Colorful
:94
「あ、あの・・ティエリア、お茶、飲む?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あっ、それともコーヒー? コーヒーにする?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・えと、紅茶も、あるけど・・」
「・・・・・・珍しいな」
「! うん。さっき、ジェイドが 「死んでも飲まん」
「・・・・・・・・・・・・・・」
突如我が家に襲来した二つの巨大低気圧は、生々しく深い傷跡を残して去っていった。瑞々しくつやめくさくらんぼが一パックとダージリンの茶葉が一缶、先日のパーティ時に知らぬうちに撮られていたらしい写真が十数枚とそして、超絶的破壊的破滅的に機嫌の悪いティエリアを残して。・・・・・・・まぁ、この程度で去ってくれただけマシだと考えるべきだと、頭では十分理解しているのだが。
ベッドの縁に腰掛け、そのスラリと長い脚を交差させて両腕を組み、眉間にきつく皺を寄せているティエリアがろくに口を開かなくなって数十分。大して広くもない自室の中を回遊魚のごとくウロウロして数十分。地獄のような時間の中で喋り方すら忘れてしまいそうな数十分の後、我が家の姫は意志の強そうなくちびるをようやく開いた。呆れや諦めや怒りやら、いろんなものを含んでいそうなため息をまず吐き出してから。
「・・・・・・・・それで?」
「と、言いますと」
「あれは何だ」
「保護者、と、その友人・・です」
はぁっ、と吐き捨てるように大きなため息をひとつ。
「そのくらいのことは状況から判断できる。この俺を見くびっているのか」
「そそそそんな滅相もない!」
フローリングの上に正座して首を垂れるを眼下に、ティエリアは舌打ちを隠さない。基本的にティエリアの堪忍袋の緒は切れやすくできているし、逆鱗も人より多めにできている。二十年そこそこの人生で出会ってきた人間を “好感” と “悪感” のふたつで分類したら、後者の引き出しがすぐいっぱいになるであろうことも自分で重々わかっている。・・だがしかし、それらと比べるまでもなく、
「・・ここまで神経を逆撫でされたのは初めてだ」
「す、すいません」
まったく思い起こすことすら腹立たしい。しかしそのくせ、投げかけられた言葉のひとつひとつは、ティエリアに忘却を許そうとしないのだ。喉に刺さった魚の小骨のように、指の腹に埋まった小さな棘のように。『・・おや? 貴方まだいたんですか。どうぞ、玄関はあちらです』
―――ああまったく、なんて忌々しい。
「あ、の・・ティエリア、」
「なんだ」
「ジェイドがその、いろいろ、ごめん。ヤな気分にさせた、よな」
「あれで気分のよくなる人間がいるのか」
「いやそれがいるんですよ世界にただひと・・・・あ、いや、ごめん」
シュンと項垂れたは、どうやら本当に申し訳なく思っているようだった。チラと一瞬だけ顔を上げ、しかし叱られる子どものようにすぐ目を伏せる。ティエリアの深いため息にらしくなくビクリと体を竦ませたは、自身の膝を見つめたままぽつぽつ口を開いた。
「あ、の・・すげー虫のいい話なんだけど、聞いてもらってもいい、ですか」
「・・・・・・・・・・・」
「ジェイドのこと・・その、嫌いにならないで、ほしい」
窓から入り込んでくる風がばたばたとカーテンを揺らす。乱れた髪を片手で押さえながらティエリアは小さく、難しい注文だな、とだけ答えた。
「確かにジェイドは、慇懃無礼っていうか性格悪いし口も悪いし善人か悪人かっつったら全力で悪人だし人のことすぐバカにするし人間の皮をかぶった悪魔っていうかそれだと悪魔に失礼かなとか思うし一言で言うならほんと、もうほんっとヤな奴なんだけど、」
「
―――・・でも、ジェイドだから」
