この分厚いマニュアルを読み始めて早3日。ページは殆ど進んじゃいない。黄色のカエルから渡されたマニュアルは「初心者でも出来る! 簡単インターネット」みたく親切親身になって書かれたものとは到底いえないし、あんな根暗を絵に描いたような性格をしているくせに有能ならしい黄色のカエルは、己が使いやすいよう、カスタムにカスタムを重ねているらしい。朱筆でページのあちこちに注意書きがされていたり、ほぼ丸1ページ潰されているところもある。ここしばらくで随分カラクリに(「こういうのはコンピュータってんだ。カラクリだなんて、ダセェ名前で呼ぶんじゃねぇぜ」とかなんとか嫌味たっぷりに言われたので、俺は絶対これをカラクリと呼ぶことに決めた)詳しくなった気でいたが、それはマニュアルの1行目を読んで粉々に打ち砕かれた。こ ん な の 絶 対 無 理 だ。
「諦めんのかぁ? 俺は別にそれでもいいけどよォ、この俺様の仕事を手伝わねェんなら、次のステージのダウンロードはさせないぜェ?」
―――そう、何を隠そうは、クルルのノートパソコンにダウンロードしたパソコンカラクリゲームに激ハマりしている。クルルに勧められてやりはじめたオンラインゲーム内で話題になっていたもので、それを小耳に挟んだらしいクルルが自身のカラクリに落としたのだが、ハマったのはだった。クルルのラボで目を覚ましたは顔を洗うより先にカラクリの電源を入れて、それから一日が始まる。日向家へ上がって朝食を摂り、掃除洗濯食器洗いと家事に追われるケロロをよそには早々にクルルのラボへと引っ込む。昼食のときにまたのっそりと現れ、すぐに戻る。夕食のときもまた然り・・・というようなハマリ具合である。クルルがお試しでダウンロードしたステージを攻略するのに、そう時間はかからなかった。
「くっそークルルの奴・・! 卑怯なんだよあのヤロ、俺がもろハマリしてるの知ってるくせにさぁ」
次のステージをダウンロードしようとして、それに待ったをかけたのはクルル。奴がに突きつけた条件は「俺様の仕事を手伝うんなら、落としてやってもいいぜぇ」。クルルの仕事を手伝う、ということはラボ内のカラクリに触るということで、ということはつまり最低でもこのマニュアルをマスターしなければならないのだが・・・・そうすると、この話の冒頭部分へ戻って後は延々ぐるぐると回り続ける。
「チクショー、わかるわけねぇっつの!」
おおきく振りかぶって、第1投を投げ・・・・ようとして、結局できずにはマニュアルを床に投げ出す。これを理解できないのはひとえに己の知識が足りないからで、それを補うには手っ取り早くクルルに聞きに行けばいいのだ。嫌味の一つや二つ、十や二十をマシンガンのように浴びせかけられるだろうが、それでもきっと奴は教えてくれる。そうするのが時間を一番無駄にせず、また効果的な手段であることはわかっているのだが。
「(・・・・アイツに頼るの、なんかヤダ)」
そうする間にも時間は流れ、オンラインゲームでパーティを組んでいたHN.ヴァンさんは、ダウンロードしたステージ攻略に勤しんでいることだろう。世界制服を企む悪の譜術使いを一刻も早く倒して、俺は勇者にならなきゃいけないのに!
「どのー? 何してるでありますか?」
一念発起、決意を新たにマニュアルを広げたの視界に入り込んでくる緑のカエル。どうやらさっきまで愛情を注いで組み立てていたガンプラ ガンダム試作2号機 1/6スケール(アトミックバズーカ装備ver.)を完成したらしい。
「見て見てどのー! この装甲とか、結構いい味出してると思わなーい!?」
「うわホントだ、結構リアル! じゃあさ、ガンダム試作2号機とガンダムRX-78並べて“ソロモンの悪夢 vs 連邦の白い奴”の夢の対決とかしてみない!?」
なんてケロロに合わせて話をしていたら(あくまでもケロロに話を合わせていたのであって、別に俺はガンダムに詳しくなんか・・・・詳しくなんか、ない、こともない、みたいな・・)、マニュアルにようやく気付いたケロロが手元を覗き込んでくる。
「これは一体なんでありますか、どの」
「んー、クルルのラボにあるカラクリのマニュアル」
「カラクリ・・? ああ、コンピュータのことでありますか。って、どうしてそのマニュアルをどのが持ってるケロ?」
きょとん、とまぁるい目を向けてくるケロロにここに至るまでの経緯を話してやる。話の語り口が基本的にに偏っていて、必要以上にクルルを悪役にしている気はするものの途中で止めることはできない。こうなったらどこまでもクルルには悪者になってもらうとして、自分は奴の嫌がらせに巻き込まれた哀れな被害者で通そう。本当の本当をいうなら、これはギブ&テイクで悪役も被害者もないのだが。
「ほんと、クルルって嫌な奴でありますなぁ」
「だろー? アイツどうにかしてよ隊長ォ」
「ムム・・っ、それはかなり難しい注文であります」
「やっぱり?」
はぁ、と大袈裟に溜息をついたに、けれどケロロはそこでにやりと笑ってみせた。
「そのゲーム、我輩のパソコンに落としてあげてもいいでありますよ?」
「っ!」
そうだよ、どうして今の今まで気付かなかったんだ俺! カラクリは何も陰険陰湿嫌味メガネが持っている1台だけではないじゃないんだ。クルルがダウンロードしてくれないっていうんなら、他の誰かに頼めばいいだけの話! 今の今まで気付くことなくマニュアルとにらめっこしていた自分が途轍もなく恥ずかしい。きっとあの陰険クルルはどこだかに設置している隠しカメラでマニュアルと格闘している自分を覗き見し、あの一度聞いたら耳にこびりついてはなれない忍び笑いを漏らしているのだろう。いつかきっと、あの捻じ曲がった根性を叩きなおしてやる!
「その代わりと言っちゃあなんですが、どの・・」
「なになに? 俺に出来ることならなんでもするよ、ケロロ!」
「我輩、赤いカラーリングの施されたリック・ディアス・・・つまりどのの言う“夢の対決”に赤い彗星を加え、“夢の対決 誰もが待ち望んだ三つ巴の戦い、この激戦を制するのは一体誰だスペシャル!”にしたいでありますが・・・」
「よしきた任せろ!」
拝啓 銀さん
とまぁ、こんな風にマニュアルのマスターを回避してゲームを続けようと思った俺は今、クルルのラボで奴の手伝いに明け暮れる毎日です。・・・ええ、あの分厚いマニュアルをマスターしてしまいましたよぼかぁ! 何故か。そう、まさかのまさかです。あのゲームを作ったのは、あのクルルだったんです! それをアノ野郎いけしゃあしゃあとネットの海に流し、さり気なく自分のカラクリにダウンロードしたように見せかけて・・・俺を嵌めたんです! それを聞かされたときの衝撃といったらありません。衝動的にケロロのために買ったリック・ディアスをプラスチック屑としてしまいましたが、仕方のないことだったと思います。うわ、またクルルが怪電波飛ばしてきやがりました。アイツ本当にしつこいので・・・銀さんとタメ張るくらいしつこいのでこの辺にしたいと思います。神楽のためにも、早めに冬服をだしてあげてください。銀さんも油断しないように気をつけてくださいね。
敬具
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writing date 07.10.11 up date 07.10.20