09/29(Sun)

reported by:subway master



 も、ほんっと信じらんない信じらんない信じらんない!
 あの子ほんと何かんがえてんの、バカじゃないの? てゆーか完璧バカだよね、わかってたけど!

 左わきにデンチュラ、右手に包みをひっつかんで、ぼくはガツガツ音を立てながら歩いていた。だってもう、むしゃくしゃするのが止められない。今もしバトルトレインに挑戦者が来たら、瞬殺できる気がする。バトルを楽しむとか、そういうのもちょっと難しそう。全力で向かってくる相手を、全力でコテンパンに叩きのめしたい、そんな感じ。

―――!」

 ばんっ、と休憩室のドアを蹴り飛ばすと、大きな音とぼくの大声にびっくりしたらしいが、大袈裟に体を揺らし、目を真ん丸にしてぼくを見た。ぱちぱちとまばたきを繰り返した後、ゆっくりと口が動く。

「……げっ、クダリさん…」
「『げっ』 てなにそれ、上司に向かって言うことば?」

 ぼくの言葉を受けて、がぱくんと口を引き結ぶ。ぼくが本気で怒っているのを感じ取ったのだろう、夜色の視線がおろおろと宙を泳いで、自身の足元に落ちた。デンチュラを離して、ぼくはわざと足音を立てながらに近づき、その背中に隠れようとする右手をつかまえる。痛いって言う声は無視した。

「なにこれ」
「………さ、さあ?」
「ちゃんと説明して。これ、なに?」

 ぐっとの目元に力が入って、悔しそうにくちびるを噛んだのが分かった。ぼくはその真一文字に引き結ばれたくちびるに、無理やり噛みついてやろうかっていう乱暴な気持ちに襲われる。吸い付いて、力づくでこじ開けて、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。

 でも、ぼくの怒気にあてられて、怯えたようにの背中に隠れていたポケモンたちが、を守るみたいに周りに集まってくるのを見て、少し冷静になれた。シャンデラがぼくとの間に割って入って、ダストダスの大きな手がぼくからを覆い隠そうとする。デンチュラとアーケオスはぼくのスラックスの裾やワイシャツの襟を引っ張って、距離を取らせようとしているみたいだ。まったく、いつの間にこんな仲良くなっていたのだろう。全然気付かなかった。

「いいよ、だいじょうぶ。…ありがとう、ごめんね」

 の声に、ポケモンたちが一斉に駆け寄る。取り残されるぼくは一人で、向こうは一人プラス四匹だ、なにこの疎外感。キミたちのマスターは一体誰なの、と聞きたかったが、あんまり情けない気がして飲み込んだ。
 よくよくポケモンたちを見てみると、みんなそれぞれ違う色のリボンで封をされた、透明の包みを抱えている。デンチュラが黄色でアーケオスが赤、シャンデラは紫でダストダスは緑色。ダストダスはもらったその場で食べてしまったのか、中身の入っていない包み紙とリボンだけを手にしていた。きみ、持ち物のくろいヘドロはどうしたの。

「すいません。ボスたちに内緒で、ボスたちのポケモンにおやつあげてました。…ごめんなさい」
「…………………」
「な、仲良くなるには餌付けが一番かなって思ったんです。…ポフィン、って言うんですか?あれの作り方も勉強してるんですけど、難しくて、まだうまくできたことがなくて……だから、みんなにはクッキーで手を打ってもらってて、」
「……なんでナイショにしてたの」
「廃人の方々は食餌のバランスとか、量とか、厳密に調整してるってうわさを聞いて…、だめって言われるかなと思ったんです。それで、みんなにも内緒にしていてもらいました。…すみません」

 うなだれるの周りで、ポケモンたちもみんな一様にシュンと頭を下げている。たぶん、にお願いされたからぼくたちに黙っていたというより、このまま黙っていればクッキーを貰いつづけられることに気付いたのだろう。わざわざボールの中にまで持って帰ってくるということは、自分でいつもと同じご飯の量が食べられる程度しか口にせず、小分けにして食べているということだ。まったく、自分の手持ちポケモンながら本当に頭のまわること。一体誰に似たのだろうと、ため息が出る。

「もしかしてさあ、シビルドンとか、オノノクスとか、アイアントとかにもあげてるの?」
「……ギギギアルとか、ドリュウズとか、イワパレスとかにもあげてます」
「…みんなじゃん…」
「すみません」

