十五年七月四日(土)

reported by subway master



ワカヤマ様
拝啓
 早星の候、日に日に暑さが厳しさを増しておりますが、いかがお過ごしでございましょう。
 頂いたお手紙にあった通り、今年の夏は暑さが厳しくなるとの予報がイッシュ地方でもなされております。わたくしなぞは日がな一日建物内におりますのでさしたる心配事はございませんが、ワカヤマ様におかれましては旅路の途中。体調にはくれぐれも気を付けてくださるよう、重ね重ね申し上げます。どれだけ手持ちのポケモンたちが優秀であろうと、貴女様が体調を崩されては元も子もないのでございます。どうか、ご自愛くださいまし。

 さて、わたくしの住むライモンシティは現在、数日後に控えた七夕祭りの準備が進められております。といっても神輿や山車が街を練り歩くわけではございませんので、屋台などが道端に立っているわけではありませんが、七夕飾りが飾り付けられ、街の至る所に短冊の吊るされた笹竹が用意されております。
 何を隠そう、わたくしの勤め先でも、この笹竹は用意されているのでございます。利用者の方々にも時季の移ろいを感じ、楽しんでいただければとの趣向なのでございますが、これが毎年、思いのほか好評でございまして、子どもさんたちのみならず幅広い年齢の方々に親しんでいただいているのです。まずはじめは、わたくし共職員がいくつか短冊を吊るさせていただくのですが(さすがに、何も飾り付けされていない笹竹には自由に飾りつけにくいだろうとの判断にございます)、今年はわたくしもひとつだけ、短冊を書かせていただきました。
 願い事をひとつだけ、と言われるとなかなかどうして思い浮かばないものでございます。「今年もまた、心躍るポケモンバトルができますように」 と書こうと致しましたら、弟以外の方々から賛同を得られず、短冊を受け取っていただけませんでした。なんでもいいと言ったのは嘘だったのですか、と申し上げたのですが、「どうせ初詣の時も同じこと願ったんでしょう」 と見事なまでに見透かされておりまして、渋々書き直したのでございます。貴女様はどのようなお願い事をされたのでしょう。ワカヤマ様のことでございますから、わたくしと同じようにポケモンに関するお願い事でしょうか。尋ねたい気持ちはやまやまですが、聞き返されると気恥ずかしい気も致しますので、この質問は慎まねばなりませんね。……もし貴女様が自発的に願い事を教えてくださったとしても、わたくしはお教えできませんので悪しからずご了承くださいまし。貴女様にわたくしのお願い事をお教えしては、願い事にならなくなってしまいますから。

 七夕といえば、織姫と彦星の伝説が有名でございます。説話における彼らは結婚の後、仲睦まじすぎたことが原因で仕事をしなくなり、神の怒りに触れて離ればなれにさせられましたが、わたくしの弟においてはそのような話とは無縁のようで、とても安心いたしました。
 前回のお手紙でもご紹介させていただきました、わたくしの弟 クダリと、部下であるの結婚式が、先月23日に執り行われたのでございます。職業柄、上司や部下の結婚式には幾度か出席させていただいたことはございましたが、あれほど感動したのは初めてでした。まったく本当にブラボーとしか言いようがなく、思わず涙がこぼれてしまうかと思ったほどで。
 は諸事情によりお父様がいらっしゃらないため、わたくしはその代役を務めたのでございます。わたくしも、まさか自分が結婚するより先に新婦の介添えを務めることになるとは予想しておりませんで、柄にもなく大変緊張したのですが、どうにか無事、役を果たし終えることができました。本当にいい式だったと思うのは、わたくしがそのような立場で参列したためなのかもしれません。しかし、新郎新婦はもちろん、参列してくださった方々にもドレディアのような笑顔のあふれる、大変にあたたかな式だったのでございます。
 せっかくなので、わたくしが撮った写真を一枚同封させていただきました。映っているのはクダリとでございます。貴女様はクダリをご存じありませんでしたから、写真を見て驚いておられるかもしれませんね。そこにいるのは間違いなくクダリでございます、よく似ているでしょう? よく見れば様々に異なる点はございますが、性格ほどの大きな違いではありませんので、周囲の皆様をしばしば混乱させてしまうのが困りものです。