わずか三歳という幼少のころから、彼に育てられてきたという話をティエリアはもう知っていた。なかなか希少価値の高そうな生い立ちの割に、あっけらかんとした表情で、それこそ楽しい記憶を思い出すようにはティエリアに語って聞かせた。だからティエリアは知っている、
「好きになってほしいとか言わない。・・言わないから、嫌いにはならないで」
これの記憶の傍らには、いつだってあの男がいることを。
へらへらした表情でやり過ごし、何も考えていないようでその実いつだって思索をめぐらし、他人との距離を一定に保とうとする割に細事に目聡く、けれど何よりも自分に無関心な という人間の、根幹を成した人間。・・こうして顔を合わせてしまえば、ティエリアがその存在を感じないわけがなかった。どうせこの阿呆は、自分の周囲にいる誰かと誰かが仲違いをしたところで、その関係修復に乗り出すほどできた人間ではない。そのが、人一倍好き嫌いの激しいティエリアに告げた言葉の意味。そこに考えが至らないほど、これまでに築いてきたティエリアとの関係は凪いだものではなかった
――揺らいだからこそ、傾いだからこそ、読める裏があって理解の及ぶ思惟がある。
それになにより、ティエリアが気付かないはずがないのだ。あの男、ジェイド・カーティスというこれの保護者が、これをどれだけ大切に思っているのか。どれだけ大切にしてきたのか。他の誰でもないティエリアが、実際に対面してみたこのタイミングで、気付けないはずがないのだ。
「・・ティエリア、」
「
――・・努力はする」
パッと弾かれるように顔を上げたの笑顔は、しかしティエリアの機嫌を改善しない。へらりとだらしなく相好を崩すを前に、ティエリアはきゅっと結んだくちびるを更にかたく引き結ぶ。深紅の瞳を鋭く眇め、小さく舌打ちをひとつ。
「・・ティエリア、まだ怒ってんの」
「当たり前だろう。まず第一に、俺はまだ眠い」
そんなのわたしだって一緒じゃんよ、とぶつぶつ呟く声はこの際無視する。
「大体、どうして隠しておく必要があった? こうなることはどうせ目に見えていただろう」
「人聞き悪いなぁ。隠してたんじゃなくて、言わなかっただけですぅ」
「隠していたと判断されたから、この状況になったんだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
くちびるをへの字に歪め、不機嫌そうに眉根を寄せたはティエリアと目をあわせようとしない。まるで子どものように ふてくされている 表情を隠さない彼女に、ティエリアは大きな溜息を吐き出した。まったく、保護者が保護者なら養い子も養い子だ、揃いも揃ってなんて忌々しい。
――けれど、この場に居合わせた人間のなかで何よりも、誰よりも忌々しさを感じていたのは、きっと。ゆるりと弧を描こうとしたくちびるを結びなおし、ティエリアはぐっと奥歯を噛み締める。殺気にも似た言葉の矛先、その発端に気付けないほどティエリアは鈍らではないし、間抜けでもない。・・そう考えれば、いくらか溜飲も下がるというものだ。ほんの少し、喉に詰まった不愉快のかけら程度。
「
―――寝る」
「は?」
「俺は寝る。少ししたら起こせ」
「は、ちょ、やだよ!寝起きのティエリア、機嫌死ぬほど悪いじゃん」
「今も十分機嫌は悪いが」
「尚更いやだよ、何その火に油を注ぐような自殺行為。つかわたしも眠いんですけど、」
「知るか」
「いやいやいやいや、ここ私ン家ですからね?ティエリアのおうちはお隣ですからね?」
「鍵なら鞄の中に入っているから、好きにしろ」
「何ソレ、わたしが向こう行けってか!?」
せいぜい、蚊帳の外から見ていればいい。
贈られた記憶
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贈られた記憶 ... 7-1
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結局のところ、保護者の立ち位置なんてそんなもんです・・それにしちゃ存在感が異常ですが。