 そりゃあ寝不足にもなるわけだ。だっていっつも早く帰れるわけじゃないのに、おうち帰ってからみんなにあげるクッキー焼いて、ポフィンの作り方勉強して、そんなことしてたら睡眠時間ばっかり削られるに決まってる。しかもこの懐きようだ、一週間やそこらだとはとても思えない。にしてみたら、あくまで “餌付け” のつもりなのかもしれないけど、たぶん味を占めたポケモンたちに乞われるまま無理して作って、そうして最近、寝不足という形でぼくの目に留まったのだろう。ぼくは、今までなんにも知らなかった。


 ――…ああ…、なんていうか、もう、

「…ぼく、といると、自分のヤなとこばっかり目について、ほんと嫌になる…」

 のことを大切にしたいって思うのは、ぼくがに大切にしてもらいたいって思ってるから。悩みを聞かせてほしいって思うのは、ぼくがの特別になりたいから。知りたいって思うのは、他のだれも知らない、ぼくだけのがほしいから。…本当は、ぼくだけを見ててほしい。ぼくだけのそばにいて、ぼくだけを好きになって、ずっと一緒にいてほしい。どんなに言い繕ったって、本当のところはそんなんだ。

 今だって、にひどいことしたいって思いが心臓のどこかでくすぶってる。さっきぼくがつけた右手の痣に、ごめんねって思うのも本当だけど、ざまあみろって思ってるのも本当。勝手に勘違いして勝手にやきもち妬いて勝手にイライラしてるぼくに、申し訳なさそうにしてるが可哀そうで、馬鹿馬鹿しくて、なのにぼくの中にある仄暗い満足感を満たしているのも本当。
 ぼくは自分のことばっかりが大切で、実はのことなんかどうだっていいのかもしれない。を見てると、まるで鏡に反射するみたいに自分のそんな姿が見えてきて、すごく苦しくなる。今までみたいに知らんぷりしていられたらいいのに、好きって気持ちが抑えられなくて、求めて、願って、そればっかり。

 ―――…そんな自分が、

「…っく、クダリさんは、素敵なひとです」

 …………………はい? ちょ、ちょっと待って。
 今この子、なんて、

「あの、だって、ポケモンバトルすごくお強いです。スーパーダブル、まだ誰にも突破されたことがないんですよね、それってやっぱりすごくすごいことだと思うんです」
「…………………」
「ポケモンのことにもとても詳しいですし、タイプ的に不利な相手でも、こう、なんやかんやで形勢をひっくり返して、勝利されるお姿とか、ほんともう、ブラボー!って感じで、」
「………まあ、ぼくだって一応サブウェイマスターしてるし…」
「そう!そのサブウェイマスターってのがまた、あの、かっこいいですよね!大袈裟な感じで! ホームに電車が入ってきたとき、白コートの裾がばさばさーってなるのとか、女の子が夢中になるのも無理ないですよ、うん。それにあの白いスラックス!その歳であれ穿けるの、たぶんクダリさんくらいしかいないんじゃないですか?」
「…………ばかにしてるの?」
「ちっ、違います! それにほら、えっと、とてもお優しいですし、」
「……どこ?」
「えっ」
「だから、ぼくが優しいって、どんなところ?」
「えっ。それはあの、ほら、あれですよ…………差し入れ、いっぱい持ってきてくださいます」

 シタゴコロがあるからです。――なんて言えるわけない!

「ええいとにかく、クダリさんは素敵な方なんです! ……だから、ご自分のことが嫌になるなんて、そんなこと言うの、やめてください。…クダリさんのことを大好きなみんなが、かわいそうです」

 気が付くと、ポケモンたちが心配そうにぼくのことを見上げていた。さっきまでにべったりで、ぼくのことなんか見向きもしなかったのに、みんなしておろおろ足元に集まってきて、不安そうにしている。散々迷いながらも、にもらったクッキーの包みを差し出してくるデンチュラのあたまをそろりと撫でて、ぼくは小さく 「ごめん」 とつぶやいた。冷や水を頭からぶっかけられたみたいに冷静さが戻ってきて、とげとげしてた感情がすーっと凪いでいく。

「……、ごめん。ぼく、」
「本当にごめんなさい。トレーナーの方に内緒で餌付けするなんて、何考えてんだってんですよね、ほんと、すみません。――…わたしちょっと、最近、甘ったれてて、」
「……え?」
「ちがうんです、あの、クダリさんたちのことを侮ってたとか、そういうことじゃなくて、…あ…甘えてたんです。クダリさんたちがすごく親しくしてくださるから、その、差し出してくださる前の厚意に、わたし……っほ、ほんとうにごめんなさい。ちょっと、てゆーか、今考えたらものっすごい調子に乗ってましたすみません」