 クダリは、ほとんど変わらない環境で育てられたというにも関わらず、わたくしとはまるで性格が異なるのでございます。ポケモンバトルに対する情熱はわたくしとまったく変わりありませんが、わたくしがシングルバトルを得意とするのに対し、あの子はダブルバトルを得意としておりまして、二人でタッグを組んで行うマルチバトルにおいては、わたくしはあの子の才能、実力に助けられてばかり。多少気分屋で、集中力に波があるのが欠点でございますが、周囲の皆様への気遣いに裏打ちされたあの子の笑顔は、場の雰囲気を和ませ、その緊張をやわらげるのに一役買っております。対するわたくしは、貴女様もご存じのようにこの仏頂面でございますから、そういった点はどうしても苦手で……迷子になった幼いお客様には相当の不便を強いていることと思います。情けない話ではございますが。
 そのクダリがわたくしを差し置いて結婚とは、まったく予想だにしておりませんでした。正直申しまして、今でも半信半疑なところがあるほどです(こんなことがあの子に知れたら、アーケオスをけしかけられてしまいますが)。言葉は悪いですが、あの子は少し女性に対して不誠実なところがございまして、ただひとりの女性を愛し、慈しみ、お守りすることができるとは、実兄であるわたくしですら疑わしく思っておりました。…蓋を開けてみれば、真に一途なのはクダリの方。わたくしはまったく本当に、立つ瀬がないのでございます。
 彼らにはしあわせになってもらいたいと、心から思っております。心からそう願っているのですが、そのしあわせをほんの少しばかりわたくしにも分けてほしいと、我ながら浅ましい考えが浮かんでしまうのは止められようもございません。……そういえば貴女様は、その、お付き合いしておられる男性や、心に決めた殿方がいらっしゃったりするのでございましょうか。もしそのような方がいらっしゃるのでしたら、わたくしとこのような文を交わしているのは、あまり、その、よろしくないと思う次第でございます。これが原因で、貴女様が妙な疑念を抱かれたりすることがあれば、わたくしは二度と貴女様にお目にかかることができなくなってしまいます。どうか遠慮なく、真実を告げてくださいまし。覚悟はできております。

 ――それに致しましても、一人住まいというものは寂しさが募っていけません。おひとりで各地を旅されている貴女様には、「何を子どもみたいなことを」 と笑われてしまうかもしれませんが、実家を離れてからというもの、弟と二人で暮らしていた日々を想えば、部屋にぽつんとひとりきりというのはわたくしにとって大変こたえるものでございました。
 一人暮らしを始めると、独り言が増えるというのは真実だったのでございますね、わたくし少々びっくり致しました。ある日ふと、テレビと会話しようとしていることに気付いたときには我ながら戦慄いたしまして、それ以降はポケモンたちと共に過ごす毎日でございます。そのおかげで手持ちの子たちの体調管理に、より一層目が行き届くようになったのはもちろん、スキンシップをはじめとしたコミュニケーションもばっちりでして、決して悪いことばかりではないのですが。

 しかしその中で最近、ひとつ気になることがあるのです。わたくしのシャンデラのことなのでございますが、近ごろ妙にそわそわと落ち着きがなく、気が立っているようなのです。貴女様へのお手紙をしたためるにあたり、事の発端を思い起こそうと考えたのですが、わたくしには先日の結婚式のことしか思い当たりがなく…。シャンデラもクダリやとは面識が十二分にございまして、彼女も結婚式には参列させてもらったのですが、その際にの持つシャンデラ(こちらはオスでございます)と少しトラブルになりまして。
 なぜかブーケを受け取ってしまったのシャンデラが、わたくしのシャンデラにそれを渡そうとしたのでございます。やはり男の子なだけあって、ブーケなどには興味がないのでございましょう。わたくしのシャンデラはブーケをキャッチしようと意気込む女性陣の中に紛れており、その意思があったことは明白。おそらくのシャンデラが気を利かせ、せっかくわたくしのシャンデラ(…だんだんわかりにくくなってまいりましたね)にブーケを差し出してくれたというのに、シャンデラ(わたくしの、でございます)はそのブーケを焼き払ってしまったのです。
 わたくしはもうあんまり驚いてしまって、に謝り倒すしかございませんでした。しかし当のの方がなぜかわたくしに深々と頭を下げるやら謝罪の言葉を繰り返すやら、終いにはウェディングドレスのまま土下座しようとするものですから大変でした。クダリは腹を抱えて笑っておりますし、周りの方々も同じく笑うばかりでございます。一体、なにがどうしたというのでございましょう。貴女様は、どういうことかおわかりになりますでしょうか。よろしければ是非お教えくださいまし。

 それから最後に。
 旅の途中で雨に降られたからといって、キュウコンの炎で服を乾かそうとする前に、ポケモンセンターを探してくださいますよう、心よりお願い申し上げます。

敬具