十五年九月三十日(水)
reported by subway master
十月十八日
ワカヤマ様
拝啓
すがすがしい秋晴れの続く今日この頃、いかがお過ごしでございましょう。わたくしは日々をつつがなく過ごしておりま……せん…。…いえ、その、わたくしはとても元気ですし、妊娠10週目を迎えたも何事もなく日々を過ごしてはいるのですが、つつがないことが却って問題と言いましょうか…。
少し前、といっても今年の二月のことでございます。他国のサブウェイマスター(彼らの国では、サブウェイボス、と呼称されております)が研修としていらしていたのですが、季節ごとのイベントを大々的に行い、その都度集客を募るとの話を彼らから聞いたが、それはもうケチの付け所がないような企画書を持ってまいりまして…。わたくしは 「これはまずい」 と思ったのです。もしこれが上にあがれば、おそらくこの企画通ってしまうぞ、と。ですので、様々な理由をつけて書類を突き返していたのですが、まったく本当に女性と言うのは芯が強いというかなんというか、なんでこのタイミングでそんな粘り強さを発揮するのかと小一時間ほど問い詰めたい衝動に駆られるほど、突き返す度にバージョンアップした企画書を持ってまいりまして。それでもどうにか時間切れを狙っていたわたくしなのですが、その意図を読まれたのか、よりによってクダリから上に企画をあげやがったのでございます。クダリはわたくしと血を分けた双子でありながら、残念なことにそういったものを積極的に面白がる性格でございますので、おそらく一発OKで書類を会議にかけたのでしょう―――会議の事前資料として配られたそれを見たときの、わたくしの絶望をワカヤマ様はご理解くださいますでしょうか…。そしてわたくしの読み通り、その企画は見事に採用されたのです。
……わたくしとて、しがない社会の歯車のひとつにございます。会社の方針には従わざるを得ませんし、この企画も、わたくしと無関係なところでやってくださるのであれば、とても面白い、ユーモアと愛嬌にあふれた企画だと思います。費用もそれほどかかりません。…………この歳になってハロウィーンの仮装だなんて、恥ずかしさのあまりわたくしディグダの巣穴にこもりたい心地でございます…!
しかもよくよく話を聞いてみれば、わたくし共サブウェイマスターだけではなく、バトルに出る鉄道員たちにも同様の仮装を求めた最初の企画案であれば、おそらく賛同を得られず否決されたであろうとのこと。では、だれがその企画書に訂正を入れたのか。………わたくし、本気でセレビィやディアルガの力をお借りしなければならないと思うのですが、彼らの捕獲はやはり難しいものでしょうか…。
そんなわけで現在わたくしの職場では、即席のお針子部隊が結成され、わたくしとクダリのハロウィーン衣装を縫い上げております。……まさかの手縫いです。「経費削減」 という横断幕が掲げられておりますがその実、自分たちの好きなようにやりたい放題したいという意図が透けて見えており、彼女らの陣頭指揮をとっている(こういうときばかり行動力を見せるこの義妹には、わたくしもほとほと困り果てております)に幾度となく 「やりすぎないように」 とお願いしているのですが、軽くあしらわれるばかりで聞き入れてくださった様子がございません。曰く、「みなさん残業代も出ないのに仕事の後残ったり、休憩時間使ったりしてがんばってくれてるのに、そのくらいのワガママも許してもらえないんですか」 とのこと。……だったらしなければいいのに、と言ったら見たこともない笑顔で足の小指を踏みつけられまして、もうわたくし、そろそろ泣いてもいいのではないかと思うのです。
―――写真はお送りいたしませんよ。ええ、これだけは絶対、ワカヤマ様にどれだけ嘆願されましょうと決してでございます。わたくしとしてはデータに残すことすらやめて頂きたいのです、記憶に残る一助など断じて致しません。
