Coupling Parody
:fairy story (1)
※最初にこちらの設定に目を通してからご覧ください。
「んで? 今回のくっだらねーケンカの理由はなんだよ?」
「くっだらなくなんかないです、バカルヤこのやろー」
「殺すぞテメェ」
アレルヤが用意してくれたショートケーキにかぶりつきながら、は同じくケーキにかぶりつくハレルヤを睨みつける。ショートケーキの大きさは、ちょうどの目線の高さぐらいまであって(ハレルヤのちょうど口元ぐらいだろうか)、体積にしたら彼女の数倍はある。顔中を生クリームでべとべとにしながら、は自身の頭よりもずっと大きないちごを両腕で抱えて、三角の尖端にかぷりと噛み付いた。
「紅茶淹れたよー、二人とも飲むでしょ?」
「ありがとー、アレルヤ」
本当ならきっと、自分とハレルヤの分のケーキを用意したのだろう。けれどハレルヤと一緒に帰ってきたに、嫌な顔一つせずアレルヤはケーキを譲ってくれる。は、そんなアレルヤが大好きだ。顔だけは無駄なまでに見栄えよくできているくせに、性格がねちっこいというか根性がひん曲がっているというか空気を読めないというか読み方を知らないというか鬼というか悪魔というか女王様というか、とにかく外見と中身がまったくもって一致していない(いや、ある意味一致しているかもしれない)自分のパートナーには、是非ともアレルヤを見習ってもらいたい。爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、飲ませてやろうか本当に。はそんな思いを込めて、きらきらとアレルヤを見上げる。
「悪ィなアレルヤ、なんか手伝うぜ」
視界の端に、なにか、影のようなものがヒュッと横切った。はそれがなんなのか十分知っているし、これまでにも何度だって見たが、未だに慣れることがない。ぱちりとまばたきをした後、天使アレルヤの隣には不良ハレルヤが立っていた。人間サイズになったときのハレルヤはアレルヤを鏡に映したような姿になる、違うといえば瞳の色と、性格が滲み出すオーラのようなものだろうか。穏やかな雰囲気を醸し出すアレルヤはさながら血統証つきのラブラドールだが、ハレルヤはあれだ、なんかその辺の野良犬的な。
「・・おい、お前いまなんかしつれーなこと考えたろ」
人間サイズになったハレルヤが、指でうりうりとのほっぺたをつつく。ハレルヤにしてみれば “つつく” で間違っていないのだろうが、身長が彼の中指とさほどかわらない大きさのにしてみれば、彼の行為は暴力以外の何物でもない。首をねじり、顔を背けてもやめようとしないアホルヤに本気で苛立ったは、反射的に牙をむいた。
――比喩表現などではなく文字通り、牙をむいた。さっと手を引いたハレルヤの指を掠めて、の歯がガチッとかみ合わされる。
「ごめんね、うちには妖精用のティーカップがないから・・・」
「全然だいじょーぶ!」
ミルクを入れたり角砂糖を入れたりとせわしく動いていたアレルヤは、子どものケンカに気付かない。ハレルヤは、アレルヤが気付かないことを見越してちょっかいをかけてくるのだ、まったく忌々しいったらない。にたにた笑うハレルヤをじとりと睨みつけ、けれどは不思議そうな顔で首を傾げるアレルヤにほにゃりと笑った。アレルヤのお説教はときに1時間では終わらない。この平和な時間を楽しむには、ごまかすのが一番の手だと知っている。自分の顔より大きなティースプーンで紅茶をそろりとすくい、はその小さな口でふぅふぅ息を吹きかけてから、ゆっくりと紅茶を口にした。は猫舌である。
「? ・・アレルヤ、なに?」
「あ、ごめんねじろじろ見ちゃって。・・かわいいなぁと思って、」
口に含んだ紅茶を思わず吹き出してしまった行儀の悪さは、仕方なかったことなのだと理解して欲しい。
「だ、だいじょうぶ?」
「・・だ、だいじょう、ぶ・・・・・・」
「・・あーあ、きったねぇの」
熱かった?、などと見当違いな心配をしてくる、お前のパートナーのせいだろ! はぎろりとハレルヤを見上げ、けれど素知らぬ様子でそらされる金色に頭から突っ込んでやろうと思って(文字通り、眼球への直接攻撃だ)
―――けれど、自分が飛べないことを思い出してぐしゃりと表情をゆがめた。罵詈雑言を声にしようとして開かれた口は真一文字に結ばれ、はその場にぺったり座り込む。
そんな彼女の様子に、顔を見合わせたのはいきなり放り出されたアレルヤとハレルヤの二人である。自分の言葉に反論してくるだろうとハレルヤは思っていたし、アレルヤはそれを止める気でいた。
――理由はとっくに分かっている、彼女にこんな顔をさせる人間は世界にただ一人しかいないのだから。
「
―――・・今日は、どうしたんだい?」
アレルヤはが少しだけかじったいちごをつまみ、それをの前に差し出した。むっつりと唇を引き結んだままはゆるゆると顔をあげ、目の前であまあい芳香を放つ赤い宝石と笑顔のアレルヤを数回見比べる。そして固く結んだ口元をへにゃりと歪ませた後、我慢しきれなくなったようにはむ、といちごに噛み付いた。
