十五年九月三十日(水)

reported by subway master



拝啓
 新涼のみぎり、ますますご健勝のほどお喜び申し上げます。日中の日差しはいまだに残暑を感じさせるものでございますが、朝夕になればすっかり秋めいた風がわたくしの住まう地でも吹くようになりました。昼と夜の温度差が激しい時分でございますから、重ね重ね、体調管理には十分お気を付けくださいまし。キュウコンの尾っぽがとてもあたたかいのはわかりましたから、それでも屋根のないところでの休息はできるだけ避けてくださいますよう、心よりお願い申し上げます。第一あなた、夏の間は暑いからという理由でキュウコンと共寝するのを避けていたのでしょう? 最近は涼しくなってまいりましたから、その美しい尾っぽを蹴り飛ばさずとも過ごせるのでございましょうが…。………そういえば、貴女様のキュウコンは男の子でしたか? いえ、だから別にどうということはないのですが。

 今回わたくし、ワカヤマ様からのお便りが届くことをとてもとても心待ちにしていたのでございます。…あ、いえ、いつでも心からお待ち申し上げていることは確かなのですが、その、いつもよりも更に首をキリンリキのように長くして、貴女様のピジョンの到着をお待ちしておりました。

 私事ではございますが、子どもを授かったのでございます! いつかこんな日が来ればいいなとひそやかに思ってはいたのですが(プレッシャーをかけてはいけないと思いましたので、口に出したことはございません!)、こんなに早くその日が来ようとはまったく予想だにしておらず、もう本当にうれしくてうれしくて…! もうすぐ七週目になるとのこと。性別が判明するのはまだもう少し先というお話ですので、かえって男の子と女の子のどちらが生まれるのだろうかと、想像してわくわくしている次第でございます。
 男の子は女親に、女の子は男親に似ると古くから申しますから、男の子であればのように凛々しく涼やかな子に、女の子であればクダリのように華やかで愛らしい子に生まれるのでございましょう。――ああ! あの子がひとの親になる日が来ようとは、まったく本当に信じられません。で、結婚して数か月経つ今でも自分のことだけで手一杯、というか、クダリにどこまで頼っていいのか測りかねている節がありますので、きっと今回のことが、二人の仲をさらに深めてくれるものと思います。

 ですが、心配事もひとつだけ。…その、わたくし、この仏頂面でございましょう? 二人の子に怖がられやしないかと、今からそれだけが心配でならないのでございます。実際、駅を利用してくださる幼いお客様を怖がらせてしまったり、迷子を保護しようとしましたら泣き叫ばれてしまったりと、本当に上手くすることができず…。もしも甥、もしくは姪に怖がられでもしたらと考えると、想像するだけで身の凍る思いでございます。
 ですのでわたくし、その子がのお腹にいるうちから出来るだけ慣れてもらっておこうと考えているのです! 具体的にどうするのかはまだ考えている途中なのですが、わたくしも出来うる限りを手助けするよう力を尽くし、また、できればその子にお名前を差し上げたいなと考えておりまして。…勿論、とクダリがそれでいいと言ってくれれば、という話ではあるのですが、どうも話を聞いている限りわたくしにもそのチャンスがありそうなのでございます。
 現在でも水面下で駆け引きが行われており、まったく油断も隙もあったものではない日々が続いているのですが、このままだとおそらく、性別が判明するまでに男の子のお名前と、女の子のお名前をそれぞれ一案ずつ選定することになるでしょう。わたくしたち三人の投票では決着がつかないのは目に見えておりますので、選定する方をこれから選定するという、わたくしも書きながら首をひねらざるを得ない状況になっておりますが、“名前” というのは、この世に生を受けたその子が初めて手にする贈り物でございます。その名を呼ばれることに喜びを感じ、誇りに思い、年月を重ねて老いたその時にも愛することができる、そんな名を贈って差し上げたい。