はあ…長々と愚痴を書き連ねまして、申し訳ございません。ですがどうしても、誰かにわたくしのこの胸の内を聞いてほしかったのでございます。残念なことにクダリはの傀儡と化しており、愚痴でもこぼそうものなら嬉々として告げ口に行くことでしょう。他の鉄道員の皆様にしても同様です。のあの根回しの緻密さと言ったら、もう本当に………すみません、また愚痴を。書きながらわたくしもひどく悲しくなってまいりましたので、この話はもうここまでとさせていただくこととします。
さて、クダリとの間に出来た、わたくしにとって初めての甥、もしくは姪のことでございます。ワカヤマ様に指摘されて初めて気付いたのですが、その、確かにあの文章では、まるでわたくしが身ごもったかのような印象を受けてしまいますね……ああもう、恥ずかしいやら情けないやらで手が震えてまいりました。間違いなく、クダリとの子のことでございます。まるで自分に子ができたような喜びよう、という貴女様の言葉を受けて幾分気恥ずかしいような気持ちにもなりましたが、しかし貴女のおっしゃる通りだとわたくし自身もそのように思います。
あの子たちが結婚するに際し、本当に喜ばしく思う一方で、おそらくこれまでのようにはいられないのだろうなと、覚悟していたのでございます。クダリはわたくしにとって掛け替えのない兄弟であり、は大切な友人。その二人が共に道を歩むパートナー同士となったのですから、わたくしは少し離れたところから彼らを見守っていくことになるのだろうと、そう思っておりましたらなんのことはない、彼らはこれまでと何も変わらなかったのでございます。わたくしが引っ越しをした際には、返却したはずの家の鍵を当たり前のように投げてよこし、家族会議となれば出席を求められ、妊娠の報告にもわたくしを同席させ、その子の名前を一緒に考えてくれてもいいと言う。…そんなわけですので、もうまるで自分の家族が増えるかのような心地なのでございます。そしておそらく、あの子たちもそのように考えてくれている。……一家の長兄は、弟たちにしあわせのおすそ分けをいただいてばかりで、面目丸つぶれなのでございます。妹は容赦ないですし。
「どんな子になってほしいか、どんな名前なら喜んでもらえるかを誠心誠意考えたなら、きっといい名前が思い浮かぶはず」。――そうですね、手段と目的を取り違えてはなりません。わたくしはクダリとの子に、生まれてきてくれてありがとう、という心からの感謝を伝え、その子の未来に希望を託したいだけ。名前を差し上げることが目的になっては、本末転倒にございます。
………胸に大きな志を秘めた大人になってほしい。努力に裏打ちされた才能を開花させ、幼いころからの夢であったサブウェイマスターという地位についたクダリのように、また、耐えがたい困難にぶつかっても前を向いて歩き続けたのように、意志を貫くことのできる大人になってほしい。その子の行く末が平穏であることを願わずにいられませんが、そう上手くはいかないのが人生でございます。そのとき、しゃんと自分の足で立っていられるひとであるように。
…ちょっと欲張り過ぎ、期待をかけすぎておりますでしょうか。クダリやなどに言わせますと 「なにそれ重い」 と一言で断じられてしまいそうな気がしなくもありませんが、そんな思いを込めた名を考えればいいだけの話。なんだか少し光明が見えてきた気分でございます。わたくしの取り留めもない話を聞いてくださるワカヤマ様に感謝しなくてはなりません。
最後に。
わたくしの文が貴女様の手元に届いてからというもの、秋の長雨に悩まされ、出立の予定が遅れてしまったとのことですが、わたくしは真実あなたの旅路の晴れを願っております。断じて雨男などではございませんので、「そろそろ晴れが恋しいです」 などと書かれましても、わたくしに天候を操るすべはございませんのであしからずご了承くださいまし。
晴れが恋しいのは、わたくしも同様でございます。
草々
ノボリさんの話(part.4)
2012/08/05 脱稿
2012/09/09 更新