いかにも目が悪くなりそうな暗い部屋は、大画面ディスプレイや所狭しと室内を埋め尽くす機器のモニターから放たれる人工的な光に占領されている。その中央部分に腰をすえ、心臓部分であるカラクリをいじり倒す黄色のカエルを横目で捉え、は退屈そうに長々と、それはもう長々と溜息をついた。お世話になっている夏美や冬樹の話によると、これまで銀さんや神楽、新八たちとわいわいやっていたあの世界はどうやらこの世界の「江戸時代」と似たものらしい。見過ごすことの出来ない大きな食い違いも孕んではいるが、まぁそこは目をつぶるとして。あの世界にもカラクリはたくさんあったし、自身その恩恵に浴してきた。
が、ここのものはレベルが違う。は出来上がったカラクリを目的に合わせて使用するだけだが、黄色のカエル クルルは目的のカラクリを作り上げるのだから意味がわからない。誰かが作るから存在することはわかっているが、本当にこんなもの人の手で作れるんだ、というのが正直な感想だ(この際、人の手でなくカエルの手だということは面倒なので置いておく)。そんな程度の認識しかないし、それを改めるつもりもサラサラないは、今いるこの空間で一番役に立たないのは自分であることを重々認識している。が、しかし。
「オイ、鬱陶しいから溜息なんかついてんじゃねェよ」
くーっくっくっく・・、と回転椅子をくるりとこちらへ向け、忍び笑いを漏らすクルルに、これ見よがしな溜息をついてやる。
「おい」
「あーはいはい、スンマセンっしたぁ。ごめんなさーい」
「・・・・ケンカ売ってんのか? 買ってやらないこともないぜぇ?」
表情を読ませないビン底メガネがキラリと光る。が、そこで引き下がるほどはか弱い精神の持ち主でも、素直で可愛らしい性格の持ち主でもなかった。
「ケンカでもいいけどさぁ、それよか俺、ここから出たいんですけど」
「・・・・・」
元々、このケロロ小隊地下秘密基地に併設されたクルル専用のラボに足を踏み入れたのは、ケロロの頼みごとを聞くためだ。どうして俺が、とケロロの喉首を締め上げたら
「ラボに引きこもったクルルと接触できるのは、どのかモアどのくらいしかいないであります・・・から、その・・苦しいでありますどの・・・・ッ!」
と顔を真っ青にして切願されてしまったのである。結局クルルに渡して欲しい、と頼まれた書類と賄賂と思われるジュース、それにクッキーを携えてラボの扉をノックしたのは2時間前。以来、延々2時間に渡ってはわけのわからない画面をぼんやり見続けている。
「いいじゃねぇか、どうせヒマなんだろ?」
「いやまぁ、どーせヒマですけどね?」
クルルのために持ってきたジュースとクッキーは既に、の腹の中だ。
「どーせヒマだけど、今も十分すぎるくらいヒマなんですよ俺は」
「あっそ」
ちょーっと今、結構マジメにかっちーんときちゃったんですけど!
こんな風に何にも、何にもすることのない退屈に追いやった本人はとっくに興味を失ったのか軽快なリズムでキーボードを叩いている。あの小さな手でよくできるな、なんて少しばかり感心したりもしたけれど絶対言わない。奴はすぐに図に乗る。
「大体さ、手伝いできるモアちゃんならまだしも、なんで全然役に立たない俺なわけよ」
「自分で役に立たないって言ってりゃ、世話ねぇぜ」
「自覚してるだけマシだろ」
くる、と奴が座る回転椅子が回り、ビン底メガネと対面したかと思ったら「ほれ」と投げて寄越したのは、厚さ2cm強はあるかと思われる紙の束。しかもやたら細かい字で書かれているこれはどうやら、このカラクリのマニュアルであるらしい。こんな暗い部屋で、こんな小さい字で書かれたものを投げて寄越すなんて、視力を落とさせようという新手の嫌がらせか・・・・効果が現れるまでに時間がかかる、随分と気の長い嫌がらせではあるけれど。
「ヒマならそれでも読んどけ」
「・・・なんで」
「ヒマなんだろ? 俺様の手伝いくらい出来てくれねぇと、使えたもんじゃねェぜ」
はそれを、無言のままに投げ返した。
「ぐぇ・・ッ!?」
「悪いけど、クルルに大人しく使われてやる気はない」
チッ、という小さな舌打ちが聞こえたが相手にしていたら身がもたないので無視。こいつの嫌味な態度や憎たらしい台詞はもうほとんど条件反射のように飛び出すもので、だからいちいち付き合っていても消耗するのは自分なのだ。唯一、その攻撃をスルーできるのは根っこから純粋なモアと、その大きな器のおかげかクルルの言動など気にも留めない日向家の母 秋だけである。
「あー・・寝よ、寝てやろ」
「勝手にしなァ」
「それじゃ、出してくれる気になったら起こして」
「さぁなぁ。保障はできねぇぜェ」
+ + + + + + + + + +
「クルルー? どの知らないでありますかーって・・、寝てるし」
4時間たってもまだ帰ってくる様子のないを心配した夏美に言いつけられて、ケロロがクルルのラボに足を踏み入れたとき、はデスクにうつ伏せて小さな寝息を立てていた。デスクの端に追いやられている空のグラスと菓子受けから、ケロロがクルル宛に贈ったはずの賄賂がどうなったのかを理解する。クルルはケロロを見向きもせずキーボードを叩き続けていた。
「ったく、しょーがないでありますねぇ、どのも。クルル、例の書類は受け取ったでありますか?」
「ああ、もらったぜぇ」
「それにしても、なんでどのはこんな所で・・・・・」
わざわざこんな疲れる体勢で仮眠を取らずとも、日向家に戻るなりケロロの部屋へ来るなりすれば横になる場所の一つや二つ、簡単に確保できるのに。と、そこまで考えて、ケロロはとある考えにたどり着く。この陰気・陰湿・陰性・陰険・陰鬱という5拍子を兼ね備え、嫌がらせを趣味に掲げるような部下である。それを考慮に入れて、導き出される答えは唯一つ。
「・・・クルル、もう少ししたらどのを起こして、上がってくるように言うであります。もうすぐ、夕飯の時間でありますから」
「りょーかぁい」
あの自ら他人に嫌われるような行動ばかりを取ってみせる捻くれ者をどうやって手懐けたのか、是非どのに聞いてみたいものであります。ちょ、本気で今度、どのに聞いてみちゃおうかしら、なんてブツブツ呟きだしたケロロの背中を見送って、クルルは例の忍び笑いをラボ内に響かせる。
「さぁて、どうやって手懐けてやるかなァ・・・・クーックックックッ・・」
拝啓 銀さん
最近、何かにつけて黄色のカエルが「コレをマスターしろ」とカラクリの分厚いマニュアルを手に迫ってきます。本気でウザイです。基本的に粘着質でかつ唯我独尊を地でいくような性格の奴なので、いくら言っても俺の話なんか聞きやしません。もういい加減面倒くさいので折れてやろうかと思わなくもないのですが、一度妥協したらずるずるいきそうなのでもう少し粘ろうと思います・・とかなんとか言っているうちに、黄色のカエルに勧められたオンラインゲームにはまってブラインドタイピングをマスターしてしまいました。・・・・・マニュアルを読破するのも、時間の問題かもしれません。最近はすっかり秋めいてきて朝夕が涼しいですから、お腹を出して寝たりしないように気をつけてください。それでは、また。
敬具
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writing date 07.10.08 up date 07.10.11 (Re:up date 07.10.20)