のようにぎしぎしと軋んだ音を立てながら首を回したの視界に、にこにこと朗らかに笑んだ白皙が立ちふさがっている。の目から見ても四捨五入すれば四十歳になるとは思えない彼女の保護者は、肩まで伸びる栗色の髪をさらりとなびかせ、メガネの奥で深紅の瞳を瞬かせている
―――は振り返ると同時に走った、一目散に走った・・・・目指すは一路、ベランダの向こう側に広がる青い空である。

町の外をうろうろしているだけでエンカウントするモンスター相手にすら時折失敗するコマンド 「にげる」。ラスボス級の敵を前にそれが通用すれば苦労はしない、そんなうまい話があるわけがない。あと一歩でベランダのコンクリートを踏みしめる、というところで首根っこをつかまれたは、「ぐえっ」 というカエルが潰れたような声とともにもんどりうって床に転がった。飛び出そうとした勢いが勢いだったために、動きを無理やり静止させられた反動も予想外に大きかったためである。
「
――・・何から逃げるつもりだったんです? 、」
床に這いつくばるような姿勢のまま、は頭上から降ってくる言葉の氷雨に首をすくめた。今ここで顔を上げても、おそらく目の前の年不相応な白皙は見惚れるほどの微笑を浮かべているに違いない、・・・顔の下半分だけで。
「逃げるということはつまり、なにかやましいことがあると受け取っても?」
「・・・・・・・っ、」
理由という名の言い訳を並べようと開いた口は、かぶせるように投げかけられる言葉に意味をなくす。
「というか、こんな朝の時間から年若い男女がひとつの部屋にいる現状がすでにやましいこと極まりないと思うんですが、貴方はどう思います? ピオニー」
「そうだな。それに見た限り二人ともまだパジャマ姿のようだし・・不幸中の幸いなのかどうか」
さ い あ く だ 。
ジェイドの影からぬうっと姿を現したのは彼の十年来の親友で悪友、にとっても決して仲の浅からぬピオニーその人である。ジェイドとピオニーの二人がタッグを組んだら最後、自分の息の根など鶏のそれを絞めるより簡単に、蛇口をひねるくらいの容易さできゅっと一捻りされて天寿を迎えるに違いない、・・これを天寿と言っていいのかどうかは置いておくとして。
「こ、こここれには深い事情がありま、して、」
「道端で倒れていた彼を拾った、なんて見え見えの嘘をつくのはやめてくださいね? 反吐が出ます」
「・・・!」
プレッシャーにも似た重々しい本気の怒気に中てられて声も出ない。基本的にジェイドという男はその白皙に浮かべた薄っぺらな微笑と飄々とした態度で周辺の波風を柳のように受け流し、自身が有能である分だけ他人に期待を寄せない人間だ。だからジェイドは本当の本当に “怒る” ことが少ない、怒ることに費やすエネルギーがあるのなら自分でやってしまったほうがよっぽど効率がいいことをジェイドは自覚しているのだ。・・はそれを十分よく知っている、そしていつの時代どんな場所でも 無知 というのは最強の矛であり最強の盾であり、自決用の銃弾になるのである。
「・・先程から聞いていれば、一体なんなんですか貴方たちは」
口を開いたのはティエリアだった。その隠そうともしない苛立ちの滲んだ口調にぎょっとして声の主を辿れば、風に翻る紫苑のかげで深紅の瞳が剣呑に閃いている。・・・・・・あ、これヤバイ。の頭の中に空襲警報が鳴り響き、彼のズボンの裾を握るより一瞬はやく。ティエリアは次の台詞を放っていた。
「勝手に人の家に入り込んでおいて、よくそんな偉そうな口が利けたものだ」
「おやぁ? その言葉を貴方に言われるとは、少々予想外ですねえ」
「少なくとも俺は、これの許可を得ています」
「・・・・“これ” ですか」
ちょ、春先にブリザード吹いてんですけどォオオオ! 舌鋒凄まじい二人の言い合いにどうにか割り込もうとして口を開くも、フォローの言葉を考えている間に鋭い反撃が閃き、それにあたふたしているうちに目にも留まらぬリターンが決まる。髪色は違くとも肩まで届く長い髪に細いフレームのメガネ、そこから覗く深紅の瞳と無駄に共通項の多い二人の間ではただ、金魚のように口をパクパクさせていることが精一杯だった。
「これはまた、随分と子どもじみた独占欲ですねぇ」
「・・・どういう意味か、理解しかねる」
「言葉通りの意味でとっていただいて構いませんよ。“これ” だなんて、私たちの世代でもなかなか言えませんから」
「・・言う相手がいなければ、言えないのは当然だと思いますが」
「ええ確かに、私には独占する必要がないのでそれも当然ですね」
そんな誤解をしているのはごくごく少数というかほとんどいないとは思うが一応、間違いのないように言わせてもらうと、昨夜の間にやましいことなど何もない。昨夜はちょっとそこまでモンスターを狩りに行ったり、シャアのアクシズ落としを阻止したり、バルキリーでのドッグファイトに少々・・いや、生来の負けず嫌いをお互い発揮した結果夜通し大いに盛り上がってしまい、二人してうっかり寝オチしてしまったというのが事の真相である、我ながら色気もへったくれもない。更に付け加えさせてもらうなら我が家にはルークという猫(オス)がいるわけで、当然ルークは昨晩も同席し、ふにふにの肉球で器用にPSPのボタンを操って結局、いつもと同じように眠ったのだ。言うまでもないことではあるが、そんな空気になるわけがない。・・ちなみに当のルークはピオニーの姿を見つけるや否や窓の外に逃げ出してしまった、あの猫はピオニーが大の苦手なのである。
「・・で? 本当のところはどうなんだ、」
「ピオニー」
床にへばりついた格好のまま、はとなりにしゃがみこんできたピオニーを見上げた。頭の上ではティエリアとジェイドの殺し合・・言い合いが続いている、下手に首をつっこむと流れ弾に眉間を撃ち抜かれそうな勢いはヒートアップするばかりで沈静化の気配すらない。だからめんどくさくなるって言ったのに、と心の中でこぼしたところで状況が変わるはずもなく、ここまできたら傍観者に徹するしかないとが下した判断はどうやら、ピオニーにも共通するものだったらしい。耳慣れないヒソヒソ声を紡ぐピオニーは、注意深く彼女の耳元に口を寄せた。
「で、実際どこまでやった」
「ちゅーはしたけど」
刹那の沈黙が重たく響く・・・・・・・・・・・・・・え、あれ、“沈黙”? 頭上で繰り広げられているはずの世界大戦はどうした、鳴り止まない銃撃音はどこへ? ハッとして見上げた先、二人の鬼はその白皙に揃って美術品のような微笑を浮かべ、メガネの奥で燃えさかる火焔のような瞳を閃かせた。開け放った窓から入り込んでくる風がカーテンをはためかせ、両者の髪をなでていく。・・私、いつシベリアに引っ越したんだっけ。吹き荒ぶブリザードはもはや、ノアの箱舟でさえ押し流してしまいそうな勢いで室内に渦巻いている。
「ちょ、待てジェイド! 悪いのは俺じゃなくて、そこにいるガキだろう! 落ち着いて考え・・・・・・・・・・
「え、なんで? なんでティエリアそんな怒ってんの!? ちょ、ストッ・・・・・・・・・
正々堂々大脱走
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043:正々堂々大脱走 ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題
writing date 090923 up date 100207
失敗\(^o^)/ ・・本当に色気もへったくれもなくてごめんなさい。