「れるやが、うひゃやまひいっていったらひゃ、」
「何言ってっかわかんねーよ、飲み込んでからにしろアホ」
「・・・・ハレルヤが、羨ましいって言ったらさ、」
「はぁあ? なんだそりゃ」
アレルヤの家には妖精用のものが少ない。たとえばティーカップとか、お皿とかフォークとか、が普段いる場所にはあって当たり前のものがここにはない。それはハレルヤが人間とおなじ大きさになれるからで、妖精が使うものを用意する必要がないからだ。アレルヤの家のダイニングテーブルには椅子が二つ並んでいる、食器もコップもゲームのコントローラーも、アレルヤの家には二つある
――はじめてここに遊びに来たときにが感じた、喉を掻き毟りたくなるような焦燥を、たぶんハレルヤは理解できない。
「・・・邪魔だな、って 言われた」
思い出すだけでも怒りと悔しさに体が震えて、世界の輪郭がぐにゃりと歪む。噛み締めた奥歯がぎりぎりと音を立てて、鼻の奥がツンとする
―― 一瞬だってこっちを見ずに言い放った高慢ちきの、情け容赦ない言動には慣れているはずなのに、たったあれだけで、あの一言だけで、飛ぶことすらできなくなった自分がなにより一番腹立たしい。
は自身の首、鎖骨のあいだにあるくぼみに手をやって思い切り指でひねり上げる。思わず涙が滲むほど悔しいとき、それをどうしても我慢できそうにないとき、彼女はそうやって湧き起こる衝動をやり過ごす。悔しさと苦しさは、悲しさと痛みは似ていることを知っていた。向こうは別に困ったりしないのだ、喋る電卓がいなくなっただけの話で、いまどき代用などいくらでも利く。すこし離れただけでたったひとつの特技も発揮できなくなれば、満足に移動することすらままならなくなる自分とは立っているステージが違う。
「やめろ」
首の皮をひねるの腕をむりやり引き剥がしたのは、妖精サイズにもどったハレルヤだった。なにすんだよっ、と吼える彼女を見事なまでに黙殺して喉元をのぞきこむ。
「あーあ、紅くなってら。・・・・そのクセ、まだ治ってなかったのかよ」
「・・るさい、」
「。・・前にも言ったけど、自分で自分を傷つけるようなことは、もうやめるんだ」
いつもよりも少し厳しい目をして、けれど丸めた指の背でそっと頬をなでるアレルヤの手は、どこまでもあたたかい。ひゅう、と喉が変な音を立てる。アレルヤとハレルヤのところは、にとって唯一無二の逃げ場所だ。このままずっと、この場所から帰りたくなくなる。心地よいまどろみに、ずっと浸っていたくなる。自分が逃げていることを自覚しているからこそ、彼らのあたたかさは麻薬にも似てを離そうとしない。
ピンポーン
来客を告げるチャイムの音に反応したのはアレルヤで、けれど彼が 「じゃあ僕、見てくるから」 と席を立つより先になぜか玄関の戸が開けられる音がした。・・・ひどく微妙な空気の只中にある三人が、普段の思考を取り戻すよりもはやく居間につづく扉が乱暴に開け放たれて(ハレルヤよりもずっと乱暴だった)、そこにいたのは、
「失礼する、がここに・・・・・・・・・・・・・・いたな」
「・・ッ、よ 妖精違いです」
「・・ほう? じゃあ貴様、名前は何という」
「・・・・・・・・・・へ、ヘタルヤ」
「帰るぞ、」
「無視!? 聞いてきたのそっちだろ!」
なんでお前、俺の背中に隠れてんだよ。殊更うっとうしそうな声音で吐き捨てたハレルヤに、一縷の望みをかけた自分がバカだった。むりむりむりむり!と叫ぶを腕につかまえた状態でこのバカルヤは人間サイズへと姿を変え、あろうことか紫色の悪魔、冷徹魔人、堕天使ルシファー、KYで女王様な高慢ちきに近づいて、そのカーディガンのポケットに問答無用で押し込んだのである。いきなり世界の天と地がさかさまになったらしいの奇妙な叫び声が、ピンクのカーディガンに吸い込まれていく。
「
―――・・世話をかけたな」
「まったくだ。痴話げんかも大概にしろっつーの、」
ハレルヤの口調はおどけていたが、その金睛眼はちらりとも笑っていなかった。
「ふざけんなよ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・もっと、ちゃんと、大切にしてあげて? ティエリア」
「・・っいきなり何すんだよこのバカルヤぁああ!・・・・・・・ってあれ、何この空気。え、何 なんかあった?」
お前の空気の読めなさもフツーじゃねェよ、という失礼極まりないセリフと共に食らわせられたバカルヤのでこぴんは、本当に尋常じゃなく痛かったので、いつか絶対仕返ししてやろうと思います、まる。
風切羽
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052:風切羽 (鳥はこの羽を失うと飛べない) ... 鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 08.08.03 up date 08.08.05
か、書き始めたら止まらなくなった人間と妖精パロ恐るべし・・・!カセン様リクエストありがとうございました!