Colorful

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『それでお前は、彼に俺のことをどう伝えるつもりだ』

ティエリアから溜息交じりに投げかけられたその言葉に、私はすぐ答えを返せなかった。


まだあたたかい軟骨の唐揚げを口の中に放り込みながらは考える。ティエリアは自分にとって一体なんなのか。――てか、なんだこの恋に恋する女子中高生の悩みのような、陳腐でありきたりな疑問は。と、そこまで考えて、は自身の経験が恋に恋する女子中高生よりはるかに劣っていることを理解した。苦虫を噛み潰したような表情のまま、奥歯でバリバリと軟骨を噛み砕く。

「隣人」 というには関係が深く、「友人」 というには言葉が足りない。がどれだけ鈍くて疎くて鈍感だろうと、一度ならず二度までもキスをする間柄の異性を 「友人」 と言い切るのは躊躇われた。でもじゃあ、「恋人」? 世間一般の感覚からすればそうなのかもしれないし、「恋人」 でもない人間と一度ならず二度までもキスをするのはどうなんだ、という至極もっともな疑問も禁じえないがしかし、そう言い切るにはこぶし大の違和感を咀嚼なしで丸呑みするような覚悟がいる、気がする。わかんないけど。

――・・で? 結局お前、どーすんだよ」

第一、もしもティエリアを 「恋人」 とするならあれか、ティエリアは私の 「彼氏」 か! ここまでくると、必要となってくるのはスイカ大の違和感を丸呑みする気概である。どっちかと言うなら 「彼女」 だろう。と、そこまで考えたは心の中でぶくく、と吹き出したが、もし本人にバレたら簀巻きにしたうえで日本海に沈められそうな気がしたのでそっと胸にしまっておくことにする。

「・・おい、聞いてンのか。結局どーすん 「うるさいハレルヤ黙って食ってろ」

対面の席に座るハレルヤの、前の皿に盛り付けられたサーモンに箸を突きたてては唸る。おまっ、とハレルヤが声を荒げるよりはやく、は最後の一切れだった刺身を咀嚼し、嚥下した。口の中に広がる脂の風味に、しかしの表情は優れない。手にしたはちみつ梅酒のグラスをぐいとあおり、甘ったるいため息を吐き出す。

ハレルヤとこうしてご飯を食べに行くことは、にとってそう珍しくない。雑誌モデル、という種々の人間との付き合いがあるせいだろうか、比較的リーズナブルなのにとても美味しいお店というのをハレルヤはよく知っていて、はたまにこうしてハレルヤと二人で出かけていた。そして今夜もいつもと変わらず、「美味い居酒屋見つけてよォ、お前ヒマ?」 という 『どーせヒマだろ?』 なニュアンスのこもった誘い文句にホイホイされたわけだが。

ハレルヤに連れられて店に入ったときから、奥のボックスにテーブルがかためられているなぁというのは確認していた。金曜夜の居酒屋である、帰り際のサラリーマンが団体で飲みに来るのかもしれないし、もしかしたら合コン会場にでもなっているのかもしれない。静かであることに越したことはないが、厨房のちかくの席に案内された自分たちとは結構席が離れているし、美味しいご飯と美味しいお酒が飲めたらそれでいいやと、は気にも留めなかった。

最初のお通しと枝豆をつまんでいるころだった。予約のお客さまご案内でーす。店内によく通る声のアナウンスと、それに続く小気味よいいらっしゃいませの挨拶。指で押し出した枝豆が、口の中で甘い風味とともにはじけるのを楽しみながらチラと目をやる。入ってきたのは、最初に同年代と思しき男の子が二人と、それに続いて女の子が四人。こりゃ合コンだな、と同じことを考えていたらしいハレルヤの呟きに目で頷き返したは、再び入り口に視線を戻し、