 なにこれ。
 待って、意味わかんない。だって、いまぼく、


 ―――…死ぬほどうれしい。





「もうしません、もう絶対しませんから。…わたしがチョロチョロするのが目障りだって仰るなら、できるだけ気を付けますから、その、」
「………、」
「はいっ、なんでしょう」
「ぎゅってしたい」

 あ、いま半目になった。

「……すみません、意味がわからないです」
「だから、ぎゅってしたいの」
「なにを」
を」
「なんで」
「わかんない」

 目元を手で覆って、がはああああ、と体中の空気を全部吐き出すみたいな溜息をつく。その間にもぼくはそわそわうずうずして、周囲に人の気配がないか視線を巡らせてしまう。だってここ、休憩室だし。だれか来てもぼくは全然困らないけど、だれか来たらは絶対触らせてくれないってわかってるから。邪魔されるのはきらい。

「却下です」
「え、なんで!?」
「なんで許可されると思ってんですか、普通におかしいでしょ。前後の話の流れぶった切りすぎでしょ。…てか前、もうぜったいこんなことしないからー、とかって言ってませんでした?」
「それはそれ、これはこれ」
「どんだけ調子いいんですか」

 えへへ、と笑うと 「褒めてません」 と叱られる。はあきれたようにまた溜息をつくけれど、本当の本当に怒っているわけじゃないってすぐわかる。だから、無理やりぎゅーってしてやろうかな、とも思ったのだけれど、やっぱりこらえることにした。ここ最近、ずっとに触ってないからよっきゅーふまんは溜まってるけど、いつか解消させてくれればそれでいいし。

「あのね、みんなにおやつ、あげてもいいよ」
「えっ」

 ぼくがそう言うと、の表情がぱっと輝く。夜色のひとみがまあるく見開かれて、きらきらちかちか瞬くのがすごくかわいい。この顔が見られただけでも、言ってよかったなあと思うくらいには、ぼくはやっぱりのことが好きだ。

「ただし、そのときはぼくたちにも教えてくれること!」
「はい、もちろんです!」
「あと、」

 手袋をしたままの手で、の目元をスッとなぞった。

「…睡眠時間はけずらないこと。――…これだけ約束して?」

 はい、と少しだけ目を伏せて答えるににっこりと笑いかける。は神妙な顔をしているけれど、とぼくの手持ちポケモンたちが仲良くなるのは、ぼくにとってもメリットがある。だって、ぼくとが好き同士になって、一緒に暮らすようになったりとかしたら、ぼくのポケモンたちとが仲良しなことは絶対必要になってくるわけで、が積極的なのはぼくにとってすごく喜ばしいことだ。……まあ、この中にノボリのポケモンもいることだとか、の手持ちであるルクスのこととかが脳裏をよぎりはしたけど、とりあえずは良しとする。深く考えても仕方ない。

「ノボリには、ぼくから言っとく?」

 はぼくの言葉に、一瞬だけひとみを揺らした。でもすぐさま首を横に振って、毅然と前を向く。

「わたしから、ちゃんと説明して、謝ります」
「…うん。そっか」

 そんなきみが好きだよ、とぼくはひそやかに独りごつ。





 昨日と同じ、これまでより少し早い時間に家を出る。遅番のノボリには不思議そうな顔をされたけれど、この時間で間違いない。まだ日の昇りきらない、朝もやにけぶる街を、ぼくはあくびをかみ殺しながら歩く。そして、ギアステーションまでの最短ルートを進んでいたら、そのうちきっと、

「あれ。クダリさん、おはようございます」

 ―――…ほら、やっぱり。

「おはよ、
「クダリさん、なんか早くないです? いつもこの時間でしたっけ」
「んー…、この時間なら、に会えるかなって」

 が、意味を図りかねたように眉をひそめる。怪訝そうに目が眇められ、あたまの上にははてなマークがいくつも浮かんで見える気がして、ぼくはくすりと笑った。まったく、いつになったら気付いてくれるんだろ。

こそ。まだぜんぜん早いんじゃないの?」
「あー……、まあ、ちょっといろいろ」
「いろいろって?」

 の目はおしゃべりだ。口をぎゅっと結んで無表情を貫こうとしても、目を見れば何を言おうとしてるのかなんとなくわかってしまう。
 でもそんな風に、面倒くさいなあ、放っておいてくれればいいのになあ、っていう顔したところで、見逃してなんかあげない。ぼくはなんにも知らないって顔をしてを覗き込み、子どもみたいににっこり笑う。

「だから……あそこって、ポケモンとか、鉄道の本とかいろいろあるじゃないですか」
「うん。…本でべんきょうしてるの?」
「まさか、違います。本棚の肥やしにするにはもったいないんで、ちょっと借りてるだけです」