 つきましてはワカヤマ様に、わたくしのブレーンとなっていただきたいのでございます。幸いにも、クダリとは共謀していない様子。自分ひとりの頭から絞り出すことのできるアイデアには限りがあります。ですので出来ることなら貴女様のお力添えをいただき、クダリたちが 「これなら」 と納得したうえで、その子が生涯に渡って誇れるような素敵な名を考えたいのです。……無理難題を、押し付けているのはわかっております。ポケモンたちのニックネームからも、彼らへの愛情を窺い知ることのできるような名前をお考えになる貴女様のことでございます。縁もゆかりもない、わたくしの弟夫婦の子の名前を一緒に考えろだなんて、重荷と思われるかもしれません。もしご助力いただけるなら、で構いません。例えば、貴女様がポケモンへ名前を贈るとき、どういう点に気を付けているか、どんな名前をお考えになるかなど、そういうことをお聞き出来たら、と……。

 申し訳ございません、前回に引き続き、わたくしはワカヤマ様に要求することばかりでございますね。もしご気分を害されるようなことがあれば、遠慮なく申し付けてくださいまし。人様の心の機微に聡い人間でありたいと思ってはいるのですが、わたくしはまだまだ未熟な身の上。貴女様とこうしてお手紙のやりとりを続けていきたいと思うわたくしでございますから、どうか、至らぬ点はご指摘くださいますようお願いいたします。

 ……ですが、わたくしは少々貴女様をお恨み申し上げております。わたくしが頭の固い人間であることは貴女様ももうお気付きでしょうに、あのような冗談でわたくしをからかいになるとは、少々おいたが過ぎるのではございませんか? ――どうせわたくしは、貴女様の冗談も見抜けぬ頭でっかちでございます。あれを真に受け、うっかりにその旨を確認して大笑いされるような人間でございます。ときたら腹を抱え、涙を流してまで笑い転げて、わたくしはもう顔から大文字を噴くかと思ったのです。クダリには内緒にしてくれるようお願いするのにタウリンを二箱も貢がされ、わたくしの間抜けさを呪えばいいのか、のちゃっかりさを恨めばいいのか、わたくしは未だに判断できないでおります。

 ――のシャンデラは、わたくしのシャンデラに恋心を抱いておられたのですね。

 貴女様から 「あれは冗談のつもりだった」 とのお返事が届いて、わたくしが羞恥からセレビィ、もしくはディアルガを捕獲しに行くべく本気で有給取得を考え始めた頃、とそのシャンデラがわたくしの元を訪れました。わたくしのシャンデラとお付き合いしたいと彼が考えている旨、さらにわたくしのシャンデラも彼の申し出を快く思っているとのお話でございました。……貴女様からのお手紙が先にわたくしの手元に届いたことは、せめてもの幸運だったと思います。そうでなければわたくしひとり、あの場で目を白黒させているしかできなかったことでしょう。
 先のお手紙でお伝えしたとおりわたくしは、わたくしのシャンデラとのシャンデラが将来、番となってくれればよいと思っておりましたので、今回のお話しは大変嬉しいものでございました。…しかし、その、いざ彼女がのシャンデラと寄り添っているのを見ますと、一抹の寂寞感が胸をよぎりまして…。勿論、彼女が喜びや悲しみを分け合うことのできる、ポケモンのパートナーを得たことは親として大変喜ばしいことですし、わたくしは彼女のマスターとして、共にバトルに挑む身。寂しさを感じる理由など特にないはずなのですが、おそらく世のお父様方はこんな思いと共に娘さんを送り出されるのだろうな、という気分とでも言いましょうか。……わたくしそろそろ、自分の本当の年齢を忘れてしまいそうな気が致します。

 ワカヤマ様にお伝えしたいことがたくさんで、つい筆が遊んでしまいました。申し訳ございません。お返事はゆっくりで構いませんので、負担に感じたりすることのないよう取り計らってくださいまし。貴女様からのお便りを待つ日々も、そしてこうして筆を執る今も、わたくしはとても楽しい時間を過ごしております。貴女様にもそのように感じて頂けたらと思うばかりですので、どうかご無理だけはなさらぬようお願い申し上げます。

 テレビの天気予報はあてにならないとぼやいていないで、きちんとチェックしてから出立の予定を立ててくださいまし。わたくしは遠く離れたこの地から、貴女様の旅路の晴れをお祈りしております。

頓首再拝


追伸 こちらにお手紙を運んでくださる、このピジョンは何か好物などはございますか? 大変な距離を飛んでくださる彼にすこしでもお礼をしたいのです。良質な休憩を取ることも必要不可欠だと思いますので、是非お教えくださいまし。よろしくお願いいたします。