―――ッ! げほっ」 咀嚼前の枝豆を丸々ごっくんと飲み下して大いにむせた。

最後に入ってきた男の子に背中を押されるような形で、前の集団と若干の距離をあけながら歩くその人物は、どこからどう見てもティエリア・アーデだった。

今にして思えば、その時点で 「あ、ティエリアじゃん」 とかなんとか、適当な言葉で声をかけておけばよかった。けれどなぜか意味もなく慌てふためいたがしたことは、げほげほと咳をしながらおしぼりで顔を隠すことで、大いにむせ返りながらもおしぼりに声を吸わせることだった。何を隠れる必要があったのか、ある程度冷静になった今でも理解できない。らの座っているテーブルの横を彼らが通ることはなかったし、当のも入り口に背中を向ける形で着席していたことで、彼らの目が実際こちらに向かなかったのが唯一の救いである。

「・・お前、何してんだよ」 心底呆れたような声で紡ぐハレルヤに、は表情を歪めながら答えた。
「・・・・・わっかんね」

本当に一体、自分は何をしているのだろう。甘い梅酒を口に含みながら、けれど苦々しい顔ではそれを飲み下す。もはやチラリとも振り返ることはできないが、背後からはなかなか盛り上がっているらしい声が聞こえてくる。ティエリアを含めた男の子四人の自己紹介から始まって、女の子四人の自己紹介。どうやら全員、同じ大学であるらしい――とそこまで聞いて、自分がかなり真剣に聞き耳を立てている事実にようやき気付き、はほとんど消えてなくなりたくなった。琥珀色の液体の揺れるグラスをコツコツと爪ではじきながら、氷を噛み砕く。

「イライラするくれェなら、さっさと行ってくりゃいいだろーが」

小さな舌打ちに続けて、ハレルヤがそう吐き捨てる。

「・・別にイライラなんかしてないし」
「便所行って鏡見て来いバーカ。眉間の皺、取れなくなンぞ」

ぐりぐりと眉間を指圧してくるハレルヤの手を打ち払う。睨みつけても、ハレルヤのいかにも意地の悪そうな笑みは深みを増すばかりで、の神経を逆撫でするだけである。くちびるを引き結んだはぐいっと一気にグラスを空け、大きな氷をガリガリ砕きながら同じものをオーダーした。

「・・だいたい、今更どうやって声かけろっつーのさ。ムリだろ、どう考えても」
「“私というものがありながらっ” とかどーよ?」
「死ぬほどウザイんですけど。てか、気持ち悪い」

ゲラゲラと腹を抱えて笑うハレルヤに、コイツ本気で目潰ししてやろうか、などと考えながらは言葉を吐き出す。

「・・・・そんなん言う権利、わたしにあると思ってんの?」
「つか、イライラする権利もないし。呆れられるだけだって」

「隣人」 というには関係が深く、「友人」 というには言葉が足りず、「恋人」 というには違和感が残る。そんな状態の自分が、ティエリアの行動のどこに文句を付けられるだろう。・・というか、私はティエリアの行動に何か文句をつけたいと思っているのか。背もたれに体重を預けて薄暗い天上を仰げば、溜息と乾いた笑いしか出てこなかった。――ああもう、私は一体何がしたいんだろう。

「“権利”・・ねぇ、」
「・・なんか言いたげですね、ハレルヤさん」
「いんや、別に? ただ、そんな “権利” が必要なんだとすりゃ、お前以外の誰が持ってンだろーなと思っただけだ」
「・・・・・・・・・・・・・」

揶揄を消した金色の瞳がくすりと笑う。ま、お前がいーってんなら、それでいいけどな。そう静かに言いながら、ハレルヤはの持つグラスに手を伸ばして再び満たされた琥珀色を口に含んだ。

私はきっと、イライラしている自分に対して何よりも苛立っているのだ。キャラでもないくせに、合コンなんかに顔を出しやがっているアイツや、その気を引こうと矢継ぎ早に質問を繰り返している女の子たちや、おそらく無理やりヤツを担ぎ出したであろう男の子たちに対して、苛立っている自分が何より誰より腹立たしいのだ。嫌ならさっさと席を立てばいいものをそうできない自分とか、ハレルヤに矛先を向ける自分とか――・・ああもう、いい年して思春期の中学生かわたしは! すっかり冷めてしまった最後の軟骨を口に放り込んで、は立ち上がる。

「便所行ってくる」
「せめてトイレ行くとか言えバカ」


境界線の上




境界線の上 ... 7-1
writing date  100228   up date  100425
・・・トイレのことを 便所 っていうヒロインで本当にいいのかな・・・・