 ふーん、って言いながらぼくはの視線を追う。決まり悪そうに、目をあちこちに泳がせまくったは、やがて観念したように言った。

「…………クラウドさんには、内緒にしててください」
「なんで?」
「……だってあのひと、そういうことすると、やたら感心するじゃないですか。わたしが勉強不足なだけなのに…居心地悪いったらないんですよ」

 ――…ああ…、この気持ちをなんて言ったらいいんだろう。
 ぼくの好きな女の子は、こんなに素敵なんだよってみんなに言ってまわりたいような、逆にぼく以外の誰にも知られたくないような、不思議な感じ。…でもやっぱり、みんなに自慢して回りたいかも。「こんなにかわいいんだよ」、「いいでしょ?」 って。自分のことでもないのになんだかひどく誇らしくて、心臓のあたりがぽかぽかする。

「あ、そうだ」

 一、二歩あとを歩いて、後ろ姿に向かってにやにやしていたぼくをが急に振り返るから、ぼくはあわてて表情を繕う。ちょっと変な顔になったぼくをは一瞬不思議そうに眺めて、でもまたすぐに 「まあいいや」 って目をして、いつものどことなく気だるげな表情になった。もうちょっとくらい気にしてくれてもいいのになあ、と思う程度には、ぼくも貪欲になってきているらしい。

「これ、クダリさんに」

 が自分のショルダーバッグをごそごそあさって、中から取り出したのは昨日見たのと同じような包みだった。透明のそれにクッキーが包まれていて、白いリボンで封がしてある。

「(……………え、)」
「あ、それ一応、ちゃんと人間用に作ったやつですから。わたしが食べるように、みんなの分を焼いたときのあまりで作ったやつですけど、ちゃんと食べられるやつです。…おいしいかどうかは、保証しませんけど」
――――……」
「……クダリさん? 聞いてます?」
「えっ、あ、ごめん!ちゃんと聞いてる。………あの、ありがと。すっごくうれしい」


 ―――恋ってスゴい。

 だって、ぼく、こういうの何度ももらったことあるのに。バレンタインデーとか、クリスマスとかぼくの誕生日とか、別にそういう日じゃなくたって女の子からプレゼントをもらうことは、ぼくにとってそんなに珍しいことじゃなくて、すごく有名なお店の、値段の張るものとか、同じ手作りでももっと手の込んだお菓子とか、きれいな笑顔と一緒にもらったこと、いっぱいあるのに。
 なのに、ぼくは生まれてはじめて、

「(……すごーい…うれしすぎると、息ってできなくなるんだー…)」
「今日、ノボリさんって遅番でしたよね?」
「え、うん。きょう、ノボリ遅番」

 そう答えてから、やな予感。

「…………なんで、ノボリのこときくの?」
「? クッキーですよ。クダリさんにあげるのに、ノボリさんに差し上げないのって変じゃないですか」

 …どーせそんなことだろうと思ったけどねー!
 それでも脱力のあまり、ぼくはその場にしゃがみ込んでしまう。わかってる、わかってるよ? このクッキーがそういう、ぼくがに期待するような “想い” のかたまりじゃなくて、どっちかって言うと、黙っててごめんなさいとか、これからもよろしくお願いします、みたいなものだって。…わかってるけどさあ、勝手に期待しちゃうのは止められないってゆーか、なんか、もう、

「………ぼく…恥ずかしすぎる…」

「クダリさん、何そんなとこで座り込んでるんですか? 置いてきますよー」
「あ、ちょっ、待って!」

 がノボリにあげようとしてるクッキーは、「ぼくから渡しておくから」 とかまあ適当なこと言って、回収することにしよう。なんだったら、「ノボリは甘いもの苦手だから、お菓子とかあんまり食べないの」 くらいのことは言っておいてもいいかもしれない(ほんとはノボリ、甘いの結構好きだけど)。とポケモンたちと仲良くなるのはいいことだけど、別にこれ以上ノボリと仲良くならなくたっていいでしょ、たぶん。

 お仕事サクサク片付けて、ポケモンバトルだって華麗に勝利して、いつかきっと本当の本当に 「すごいですね」 って言ってもらえるように。全然ぼくの予想通りになってくれないし、すぐ頑張りすぎるし、ポケモンのことがちょっとあんまり好きすぎるけど。拗ねてへそを曲げている暇なんかない。一刻も早く、きみに好きになってもらえるように。

 とりあえず。
 前を歩くきみに、追いつくことから始めようか。


ヘビー級の恋は見事に、

2012/05/22 脱稿
2012/05/29 更新